第六話
文字数 6,966文字
そんな日はどこかに出かけるかのんびりしたい。そう思う。しかし、高校生であるあたしにはそれは許されない。何故なら、今日が平日だから。
「珠惠、起きろ。」
「うう~・・・」
いつもの様に兄がノックもせずに部屋に入って叩き起こしに来た。もういい加減何も文句を言う気にもならない。
シャッ・・・
「眩しっ!?」
容赦なくカーテンを開け朝日を取り込む。暗闇に慣れていた目にも光が差し込み痛いくらいに眩しい。
「ほら、さっさと着替えて飯食えよ?」
「う~ん・・・」
「寝ながら返事をするな!」
朝一に兄からのツッコミ。まだ言い返す元気もない。
仕方なくベッドから降り、制服に着替え脱ぎ捨てたパジャマを搔き集め洗濯機の中へと放り込み顔を洗う。その水の冷たさでようやく目が覚めた。
眠気はまだ少しあるが体調は万全だ。霊に取り憑かれたあの気怠さは全く感じない。
よしよし、今日も
こっち
は順調だ。紫乃さんから貰った水晶の勾玉のお守りをポケットに押し込みポンポンと褒める様に叩いた。
「学校はどうなんだ?」
「ん~・・・別に普通だよ。」
「友達は?ほら、この前の・・・結構派手そうな子達もいたけど。」
「ああ、山吹さん達の事ね。まぁ、次の日色々聞かれたけど悪い子達じゃなさそうなんだよねぇ・・・深山さんは見た感じのまま『しっかり者の委員長』って感じだし。」
「そうか。ま、それならいいけどな。」
本当、あの次の日は大変だった。お兄ちゃんがいきなり校門前で待ち伏せ(迎え来ただけだけど)、あたしをみるなりハリセン(あたし愛用のお祓い用)でバシッと一発だもん。それから引きずられるように帰ったから皆興味深々って感じだった。
特にこの『イケメンのお兄ちゃん』に関して。ハリセンで叩く様な鬼畜な男でもイケメンだ。女子高生なら興味を持つのも仕方のないことなのかもしれない。深山さんも一緒になって聞いて来たのにはちょっと驚いたけど。
「あれからちょっと話す様になったし、結果まぁ・・・良かったのかな。」
「良かったんじゃないか?ぼっち卒業で。」
「ぼっち言うな!!あ、あたしはただスタートが遅れてただけで・・・」
ぶつぶつ文句を言いつつ兄特製のオムレツを一口。ふわふわでまろやかな口当たりが最高だ。さすが喫茶店のマスター。カフェオレも美味しい。
兄は元刑事だが、バリスタや調理師の免許も持っている。元々料理をすることも好きだったしその時は『ただの趣味の一つかな』なんて思っていたけど。きっといざという時の事を考えていたのかもしれない。
その兄の努力があって今の金木犀が潰れずに続いているんだけど。きっと何も考えていなかったら両親の愛した喫茶店は潰れていたし、兄も刑事を辞めずに続けていたかもしれない。あたし一人で喫茶店を続ける力も根性もない。
両親の急な死。それが原因で兄は刑事という幼い頃から夢見ていた職を手放すことになった。両親の形見でもある金木犀を失くしてはいけないと思ったから後を継いだ。兄から『金木犀は俺が続けるから心配するな』と言われた時は素直に嬉しかったけど、後々考えてみれば複雑だ。
けど・・・兄が刑事を辞めてほっとしている所もある。店がなくならずに済んだと言う事も勿論あるけど、何よりも
「さて、そろそろ行こうかな。」
「遅刻するなよ。」
「はいはい。」
時計が七時半を指すと、あたしはいつもの様に鞄を手に玄関に向かう。そして兄にいつもの台詞を言われいつもの台詞を返して家を出る。
皐月兄妹は団地住まいだ。まだ両親が生きていた時からここで暮らし今も離れずに住んでいる。
この星花団地に住むこと五年。なんだかもっと前から住んでいたかのように長く感じる。それはここに住む人達が温かいからか。とにかく今のこの生活に不満はなく、兄と二人でもそれなりに仲睦まじく過ごしている。
「はぁ~!今日もいい天気だなぁ~!!」
何か良い事がありそうな予感!!
空を見上げ、あたしは少女漫画のヒロインの様な気分で駅へと向かった。
「珠ちゃ~ん!おっはよ~!!」
「心愛ちゃん、おはよう!」
無事登校、教室にも余裕で入れた。
あたしの姿を見るなり、心愛ちゃんが嬉しそうに駆け寄って来る。相変わらず可愛い。
「今日も余裕だったねぇ~!」
「うん、最近調子良くってさぁ!いい天気だからかな?」
心愛ちゃんとはあれから仲良くなり、一緒に帰ったりたまに寄り道をするまでになった。金木犀にはまだ来てもらってないけど、いつか皆に紹介出来ると良いと思っている。勿論、友達として。
にしても・・・。心愛ちゃんって本当可愛いんだよねぇ。髪もふわふわで柔らかそうで、目もパッチリしてるし。同じ小柄でもここまで違うとなぁ。
「お洗濯日和だよねぇ~!心愛のママも朝から張り切ってた~!」
「そういや、うちのお兄ちゃんもだ。朝から洗濯機の音しっぱなしだったし。」
「あはは!珠ちゃんのお兄ちゃんお母さんみたいだねぇ~!!」
「まぁ、実際そんな感じだよ。いや・・・『お父さん』でもあるんだけど。」
「どっちも?」
「あ、うち両親いないから。」
「え?そうなの?お仕事とか?」
「えっと・・・一年前に事故でちょっと・・・」
こういう時つい『しまった!』と思う。こっちは同情とか嫌味とかで言ったつもりはないし、会話の流れで自然に出て来てしまったものだから。
またいつものパターンかな・・・
「そ、そっか・・・ごめんね。」
「いいって!あたしこそごめん。なんか重くなっちゃったね?」
「ぜ、全然!あ!!でも、今日のお昼は心愛がジュース奢っちゃう!」
「え!?い、いいって!!」
「だめで~す!心愛が決めたんだから。」
ああ、くっそかわいいなぁ~!!この怒ったような顔も!!
こんな天使の様な子の何処が気にくわないんだか。あのギャル達は。
あれ以来ギャル・・・もとい山吹さん達とも話す様になった。というか良く話しかけられるようになった。特に山吹さんとか天地さんとか。田中さんは正直『どうでもいい』って感じで少し離れて様子を見ている。相変わらず何か嫌な感じだ。
「珠惠ちゃんおはよう!今日も遅刻しないで来たわね。」
「あ、深山さん。おはよう。」
深山さんも同じく。しかも名前で呼んでくれるからちょっと嬉しい。
「その『深山さん』ってやめてよ。私、
そう言うと深山さんは丁寧にノートに漢字まで書いて説明してくれた。委員長らしいというか。しかも達筆だ。
「へぇ~!可愛いねぇ~!!」
「結構気に入ってるのよ。心愛ちゃんって名前も可愛いけど?」
「うん、心愛も自分の名前好きなんだ~!!」
と、名前自慢トークに発展していた。
いいなぁ、可愛い名前で。あたしなんて『珠惠』って。なんか古臭くない?この響き。
「何?委員長名前の自慢してんの?」
「山吹さんには関係ないでしょ!」
今度は山吹さんの乱入だ。相変わらずこの人は派手というか。萌さん・・・天地さんって人よりはケバくないし綺麗目な感じなんだけど。やっぱり『イマドキ』って感じで今でも少し距離を感じる。
「いいじゃん、曄って。何かカッコイイ。」
「あ、当たり前じゃない!」
「ツンツンしてんなぁ。つか皐月って名前は?」
あれ以来あたしは山吹さんに『皐月』となぜか呼び捨てにされている。何故だろう。この人も兄狙いか??
「珠惠・・・」
かきかき・・・
深山さんより劣りまくった字と漢字を書いてみせた。なんかそんな流れだったので。
「へぇ~・・・『珠』に・・・え?これで『惠』って読むの!?マジ?ムズくね?」
「良く言われるけど・・・文字とかよく『恵』に間違われるし。」
「あ~!それな!!つか教師のくせに名前とか間違えんなって感じ。」
山吹さん・・・良い事言う!!本当、これちょっと嫌だったんだよね。仕方ないって諦めもあったけど実は。
「そう言う山吹さんは?」
「え?あたし?」
「そうよ!」
「はぁ・・・言うのかこれ?」
どことなく嫌そうな顔をしながら暫し黙ると・・・・
「・・・
『え!?』
「それ!その反応が嫌なんだよ!!ダッセー名前とか思ってんだろ!?」
顔も少し赤くしながら、山吹さんはそっぽを向いてしまった。
いや、意外と可愛いな・・・なんて。その顔(失礼)で『駒子』って。『レイナ』とか『リナ』とかそんなカタカナ系の名前かと思ってた。
「いいじゃない駒子って。可愛いし・・・」
「テメッ、絶対馬鹿にしてんだろ!?」
「べ、別にしてないわよ!!」
ああ、二人ともやめて~!!また生徒指導室に呼ばれちゃうよ!!
助けを求めるべく心愛ちゃんの方へ目を向けると、何故か彼女は気まずそうに俯いて黙っていた。
そんなに衝撃的だったのかな?名前?
不思議に思いながらも、あたしはその時は特に気にはしなかった。笑いを堪えていると思っていたので。
「コマ何してんの?」
「萌!ちょうど良かった!よく聞け!!こいつこんな顔して『
「はぁ!?あたしの名前ディスってんの!?可愛いじゃん!」
確かに可愛い。そっか。天地さんって萌さんじゃなくて萌葱さんって名前だったんだ。
ま、急に来たら名前馬鹿にされて災難だけど。
「ね!さっつんもそう思うよねぇ!?」
「さ、さっつん!?」
「あだ名だし。可愛くない?」
「え!?う、うん!?」
いきなり変なあだ名付けられた!?
「お前のネーミングセンスマジ最悪だわ。」
「え?なんでよ!?」
「あたしもさぁ、最初『コママ』って呼ばれてたんだけどさぁ・・・なくね?」
なんていうか・・・可愛いけどなんか・・・
「コママ可愛いじゃん!!えっと・・・じゃあ委員長!委員長にあだ名付けるから!!」
「いや、別にいらねーだろ。」
何故かやたらムキになる天地さん。散々馬鹿にされて気が済まないのだろう。深山さんを指さすと暫し考え・・・
「みやもん!」
「〇まもんかよ。」
「いいじゃん!ゆるキャラみたいで可愛いし!!」
「どうよ?委員長?」
みやもんって・・・まぁ、うん。いいんじゃないかな。
「・・・別に良いけど。でもシンプルに名前で呼んだ方が呼びやすくない?私の場合。」
『確かに!!』
うん、確かに。『曄』って二文字だし。
結局、朝のひと時はこのネーミング討論で騒がしくなって終わった。
なんか最近こんな感じなんだよな。心愛ちゃんとの癒しのひと時を楽しみしてるあたしとしてはなんかなぁ。
けど、嫌な気はしなかった。それは多分、深山さんは勿論山吹さんと天地さんも悪い人ではないからだ。
けど・・・・
ふと、少し離れたところに目を向けると・・・
「・・・」
田中さん・・・まただ。
特にあたしと山吹さん達が話している事に腹を立てているって感じではなさそうだけど・・・でもこの無表情。スマホをいじっている様に見えるけど、確かにあたし達を見ていた。まるで観察する様に。
なんかこの人のことは未だに慣れないんだよねぇ・・・
そのうち興味が失せたのか、誰かに話しかけられ何処かへ行ってしまった。授業までには戻って来たみたいだけど。
「皐月さ~ん!」
「・・・田中さん?」
突然、田中さんに声を掛けられたのは昼休みの時だった。ちょうどトイレで鉢合わせしたのだ。
相変わらずつかみどころのないっていうか・・・何を考えているのかわからない。
今はにこにこ笑顔って感じだ。口元だけ。目は笑ってないから怖い。
「りりこのこと覚えててくれたんだぁ~?皐月さんって意外と記憶力いいんだねぇ?」
うわぁっ・・・嫌な感じ~・・・
この台詞と言い、この小馬鹿にするような表情と言い。なんかムカつくんですけど。
「というのは冗談でぇ~。ごめんね?怒っちゃった?」
「いや・・・別に・・・」
「ならいいや。ちょっとさぁ、りりこ面白いこと聞いちゃったんだよねぇ?」
そう言うと、あたしの顔を覗き込む・・・
何か企んでるような嫌な笑みが深くなる・・・・
「な、何?」
もしかして・・・!?あたしの霊感体質についてか!?
ここでこの人にバレたら最悪だ。せっかく仲良くなれそうな友達も出来て来たのに!!
「皐月さんてぇ~・・・・」
や、やめて!!そんな事知ったらこの人絶対言い触らす!!
「・・・」
「怖い話とか信じる?」
「・・・は?」
笑顔は突然真顔になる。
田中さんはあたしの顔を覗き込んだまま突然そんな事を言ったのだ。
この人・・・またあたしをからかっているんじゃないか??
それともあたしの秘密を知っててこんなことを!?
「実はね・・・この学校って出るんだって。」
「で、出るって?」
「やだなぁ~!出るって言ったら決まってんじゃん!幽霊よ。
幽霊
。」「・・・へ?」
目が点になるとはこのことだ。あたしはこの時とても間抜けな表情をしていただろう。
「でねぇ・・・ちょっと見てみたくない?」
「へ?」
「幽霊!りりこ一度でいいから見てみたいなぁ~なんて思って♪」
「え?」
「あ~!!もういいや!!こんなキャラやめだわ。」
「うへぇ!?」
あ・・・つい変な声が・・・・
「あ。別にあんたの事脅そうとしてるわけじゃないから。」
「え??」
『ふぅ~』っと息を吐くと、田中さんは結っていた髪を解きばさぁっと髪を掻き上げた。
な、何なんだこの人??突然訳が分からない!!
脅すって・・・?やっぱりあたしの秘密が!?
「あんた
視える
んでしょ?」「え?」
すっと目が鋭くなり、今まで纏っていた『ぶりっ子小悪魔風キャラ』が一瞬にして消え失せた。これはもう、女子高生ってレベルではないオーラだ。
「安心してよ。私もそうだからさ。ま・・・皆には当然隠してあるけど。」
「そ、そうですよねぇ・・・」
「で、さっそく本題よ。いいわね?」
あたしの返答など待たず、田中さんは先ほどとは正反対のキャラであたしの両肩を掴んだ。力強く。この華奢な体の何処にそんな力があるのかと思うくらい。
「この学校・・・マジで出るのよ。」
「えっと・・・どんな?」
「あんた視えてるんでしょ!?」
「え?まぁ・・・で、でもここにはそんな感じは・・・」
「ちっ・・・使えないわね。」
舌打ちを一つ。この人やっぱあたしの事嫌いなんじゃないだろうか?
なんで思っていることを言っただけで舌打ちなんかされないといけないんだ!!
「ん?ひょっとして・・・・」
「うわぁ!?」
がっ!!
考え込むと、田中さんは突然あたしのポケットに手を入れ素早く
それ
を抜き取った。「ああ!!紫乃さんのお守りが!?」
「・・・紫乃?それって如月紫乃のこと?」
「そ、そうだよ!!って知ってるの!?」
田中さんは手の中のそれを見ると暫しまた考え始めた。
どうでもいいからそれ返して欲しいんだけど・・・・うう、嫌だなぁ。
「なるほどね・・・どおりで視えないわけね。」
「だ、だからな・・・」
ぞぞっ・・・
慌ててそれを取り返そうとした時だった。空気が変わったのは。
何かがそこにいる感じ・・・懐かしいこの嫌な感じ・・・・
普通の人には視えない
何か
がそこには確かにいた。「・・・な、何これ?」
「幽霊よ。視りゃわかるでしょ。」
「・・・それにしては嫌な感じの・・・・」
「ま、怨霊だしね。」
「はぁ!?」
さらりとそう言う田中さん。あたしは再び彼女の手の中にあるそれを取り返そうと手を伸ばしかけたのだが・・・
ガッ!!
その瞬間、何かがあたしの肩へと圧し掛かる。いや・・・掴みかかると言った方が正しい。とにかく肩に強い力が込められ、痛みを感じるくらい
それ
が食い込んでいるのがわかった。ぐ、ぐぐぐ・・・
痛い・・・肩が・・・
重い・・・体が・・・
立っていられなくなるくらい、その得体のしれない重圧がかかる・・・
「ちっ!!面倒な奴ね!!」
バサッ!!
「うっぷ・・・!?」
田中さんが再び舌打ちし、何かを思い切りあたしに向かってかけて来た。
しょ、しょっぱっ!!これ!し、塩!?
口に入ってしまったそれに咳き込んだが、体は軽くなった。
「・・・田中さんってまさか・・・・」
「祓い屋よ。
「え?」
「本名は・・・って今はそんな事言ってる場合じゃないわ。とりあえずこれ、返すから手放さずに持って逃げなさい。」
「え!?で、でも田中さんは!?」
いつの間に支えてくれていたのか。田中さんはあたしをぐいっと立ち上がらせると、紫乃さんのお守りを握らせトイレの入り口に向かって・・・
ドンッ!!
「うわっ!?」
思いっきり背中を突き飛ばした。突然の事だったのであたしも受け身を取れずそのまま入口のドアを勢いで開き前のめりに転んでしまった。
あ・・・いつもの風景・・・?
廊下を見渡すと、いつもの学校の風景が広がる。
昼休み、廊下を行き交う生徒達・・・騒がしい音・・・
そんな様子を転んだまま、あたしは暫く呆然と眺めていた。
「な、なんなの・・・?」
手の中のお守りとその当たり前の風景を交互に見ながらただ呟く・・・
ただ、その後あたしは幽霊も視えなければあの久しぶりに感じた嫌な感じも全く感じる事はなかった。
残ったのは・・・・
しょっぱい塩の味・・・