第11話 お通夜

文字数 1,367文字

 不思議だが、恵が覆い被さっている感覚や震えて泣いているのも、しっかり感じることができる。
 向こうの遺体に覆い被さっているのに、その感覚が伝わってくる。
「私と勇真は、この先どう生きていけば良いの? あなた教えて」
 とまた大泣きし始めた。
 どうも演技には見えない。
 恵は、その手の冗談は絶対に言わないし、逆に「不謹慎です!」と叱ってくる性格だ。
 だから、どんどん混乱する一方だ。

 そのうち両親がやってきたが、恵と同じ反応だった。
 会話から死亡時間は15時39分で、死因は“くも膜下出血”だと知った。
 恵の帰宅直後に、救急車を呼んだが既にこと切れていたのだそうだ。



 呆然としている中、日付は変わり遺体は葬儀場へ移送されお通夜の準備が始まる。

 今まで遺体に触れられる感覚やドライアイスの冷たさが伝わってきたが、夕方ごろ頭の方で”プチっ”と音がした後から、まったく感じなくなっていた。
 例えるなら、肉体と自分が完全に分離した感じだ。
 それでも、まだ死んだとは信じられず半信半疑の状態のまま過ごした。



 夜になると、次々と親戚や知人・友人に会社関係者、取引先の人たちがお通夜に訪れて来た。
「おい! いくらなんでも冗談では済まないぞ。誰か自分に気づく人はいないのか? 自分は、まだ生きているんだ!」
 と叫ぶが、やはりまったく反応がなかった。

 ただ一人、女性がこちらを見ていた感じがしたのだが、特に近づいてこない。
「お! きみーーー、自分のことが見えているのか?」
 と呼びかけても無視している。
 だた彼女が帰る直前に、こちらの方を見て、
「あなたの自業自得よ」
 と言って去っていった。
『やっぱり見えていたのだろうか? と言うことは、自分は生きてるってことなんだよな!』
 と願望に近い思いがでる。

 他の訪問者を見ていると、親族との会話では、
「この度はご愁傷様でした。会社にとっても大打撃で惜しい人材を亡くしました」
「大変、かっこよく仕事もできて私たちのスーパーヒーローでした」
「とても頼りになる方だったので、本当に悲しいです」
と聞こえてくるが、それとは裏腹に心の声が伝わってくる。

『やったぜ。空いたポストは俺が頂く。だから安心して逝きな。サ・ヨ・ウ・ナ・ラ! あっはははははは。笑いが止まらね~』
『見た目は爽やかなイケメンだったけど、腹黒い人だったわ。あースッキリ!』
『女性を散々弄んできたからバチが当たったのよ。清々したわ』

「お前ら、そんな風に考えていたのか? うぜえぞ」
 と言い返したが、もちろん反応しない。
「チキショー! 言いたい放題言いやがって!!」
 悔しさで怒り爆発だ。



 粛々と時間は過ぎ深夜になると訪問者が居なくなり、親族だけとなった。
 息子の勇真は、まだ5歳だから何が起こったか理解していないらしく、興奮してはしゃぎまわっている。
 そして親族会議が行われ恵と勇真は、自宅を引き払って実家に戻ることが決まった。
 思い出もいっぱい詰まっているけれど“夫が倒れていた場所を見るのが辛い”と言うのだ。
『まぁ、それが妥当だろうな』

 その後は、親族で交代しながら遺体の側に付き添っていた。
 父、母からは、
『自慢の息子だったのに、何で先に逝ってしまったの』
 と心底悲しんでくれているのが伝わってきた。
 これには流石に、かける言葉が見つからなかった。
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