第1話

文字数 1,305文字

 夏旅in島根(仁摩サンドミュージアム編)③

 タクシーの車窓から、鋭角的なガラスのピラミッド群が見えた。仁摩サンドミュージアムである。
知らない人は、ちょっと変わった植物園かな、と思うかもしれない。ピラミッドは大小合わせて五、六個ある。
 入館料七百円を払って中に入ると、いきなり一年計砂時計がどーんとあった。世界最大らしく、確かに巨大である。二つのガラスの膨らみが、くびれの部分でくっついている、あのお馴染みの形をしていて、銀の円形の枠の中に設置されている。毎年元旦の午前〇時に、年男と年女が紐でもって引っくり返すらしい。砂時計はパソコンで制御されていて、うるう年のときは砂の量を調整するという。温度によって砂の流れが速くなったり遅くなったりしてしまうので、管理や微調整が大変らしい。砂粒の形状や大きさによっても、落ちる速度が変わってきてしまうし、単に砂時計といえど、なかなか奥が深いのだった。
砂というのは、長い時間をかけて石や貝殻が削れて小さな粒になったものである。そう考えると、なんだか気が遠くなってくる。砂の中には微小貝と呼ばれる、大きさ数ミリの貝も含まれているらしい。なんとなく、シラスに混じった小さなタコを連想した。
解説パネルを読んでいると、安息角、という耳慣れない単語を見つけた。安息香なら聞いたことがあるが、なんだろう?と思ったら、砂を積み上げたとき、砂山が崩れずに安定を保ちうる角度のことをいうらしい。何センチ積み上げた場合、鳴り砂の安息角は何度、と三角形の図式があった。なんでも突き詰めると学問になるのだなぁ、と感心した。限界安息角という単語もあるらしい。砂山のてっぺんに、ピンセットで一粒そっと乗せた途端、さーっと崩れるところを想像する。
いろいろな種類の砂時計が置いてあったので、いちいち引っくり返しながら進んだ。展示の最後に、なぜピラミッドを建物の周りに幾つも配置したか、という説明があった。仁摩町の町長さんが、ピラミッドに対して格別の思い入れがあったらしい。時を刻んでいると感じられるような建造物にしたい、という思いもあり、ピラミッドを選んだ、ともあった。
確かにピラミッドの形は、意味なく人を惹きつける。何やら神聖な感じがするし、特別な力を宿しているように思える。私の机の上にも、エジプトで買ったピラミッド型の石の置き物がある。すでに角が欠けているが、ないがしろにはどうしてもできず、文鎮として長く使っている。
もともとピラミッドというものは群で存在するものらしい。王朝が巨大であればあるほど、ピラミッドも鋭角的なるという。つまり、勢いがあるときほど角度がきついわけだ。その考え方にのっとり、仁摩サンドミュージアムのピラミッドは、どれも角度を鋭くした、とあった。
すべて見終わり、受付に預けていたリュックサックを受け取ると、私は外に出た。すぐ横に公園があったので、しばらく芝生の上でピラミッドを眺めた。三角のてっぺんが、真夏の空を背景に、痛そうなほど尖って見える。クフ王と仁摩町の町長の共通点を見た感じがした。
芝生の上に置いていたリュックを背負うと、炎天下の中、私は駅までの道を歩き始めた。
 
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み