第6話 お願い神様!
文字数 3,327文字
結局、僕はみるくとあずきにトレーナーを着せてやった。
やるしかなかった。
あずきは応じるまで部屋を出ようとしないし、みるくもあずき同様動こうとせずにいたからだ。
あずきはともかくみるくはあずきに対しての対抗心が羞恥心を上回ったためなのだろう。そうでなければ着替えくらい一人でしていたはずだ。
……トレーナーを着せるだけとはいえ、甘い匂いを放つ二人の美少女との触れ合いは慣れていてもかなり忍耐を要する。これ僕でなければどうなっていたかわからないぞ。
で。
今は三人並んでソファーに座り、夕方に再放送されるドラマを見ている。
リビングのテレビはそこそこ大きくちょっとしたホームシアターが楽しめる仕様だ。映画好きの父のおかげともいえる。
僕を挟んで左右に双子姉妹。
右にみるく。
左にあずき。
あずきは僕の腕に絡みつくようにくっついている。
それに負けじとみるくがぴとっとはりついてくるがこちらは赤面状態。傍目にも無理しているのがわかる。
「おい、みるく」
「…」
すぐに返事できないくらい恥ずかしがってるぞ、こいつ。
「みるく」
「……」
ダメだ。
こいつどこかに飛んでやがる。
仕方なく右腕を揺すってみた。
わずかな膨らみが震える感触。
薄っぺらでもそこは女の子、柔らかいな。
「……は!」
「あ、帰ってきた」
あずきが楽しそうに言う。
こいつはこいつでこの状況を堪能していやがる。
「でも、もうちょっとあっち行っててほしかったな」
「みるく、大丈夫か」
「あ、うん」
少しぼんやりと返事してくる。本当に大丈夫か?
「あずきに負けたくないのかもしれんが、無理はするなよ」
「む、無理なんかしてないわよ」
「そうか? それにしてはどこかに意識が飛んでいたみたいだが」
「き、気のせいよ」
「お姉ちゃん」
と、あずき。
「どうせ空はあたしのなんだから、頑張らなくてもいいんだよ」
「が、頑張ってなんかないんだからね」
いや、頑張ってるぞ。
つーか、そんなに顔を赤くして熱でぶっ倒れても知らないぞ。
テレビは先週のドラマの再放送をやっている。本放送は夜十時からの連続ドラマだ。
「温泉お嬢様の事件簿」
今月第二シリーズがスタートしたばかりの推理ドラマだ。
若手人気女優が主役である老舗温泉旅館のお嬢様・白鳥美玲(しらとり・みれい)を演じている。
僕のお目当てはお嬢様の友人で旅館の仲居をしている桐谷花蓮(きりたに・かれん)役の明治杏(めいじ・あんず)ちゃんだ。
プロフィールによれば杏ちゃんは千葉県出身で年齢は十七歳。
身長158センチ、体重は秘密、チャームポイントはややたれ目なところと左目のそばの泣きボクロ。
Dカップのバストも見逃せない特徴だ。
「この仲居さん死ぬよ」
あずきの指摘に僕はぎょっとする。
画面に映っている亜麻色のセミロングが似合う仲居さんは桐谷花蓮。
杏ちゃんだ。
「来週……じゃなくて今夜死ぬよ」
「はぁ?」
いやいやいやいや。
あずき、何を言ってるんだ。
ドラマは花蓮が生き別れの兄と再会するのを心待ちにしているシーンでエンディングとなった。ポップな曲調の主題歌が流れスタッフロールが始まる。次回予告も兼ねたものだが、どこにも花蓮の死ぬところは映っていない。
「おい、あずき」
変な言いがかりをつけられた気分でたずねた。
「何で杏ちゃんが死ぬと思った?」
「空、落ち着いて」
みるくが腕を引く。
「死ぬのは仲居さんであって明治杏じゃないわ」
どっちも同じだ。
みるくは無視して質問を続ける。
「フラグらしいフラグもなかったし、どこをどう見れば杏ちゃんが死ぬって言えるんだ?」
「あのね」
ゆっくりと。
「お兄さんに殺されるんだよ」
「はい?」
何をバカなことを。
「そんなの次回予告に出てないぞ」
「出てなくても死ぬよ」
どうやら杏ちゃん死亡説を曲げる気はないようだ。
「えっと、空、」
申し訳なさそうにみるくが告げた。
「たぶんあずきの言うとおりになるわよ」
「みるくまで何を……」
「あずきってこういうのすごく当てるの。お母さんが『あずきは名探偵ね』って褒めるくらいだし」
千代子さんがねぇ。
管理栄養士で風見大学医学部附属病院で働いている千代子さんの姿が頭に浮かぶ。
肩まであるきれいな黒髪の持ち主だ。美人だしあずきの母親だけあって胸も豊か。僕をとても気に入っていて会う度に「婿に来て」とみるくとあずきを薦めてくるのはやめてほしいけど、それを除けば概ねいい人だと思う。
千代子さんに認められるならあずきは名探偵なのだろう。
しかし、今回ばかりはどうかな?
★★★
夕食の支度はみるくがどうしてもやりたいと聞かなかったので任せることにした。
ただ、みるく一人では猛烈に心配だったのであずきにサポートを頼んでおく。まあ頼まなくてもあずきはやってくれただろうけど、念には念をである。
二人がキッチンに立っている間にこそこそとお風呂場に。
途中であずきが背中を流そうとしに来たけど鍵をかけておいたから侵入されることもなく終えることができた。
健全な男子にあるまじき行為かもしれないが将来を決めかねない事態を起こすよりはましなのだ。
僕はまだまだ自由でいたい。
みるくならそれほどでもないかもしれないが、あずきは絶対に僕を縛るだろう。
浮気はしないと思うけど束縛されるのは御免だ。
風呂場から脱衣所に出るとあずきが待ち構えていた。
全裸でも半裸でもなくトレーナー姿だったのはせめてもの救いだ。
こいつにも多少の節度はあったらしい。
「おい、みるくの手伝いはどうした?」
「お姉ちゃんなら大丈夫だよ、あたしがコツを教えたから」
「コツ?」
「料理はね、好きな人のことを想って美味しくなる分量で調理と味つけをして、美味しくなるくらいの時間をかけて作れば自然と美味しいものができるんだよ」
そんなアホな。
あずきが言っているのは要するに目分量と雰囲気時間だ。
それで美味しい料理が仕上がるなら誰も苦労しない。
「あれか? ざざっと鍋に入れてガーット煮込んだら美味いシチューができるみたいな感じか?」
「うん、というかさっきお姉ちゃんにしたアドバイスがよくわかったね」
あずき……それはアドバイスにならないぞ。
この分だとどえらい夕食を食べるはめになるな。
「あずき、僕のことを思うなら今すぐキッチンに戻れ」
「どうして?」
心底不思議そうな顔をするな。
「ミルク一人でまともなものが作れるとは思えん」
「そんなことないよ」
「お前はこの前の物体Xを忘れたのか? あと調理実習の時の爆発騒ぎも憶えてないのか?」
確かにいつもやらかしているわけではない。
が、たまにやるポカがでかすぎるのだ。
あれは料理が上手いとか下手とかいう次元じゃない。大げさかもしれないがもはやテロだ。
フードテロリストみるくだ。
「空、お姉ちゃんの評価低すぎ」
「事実に基づいているつもりだが」
「ま、いっか。それよりお風呂に戻ろ♪ 背中流してあげる」
「アホか、出たばかりだぞ! それよりキッチンに戻れ!」
思わず怒鳴ってしまう。
びくっとしてからあずきが俯いた。
「ごめんなさい」
あ、やばっ。
こんなところで泣かれても面倒だしみるくを放っておくのも危険だ。
キッチンで何が行われているか、想像するだけでも恐ろしい。
とにかくあずきにはみるくのサポートについてもらわねば。
「あのーあずきさん」
口調が丁寧になるのはやむなし。
「今怒鳴ったのは謝りますので、とりあえずみるくを助けてやってもらえませんか?」
「……」
あずきが肩を小さく震えさせる。
あ、これは本当にやばい。
手紙のことでみるくを泣かせるつもりが全く別のことであずきを泣かせてしまった。
「ごめん」
「……」
「僕が悪かった」
「……」
「頼むから許してくれ、何でもするからさ」
ピタッ!
あずきが震えるのを止めた。
はっとする。
しまった。
俯いていてもあずきがにやつきだしているのがわかる。
よりにもよって一番使ってはいけない言葉を選んだ自分を呪いたくなった。
あずきが顔を上げる。
にやにやするな、にやにや!
「何でもするって、本当に何でもいいの?」
「……」
ああ、神様。
どうかこいつを何とかしてください。
やるしかなかった。
あずきは応じるまで部屋を出ようとしないし、みるくもあずき同様動こうとせずにいたからだ。
あずきはともかくみるくはあずきに対しての対抗心が羞恥心を上回ったためなのだろう。そうでなければ着替えくらい一人でしていたはずだ。
……トレーナーを着せるだけとはいえ、甘い匂いを放つ二人の美少女との触れ合いは慣れていてもかなり忍耐を要する。これ僕でなければどうなっていたかわからないぞ。
で。
今は三人並んでソファーに座り、夕方に再放送されるドラマを見ている。
リビングのテレビはそこそこ大きくちょっとしたホームシアターが楽しめる仕様だ。映画好きの父のおかげともいえる。
僕を挟んで左右に双子姉妹。
右にみるく。
左にあずき。
あずきは僕の腕に絡みつくようにくっついている。
それに負けじとみるくがぴとっとはりついてくるがこちらは赤面状態。傍目にも無理しているのがわかる。
「おい、みるく」
「…」
すぐに返事できないくらい恥ずかしがってるぞ、こいつ。
「みるく」
「……」
ダメだ。
こいつどこかに飛んでやがる。
仕方なく右腕を揺すってみた。
わずかな膨らみが震える感触。
薄っぺらでもそこは女の子、柔らかいな。
「……は!」
「あ、帰ってきた」
あずきが楽しそうに言う。
こいつはこいつでこの状況を堪能していやがる。
「でも、もうちょっとあっち行っててほしかったな」
「みるく、大丈夫か」
「あ、うん」
少しぼんやりと返事してくる。本当に大丈夫か?
「あずきに負けたくないのかもしれんが、無理はするなよ」
「む、無理なんかしてないわよ」
「そうか? それにしてはどこかに意識が飛んでいたみたいだが」
「き、気のせいよ」
「お姉ちゃん」
と、あずき。
「どうせ空はあたしのなんだから、頑張らなくてもいいんだよ」
「が、頑張ってなんかないんだからね」
いや、頑張ってるぞ。
つーか、そんなに顔を赤くして熱でぶっ倒れても知らないぞ。
テレビは先週のドラマの再放送をやっている。本放送は夜十時からの連続ドラマだ。
「温泉お嬢様の事件簿」
今月第二シリーズがスタートしたばかりの推理ドラマだ。
若手人気女優が主役である老舗温泉旅館のお嬢様・白鳥美玲(しらとり・みれい)を演じている。
僕のお目当てはお嬢様の友人で旅館の仲居をしている桐谷花蓮(きりたに・かれん)役の明治杏(めいじ・あんず)ちゃんだ。
プロフィールによれば杏ちゃんは千葉県出身で年齢は十七歳。
身長158センチ、体重は秘密、チャームポイントはややたれ目なところと左目のそばの泣きボクロ。
Dカップのバストも見逃せない特徴だ。
「この仲居さん死ぬよ」
あずきの指摘に僕はぎょっとする。
画面に映っている亜麻色のセミロングが似合う仲居さんは桐谷花蓮。
杏ちゃんだ。
「来週……じゃなくて今夜死ぬよ」
「はぁ?」
いやいやいやいや。
あずき、何を言ってるんだ。
ドラマは花蓮が生き別れの兄と再会するのを心待ちにしているシーンでエンディングとなった。ポップな曲調の主題歌が流れスタッフロールが始まる。次回予告も兼ねたものだが、どこにも花蓮の死ぬところは映っていない。
「おい、あずき」
変な言いがかりをつけられた気分でたずねた。
「何で杏ちゃんが死ぬと思った?」
「空、落ち着いて」
みるくが腕を引く。
「死ぬのは仲居さんであって明治杏じゃないわ」
どっちも同じだ。
みるくは無視して質問を続ける。
「フラグらしいフラグもなかったし、どこをどう見れば杏ちゃんが死ぬって言えるんだ?」
「あのね」
ゆっくりと。
「お兄さんに殺されるんだよ」
「はい?」
何をバカなことを。
「そんなの次回予告に出てないぞ」
「出てなくても死ぬよ」
どうやら杏ちゃん死亡説を曲げる気はないようだ。
「えっと、空、」
申し訳なさそうにみるくが告げた。
「たぶんあずきの言うとおりになるわよ」
「みるくまで何を……」
「あずきってこういうのすごく当てるの。お母さんが『あずきは名探偵ね』って褒めるくらいだし」
千代子さんがねぇ。
管理栄養士で風見大学医学部附属病院で働いている千代子さんの姿が頭に浮かぶ。
肩まであるきれいな黒髪の持ち主だ。美人だしあずきの母親だけあって胸も豊か。僕をとても気に入っていて会う度に「婿に来て」とみるくとあずきを薦めてくるのはやめてほしいけど、それを除けば概ねいい人だと思う。
千代子さんに認められるならあずきは名探偵なのだろう。
しかし、今回ばかりはどうかな?
★★★
夕食の支度はみるくがどうしてもやりたいと聞かなかったので任せることにした。
ただ、みるく一人では猛烈に心配だったのであずきにサポートを頼んでおく。まあ頼まなくてもあずきはやってくれただろうけど、念には念をである。
二人がキッチンに立っている間にこそこそとお風呂場に。
途中であずきが背中を流そうとしに来たけど鍵をかけておいたから侵入されることもなく終えることができた。
健全な男子にあるまじき行為かもしれないが将来を決めかねない事態を起こすよりはましなのだ。
僕はまだまだ自由でいたい。
みるくならそれほどでもないかもしれないが、あずきは絶対に僕を縛るだろう。
浮気はしないと思うけど束縛されるのは御免だ。
風呂場から脱衣所に出るとあずきが待ち構えていた。
全裸でも半裸でもなくトレーナー姿だったのはせめてもの救いだ。
こいつにも多少の節度はあったらしい。
「おい、みるくの手伝いはどうした?」
「お姉ちゃんなら大丈夫だよ、あたしがコツを教えたから」
「コツ?」
「料理はね、好きな人のことを想って美味しくなる分量で調理と味つけをして、美味しくなるくらいの時間をかけて作れば自然と美味しいものができるんだよ」
そんなアホな。
あずきが言っているのは要するに目分量と雰囲気時間だ。
それで美味しい料理が仕上がるなら誰も苦労しない。
「あれか? ざざっと鍋に入れてガーット煮込んだら美味いシチューができるみたいな感じか?」
「うん、というかさっきお姉ちゃんにしたアドバイスがよくわかったね」
あずき……それはアドバイスにならないぞ。
この分だとどえらい夕食を食べるはめになるな。
「あずき、僕のことを思うなら今すぐキッチンに戻れ」
「どうして?」
心底不思議そうな顔をするな。
「ミルク一人でまともなものが作れるとは思えん」
「そんなことないよ」
「お前はこの前の物体Xを忘れたのか? あと調理実習の時の爆発騒ぎも憶えてないのか?」
確かにいつもやらかしているわけではない。
が、たまにやるポカがでかすぎるのだ。
あれは料理が上手いとか下手とかいう次元じゃない。大げさかもしれないがもはやテロだ。
フードテロリストみるくだ。
「空、お姉ちゃんの評価低すぎ」
「事実に基づいているつもりだが」
「ま、いっか。それよりお風呂に戻ろ♪ 背中流してあげる」
「アホか、出たばかりだぞ! それよりキッチンに戻れ!」
思わず怒鳴ってしまう。
びくっとしてからあずきが俯いた。
「ごめんなさい」
あ、やばっ。
こんなところで泣かれても面倒だしみるくを放っておくのも危険だ。
キッチンで何が行われているか、想像するだけでも恐ろしい。
とにかくあずきにはみるくのサポートについてもらわねば。
「あのーあずきさん」
口調が丁寧になるのはやむなし。
「今怒鳴ったのは謝りますので、とりあえずみるくを助けてやってもらえませんか?」
「……」
あずきが肩を小さく震えさせる。
あ、これは本当にやばい。
手紙のことでみるくを泣かせるつもりが全く別のことであずきを泣かせてしまった。
「ごめん」
「……」
「僕が悪かった」
「……」
「頼むから許してくれ、何でもするからさ」
ピタッ!
あずきが震えるのを止めた。
はっとする。
しまった。
俯いていてもあずきがにやつきだしているのがわかる。
よりにもよって一番使ってはいけない言葉を選んだ自分を呪いたくなった。
あずきが顔を上げる。
にやにやするな、にやにや!
「何でもするって、本当に何でもいいの?」
「……」
ああ、神様。
どうかこいつを何とかしてください。