第5話
文字数 2,038文字
さて、いよいよ結婚式当日。
老舗和菓子店の長男と、大地主で不動産会社の長女の結婚式とあって、招待された来賓客は総勢500人超という盛大なもので、その8割はお仕事関係の方々で、中には著名人の姿もちらほら見受けられます。
そんなド派手な披露宴の中、優しい笑顔で微笑み、一人一人ににこやかに挨拶をする新婦麻貴ちゃんの美しさ、可憐さは、人々の視線を釘付けにしていました。
入場は清楚に白無垢、次に絢爛豪華な色打掛、それから純白のウェディングドレス、更に可愛いピンクのカクテルドレス、最後のお見送りにはシックなイブニングドレスと、お色直しだけでも計5回という力の入れ様。
どれも彼女を引き立てていましたが、やはり彼女の部屋で見たウェディングドレス姿が、一番似合っていました。
最大の懸案事項だった大姑ですが、披露宴の最中にスイッチが入れば、最悪お式の中断や中止という事態にもなりかねず、かといって出席させないわけにも参りません。
そこで、私が大姑の隣の席に座り、彼女のご機嫌をコントロールする役目を買って出ることに。
お式の前に、麻貴ちゃんと一緒に何度か大姑と会う機会を作り、リサーチしていた私。祖母と同級生ということもあり、私を気に入った彼女は、当日私が自分の隣に座ることを、自ら進んで希望しました。
勿論、私がそういうふうに仕向けたわけですが、事情を知らない人は、私を親族だと思ったでしょう。
大姑は、周囲の空気を読まず、ちょっとしたことで怒りの感情を爆発させる癖がありましたので、その気配をいち早く察知し、
「喉が渇きましたね。お水を頂きましょうか」
「ちょっと暑いですね。すみません、少し空調を下げて頂けますか?」
「麻貴ちゃん、お色直し中だし、今のうちに、お手洗いに行きましょ」
と、先回りして、すべての地雷を潰して行ったのです。
お式に集中出来ない私に、ご親族はとても申し訳なさそうでしたが、母親との確執で得たこの忌まわしい才能が、麻貴ちゃんの晴れの舞台でお役に立てるのなら、こんな嬉しいことはありません。
ピアノの演奏で祝福した朋華ちゃんが、二人のために選んだ曲は『Ave Maria』。明かりが落とされ、心地よく流れるメロディーの中、スポットライトに浮かび上がった麻貴ちゃんは本当に聖母マリア様のようで、来賓からは感嘆の溜息がこぼれたほど。
若き天才ピアニスト笹塚朋華による披露宴での生演奏は、新郎新婦のみならず、この日この場に居合わせた全員にとって、最高の贈り物になったことと思います。
こうして、結婚式は滞りなく執り行われました。
あれから15年。麻貴ちゃんは3人の子供にも恵まれ、今も幸せに暮らしています。彼女から遅れること7年、私も無事結婚することが出来、今ではこの新興住宅地に住んでいます。
午前中の用事を終えて帰宅し、ポストを覗くと回覧板が入れられていました。出かけている間に、萩澤さんが投函されて行かれたようです。
日付を記入し、斜め向かいの葛岡さんにお届けしようとしたところ、お庭から話し声が聞こえて来ました。最近よくおばあちゃんのところに入り浸っている、橘井さんのようです。
下手に届けに行けば、ふたりのお喋りに何時間も拘束される危険もあり、さて、どうしようかと様子を伺う私。
おばあちゃんはお耳が遠いため話し声が大きく、聞くつもりはなくても内容が筒抜けです。とはいえ、いつになくエキサイトしている様子の橘井さんの声に、ついつい聞き耳を立てていました。
「…だから、腹が立って、嫁に言ってやったのよ。あんたの躾が悪いから、孫たちまで反抗的なんだって!」
「それで、嫁さんは何だって~?」
「ああいう女は、性格が捻くれてるんだろうね~。自分言えば良いのに、わざわざ息子に言わせんのよ!」
「へえ~。それで息子さんは~?」
「嫁に暴言を吐いたことを、謝れって。私は間違ったこと言ってないんだから、謝る筋合いはないって言ってやったわよ! そしたらまあ、何て言ったと思う!?」
「何て言ったの~?」
「おふくろがその性格を直さないなら、これ以上は一緒に住めない、自分たちは嫁の実家へ行くから、今後一切連絡してくるなって言うじゃない!」
「それで、出てったの~?」
「そうなのよ! どうせ、嫁の親もグルになって、最初っから息子や孫を取り込もうって魂胆だったに決まってるわ! あんな性悪女と結婚を許したばっかりに、息子まで馬鹿になっちゃってね!」
橘井さんは、麻貴ちゃんの大姑同様、一人っ子の跡取り娘という立場の方で、婿養子のご主人とは、奥さんのご両親と同居という条件で結婚されました。
一度も社会経験がないまま主婦になったことで、社会性が備わっていないらしく、人との関係性や距離感でしばしば問題を起こしていて、関係が親しくなればなるほど、拗らせることが多いようです。
長男長女、二人のお子さんはそれぞれ結婚されて、ご本人は長男家族と同居、長女家族もこの町内に新居を建てたばかりでした。
老舗和菓子店の長男と、大地主で不動産会社の長女の結婚式とあって、招待された来賓客は総勢500人超という盛大なもので、その8割はお仕事関係の方々で、中には著名人の姿もちらほら見受けられます。
そんなド派手な披露宴の中、優しい笑顔で微笑み、一人一人ににこやかに挨拶をする新婦麻貴ちゃんの美しさ、可憐さは、人々の視線を釘付けにしていました。
入場は清楚に白無垢、次に絢爛豪華な色打掛、それから純白のウェディングドレス、更に可愛いピンクのカクテルドレス、最後のお見送りにはシックなイブニングドレスと、お色直しだけでも計5回という力の入れ様。
どれも彼女を引き立てていましたが、やはり彼女の部屋で見たウェディングドレス姿が、一番似合っていました。
最大の懸案事項だった大姑ですが、披露宴の最中にスイッチが入れば、最悪お式の中断や中止という事態にもなりかねず、かといって出席させないわけにも参りません。
そこで、私が大姑の隣の席に座り、彼女のご機嫌をコントロールする役目を買って出ることに。
お式の前に、麻貴ちゃんと一緒に何度か大姑と会う機会を作り、リサーチしていた私。祖母と同級生ということもあり、私を気に入った彼女は、当日私が自分の隣に座ることを、自ら進んで希望しました。
勿論、私がそういうふうに仕向けたわけですが、事情を知らない人は、私を親族だと思ったでしょう。
大姑は、周囲の空気を読まず、ちょっとしたことで怒りの感情を爆発させる癖がありましたので、その気配をいち早く察知し、
「喉が渇きましたね。お水を頂きましょうか」
「ちょっと暑いですね。すみません、少し空調を下げて頂けますか?」
「麻貴ちゃん、お色直し中だし、今のうちに、お手洗いに行きましょ」
と、先回りして、すべての地雷を潰して行ったのです。
お式に集中出来ない私に、ご親族はとても申し訳なさそうでしたが、母親との確執で得たこの忌まわしい才能が、麻貴ちゃんの晴れの舞台でお役に立てるのなら、こんな嬉しいことはありません。
ピアノの演奏で祝福した朋華ちゃんが、二人のために選んだ曲は『Ave Maria』。明かりが落とされ、心地よく流れるメロディーの中、スポットライトに浮かび上がった麻貴ちゃんは本当に聖母マリア様のようで、来賓からは感嘆の溜息がこぼれたほど。
若き天才ピアニスト笹塚朋華による披露宴での生演奏は、新郎新婦のみならず、この日この場に居合わせた全員にとって、最高の贈り物になったことと思います。
こうして、結婚式は滞りなく執り行われました。
あれから15年。麻貴ちゃんは3人の子供にも恵まれ、今も幸せに暮らしています。彼女から遅れること7年、私も無事結婚することが出来、今ではこの新興住宅地に住んでいます。
午前中の用事を終えて帰宅し、ポストを覗くと回覧板が入れられていました。出かけている間に、萩澤さんが投函されて行かれたようです。
日付を記入し、斜め向かいの葛岡さんにお届けしようとしたところ、お庭から話し声が聞こえて来ました。最近よくおばあちゃんのところに入り浸っている、橘井さんのようです。
下手に届けに行けば、ふたりのお喋りに何時間も拘束される危険もあり、さて、どうしようかと様子を伺う私。
おばあちゃんはお耳が遠いため話し声が大きく、聞くつもりはなくても内容が筒抜けです。とはいえ、いつになくエキサイトしている様子の橘井さんの声に、ついつい聞き耳を立てていました。
「…だから、腹が立って、嫁に言ってやったのよ。あんたの躾が悪いから、孫たちまで反抗的なんだって!」
「それで、嫁さんは何だって~?」
「ああいう女は、性格が捻くれてるんだろうね~。自分言えば良いのに、わざわざ息子に言わせんのよ!」
「へえ~。それで息子さんは~?」
「嫁に暴言を吐いたことを、謝れって。私は間違ったこと言ってないんだから、謝る筋合いはないって言ってやったわよ! そしたらまあ、何て言ったと思う!?」
「何て言ったの~?」
「おふくろがその性格を直さないなら、これ以上は一緒に住めない、自分たちは嫁の実家へ行くから、今後一切連絡してくるなって言うじゃない!」
「それで、出てったの~?」
「そうなのよ! どうせ、嫁の親もグルになって、最初っから息子や孫を取り込もうって魂胆だったに決まってるわ! あんな性悪女と結婚を許したばっかりに、息子まで馬鹿になっちゃってね!」
橘井さんは、麻貴ちゃんの大姑同様、一人っ子の跡取り娘という立場の方で、婿養子のご主人とは、奥さんのご両親と同居という条件で結婚されました。
一度も社会経験がないまま主婦になったことで、社会性が備わっていないらしく、人との関係性や距離感でしばしば問題を起こしていて、関係が親しくなればなるほど、拗らせることが多いようです。
長男長女、二人のお子さんはそれぞれ結婚されて、ご本人は長男家族と同居、長女家族もこの町内に新居を建てたばかりでした。