第三章・第三話 初動

文字数 7,264文字

 いつものように静かに頭を下げられて、和宮(かずのみや)は少々心配になった。
「何なりとって、簡単に言ってくれちゃうけど、結構沢山あると思う……言い出しといて何なんだけど」
 しかし、邦子は揺るがない。
「問題ありません。どうぞ、お申し付けを」
 上体を起こした邦子は、顎を引いて和宮の言葉を待つ姿勢だ。多分に申し訳ない気持ちだったが、和宮は思考を切り替えた。
「……ありがとう。まず、今回の騒動の原因を知りたいの。動機は熾仁(たるひと)兄様のあたしに対する執着だとは思うけど、それはあくまで原因の一部でしかないと思うし……とにかく、兄様一人じゃ、ここまで大それたことはできないと思うのよ」
「畏まりました」
「それと、家茂(いえもち)慶喜(よしのぶ)の関係も洗ってくれる?」
 将軍とその後見職、以上の何かが、二人にはあるのだろう。でなければ、殺し合い一歩手前まで行くわけがない。
 すると、邦子が口を(ひら)いた。
「上様と慶喜殿なら、関係というほど関係はないかも知れませんが……」
「何か知ってるの?」
「はい。上様と慶喜殿は、かつて十四代将軍の座を争った間柄だそうです」
「えっ、そうなの!?
 今日、何度目かで和宮は頓狂な声を上げた。思った以上の声が出てしまい、慌てて掌で口を塞ぐ。
 家茂が変わらず寝ているのを確認し、邦子に視線を戻した。視線が再度絡むと、邦子は先を続ける。
「もっとも、争ったと言っても、ご本人たちはただ担ぎ上げられただけで、実際に争っておられたのは周りの方々のようです。先代の家定(いえさだ)公にお子がおられなかったことがそもそもの原因で、天璋院(てんしょういん)様も元々は後継問題に絡んでお輿入れされたとか」
「そう……なんだ」
 名を聞くと、無意識に天璋院の厳しく凛とした(おもて)が脳裏に浮かんだ。後継問題に、彼女の輿入れがどう絡んでいたかは分からない。しかし、何某(なにがし)かの使命を帯びて嫁いで来たのなら、並々ならぬ覚悟があっただろうことは、今の和宮なら分かる。
 そんな天璋院からしたら、江戸へ来た当初の和宮の態度には、歯痒く腹立たしいものがあったに違いない。
「ほかにも、色々と一口には言えない、周囲の思惑も複雑に絡んでいたのでしょう。折も折とて、黒船が来航した時機でもあり、両陣営の話し合いは平行線のまま、結局当時、大老に就任したばかりの井伊(いい)直弼(なおすけ)殿が、強引に今の上様を後継に決めてしまわれたと聞き及んでおります」
 和宮は、思わず再度家茂の寝顔に目を落とした。
「強引にって……そう言えば、将軍職に就いたのも、家茂の意思じゃなかったって聞いたけど……」
「ええ。何しろ、就任当時、上様は御年(おんとし)十二だったとか」
「じゅっ……!」
 また叫びそうになって、口元を手で覆う。
「十二って……じゃ、慶喜は?」
「慶喜殿のほうは、当時二十一だったそうです。お子のない先代様の後継の決定を急ぐということは、当時、先代様の余命が幾ばくもないと思われていた状況と考えられます。そんな折に通常なら、十二の少年を据えるよりは二十一の訳知りの大人を選ぶのが筋でしょうけれど……」
「それって……」
 ふと、出会ったばかりの頃に、柊和(ひな)の亡くなった経緯を訊ねた時の、家茂の言葉を思い出す。
『望んでもねぇ将軍の座に就かされて、連中のお望み通り飾り人形やってんだから』――
 吐き捨てるようだった、冷え切った声音。当時の彼は、周囲の大人の都合に翻弄され、本当に孤独に生きていたのだ。
 そんな中、支えだった柊和を失って、どれだけ悲しく、心細い思いをしただろう。この国の最高権力者でありながら、彼女の死の真相を追及することさえ阻まれ、どれだけ悔しい思いをしたことか。
 それを、今更ながらに想像して、胸が痛くなる。
(……大丈夫。これからは、あたしがいる)
 身体ごと家茂の布団へ向き直り、無意識にまた彼の額へ口づけを落とした。
「――宮様。ご用命は以上でしょうか」
「ううん、ごめん。まだある」
 言いながら、家茂に覆い被さるようにしていた上体を上げ、邦子に半身を向ける。
「えっとじゃあ、纏めるね。重複するけどまず、今回の騒動の全容を調べること。それから、慶喜と家茂の関係については今聞いたから、慶喜個人について徹底的に洗って。何考えてる男なのか知りたいの。あと、熾仁兄様の現在地を常に把握できるようにしておいて欲しい。今回みたいに、いきなり襲って来られちゃ、(たま)ったもんじゃないわ」
「承知いたしました。ほかには」
「そうね……(かつ)と渡りは付けられる?」
「勝……殿、ですか?」
「うん。それと、川村とも、いつでも連絡が取れるようにしておいて。二人とも、あたしが知る限り、家茂が信頼してる人だから、今回の件を共有して密に情報交換できるようにしておきたいの」
「心得ました」
「あと……」
 和宮は言い淀んだ。これが一番重要なのだが、今までの経緯で行くと、にべもなく断られる可能性が高い。
「何でしょうか」
 促されて、和宮は瞬時俯けていた顔を上げる。
「姉様」
「はい」
「これ、今回は好奇心とか、恋の手管とか手段とか、そういう風に思わずに聞いて欲しいんだけど」
「何でしょうか」
「武術を教えて。姉様が知る限り、すべての技術を」
 邦子は、虚を突かれたような顔で、和宮を見た。和宮もまた、真剣に邦子の目を見つめる。
 これまで、この手の頼みはずっと断られて来た。それでも弓術と馬術は何とか教わるに至ったが、それ以外のことは邦子も教えるとなると随分渋った。渋られるままに、和宮もごり押しができず、ここまで来てしまった。
 だが、もうグズグズしてはいられない。
「切っ掛けは、どうしたら熾仁兄様に女として見てもらえるかって考えた結果だった。弓術と馬術だけでも、今まではあまり苦労しなかった。流鏑馬(やぶさめ)なんて、どう見ても緊急時には役に立たないし、実際今まで役立ってなかった。弓だけなら役に立ちそうだけど、今まで実戦で使う機会はなかったし……でも、それだけじゃだめだって今回思ったの。あたしも強くならなくちゃ、本当にいざって時に、姉様や家茂の足手纏いになるだけだってよく分かった」
 家茂の、浅い呼吸を繰り返す寝顔に、無意識に視線を落とす。
「宮様」
「わたくしがおりますので、はもう通用しないわ、姉様」
 何か言いたげに名を呼んだ邦子を遮り、和宮は邦子に向き直る。
「今回、兄様と慶喜は、いとも簡単に大奥まで突破して来た。江戸城の、特に大奥は絶対安全で、簡単に曲者なんて入れないと思ってたけど、違うのが今回はっきりしたわ。侵入経路もあとでちゃんと確認しておかなきゃ……でも、それはそれとして、あたしも今の内に力を付けないと。それも、ある種の権力じゃなくて、戦闘時に使える、物理的な力を」
 権力が役に立つのなら、口先だけで敵を退(しりぞ)けられる。そしてそれが可能なら、そもそも家茂が今、寝込むような事態にはなっていない。
 ヒタと邦子を見据えると、邦子は瞼を伏せていた。じっと、どことも付かない場所を見つめた彼女は、ややあってから目を上げる。
「……分かりました」
「姉様」
「師範役の件も含め諸々(もろもろ)(つつし)んで(うけたまわ)ります」
 邦子は、床へ指先を突き、流れるような所作で頭を下げた。

***

 その日の午後には、火事は誤報だったことが、先に避難していた天璋院ほか三名にも(しら)され、四名は各々自分の居所へ戻ったらしいということが、乳母(めのと)の藤から聞かされた。
 邦子にその場で思い付く限りの調査を頼んだが、和宮もじっとしているつもりはない。幸い、腕の傷は浅く、何針かは縫ったものの、数日で塞がるだろうと松本医師から言われている。
 家茂の傍を離れるのは気掛かりだったけれど、これ以上は、彼の看病だけしていても埒は明かないように思った。
 昨夜、慶喜に斬られた火之番(ひのばん)は、全員が死亡していた。特に、和宮を連れ去ろうとした二人は完全に息の根を止められている。
 彼女たちの遺体は、大奥の一室を都合し、安置してあったはずだ。
 和宮は、一つ溜息を()いた。実はまだ、奥女中との関係は(かんば)しくない。
 あれから一月(ひとつき)以上は経ち、天璋院との関係は良好だ。三日に一度は挨拶に出向き、分からないことを訊いたり、武家のしきたりについて、あれやこれやと教えを受けたりする内、世間話までするようになった。
 和宮の居所配属の奥女中たちは、天璋院の手前、抗議的休業はやむなくやめたらしい。けれども、相変わらず和宮を遠巻きにしている感がある。
 昨夜は非常事態だった所為で普通に話し掛けて来たと思い込んでいたが、熾仁と慶喜の仕込みだったことが判明している。
(……でも、これ以上避けて通れないよなぁ……)
 はぁ~……、ともう一つ深い溜息を()いて、和宮は「よしっ!」と自分に気合いを入れるように両頬を叩いた。
 そして立ち上がる。
 邦子は先刻、和宮に頼まれた用事をこなす為に、傍を離れた。一人での行動は少々心細いが、仕方がない。
 家茂の看病は、邦子を通じて、母と藤に頼んでおいた。護衛は、生き残った火之番が務めてくれるだろう。
 奥女中の内、火之番という役職は、階級こそ高くないものの、役職名からも分かるように、火の用心を担っている。昨夜と同じく、たすき掛けで薙刀を手に城内を見回る役割柄か、腕が立つものが選ばれていると聞く。
(……兄様たちが使ったのが、元々城内にいた火之番か、外の人間を(もぐ)り込ませたのかはまだ分からないけど……)
 亡くなった火之番の内、新顔がいなかったかどうかは、ほかの火之番に訊いてみることにして、和宮は部屋を出た。
 昨夜の出来事からか、和宮の居所の前にも、火之番が立っている。部屋を出ると、彼女たちは儀礼上か、和宮に一礼した。
「ご苦労様」
 その礼に対するように声を掛けると、彼女たちが伏せた顔の下で、一様(いちよう)に目を(みは)るのが分かる。だが、和宮は構わず続けた。
「少し席を外す。悪いが、わたくしが戻るまで、上様を頼みます」
「……はい」
 気後れしたように一人が言い、一人は戸惑ったような表情で何とか会釈する。和宮も返礼のように会釈し、庭先を見回した。
 そこにも、まるで庭先を埋めるように、火之番が哨戒(しょうかい)している。
「ああ、そこのそなた」
 一番最初に目が合った火之番に話し掛ける。
「えっ……あの、わたくしですか?」
「左様です。名は何という」
「あっ、あの……あの、は、初音(はつね)と申します」
「そうか。では初音。わたくしに付いて参れ」
「えっ……」
 戸惑う彼女――初音に構わず、和宮はきびすを返した。
 今は小袖に、短めの袴を身に着け、裾に脚絆を巻き付けてある。昨日、あんなことがあって、武家の女人の衣装はいざという時動き辛いのが分かったからだ。また衣装一つで揉めたくはないが、しばらくは仕方がない。
 邦子が今日、傍を離れる直前に、都合してもらった弓矢を携え(持っていても、今の右腕で満足に引けるかは分からないが、丸腰よりはマシだ)、向かった先は、遺体を安置してある部屋だ。
 初音は、ややあってから歩き出したらしい。チラリと後ろを見やると、少し離れて付いて来るのが分かる。
 やがて、即席の遺体安置室に近付くと、その前に立っている滝山の姿が見えた。彼女は、何人かの女中を指図し、開いた障子戸から、何かを運び出させている。
「滝山」
 声を掛けると、滝山は顔を上げ、儀礼上は膝を小さく折った。ほかの女中たちも手を止め、一様に和宮に一礼する。
「ここで何をしている。これは?」
「昨晩、死んだ者たちです。遺体を家族の(もと)へは戻せませんので、(ゆかり)の寺へ運ぶところで」
「何ですって?」
 和宮は、眉根を寄せた。
 目線を走らせ、確認する。女中たちが運んでいたものは、確かに棺桶だ。風呂桶に蓋がしてあるような形態のそれである。
「遺体を家族の許へ返せないとは、如何(いか)なることです」
「言葉通りです。宮様(・・)が奥の掟をどの程度ご理解かは存じませんが、奥で不審死した者は、家族の許へは帰れませぬ。ただ、家族には急死とだけ(しら)せ、埋葬などの処理はすべてこちらでいたします」
 滝山は、まだ和宮を将軍正室である『御台所(みだいどころ)』とは認め兼ねるらしい。『御台所』と呼べ呼ぶなの悶着を経て、完全に自身の感情に従うことにしたのか、『宮様』の呼び名には、それが集約されている。
(……ま、別にいいけど)
 その件については、長期戦は覚悟していた。しかし、今目の前の案件は、見逃せない。
「遺体の埋葬は、しばし待ちなさい」
「何と?」
 今度は、滝山が眉根を寄せた。
「宮様。今の季節をお考えに? そもそも、遺体となった者を長く(とど)めておける季節でないことは、宮様にもお分かりのはずかと思いますが」
 今は、八月の半ば〔一八六二年九月の初め頃〕だ。まだ残暑も厳しく、気温は真夏とほぼ変わらない。
 生命活動を止めた遺体は、腐敗の進みも早い。
「それはもちろん、承知している」
 和宮は、言葉を切って、その場にいる女中たちに視線を巡らせる。
「訊くが、この者たちも、火之番だな」
 いきなり話が飛んだように思えたのか、滝山が眉間のしわを深くした。
「……左様ですが」
「では、そなたたちに訊こう。この棺桶に入った仲間の中で、昨晩の出火誤報騒ぎの際、わたくしを迎えに行くと率先して言い出した者がいたと聞いた。顔は分かるか?」
 その場にいる女中たちを見渡して訊ねるが、女中たちは互いの顔を見交わしながら、モジモジとしているだけだ。
 しばしの沈黙ののち、滝山が口を開く。
「さあ、もうよろしいでしょう。そなたたち、(はよ)う棺桶を運び出しなさい」
「待て。まだ答えを聞いていない」
「宮様。残念ですが、皇女サマ(・・・・)のお遊びに付き合うほど、奥は暇な所ではありませぬ」
「黙りなさい」
 和宮が静かに、威圧するように言うと、滝山は息を呑んだように見えた。
「そなたがどう思おうが、わたくしは現・御台所です。もう斯様(かよう)なことは申したくなかったが、皇女だろうが内親王だろうが、御台所であろうが、奥女中の(ちょう)とは言え、そなたよりわたくしのほうが目上。皇女の身分に(へつら)うのが嫌なら構わぬ。だが、御台所であるわたくしにも逆らうのなら、それはそれで考えがあるゆえ、左様心得よ」
 本当はこういう、身分尽くで押さえ付けるようなやり方は、もうしたくはない。遠回りでも、少しずつ信頼を得て行くのが正しいと分かっている。だが、今は時間がないのだ。
 滝山が口を閉じたのを見計らって、和宮はその場にいる火之番へ視線を戻す。
「さあ、早う答えよ。この中に、わたくしを呼びに行くと言った者がいたか?」
 尚も訊ねるが、やはり女中たちは互いの顔を窺っては目を伏せる。
「初音」
 和宮は、連れて来た火之番の一人を振り返った。
「は、はい」
「そなたは分かるか」
「あ、いえ、その……わたくしは遺体を確認する()がなく、誰が亡くなったのかも存じません」
「そうか」
 小さく頷き、もう一度遺体安置室にいた者たちに向き直る。その時、一人の女中と目が合った。
「そなた、名は?」
「え、あの……」
 自分? と言うように彼女は自分を指さした。和宮は小さく頷く。
「あ、の……朝陽(あさひ)と申します」
「そうか。では朝陽。そなた、先にわたくしが訊ねたことについて答えられるか?」
 朝陽と名乗った女は、唇を小さく戦慄(わなな)かせ、チラッと滝山を見た。和宮も素早く滝山に目をやると、滝山は険しい表情で小さく首を振る。
「左様か。滝山の意思で(・・・・・・)答えられぬのか」
「いえ、あのっ……」
「なれば、ほかの者も同様か」
 睥睨(へいげい)すると、皆和宮と目を合わせぬよう、深々と頭を下げてしまう。
「では、そなたに訊ねよう。滝山」
「……残念ながら、わたくしはその場におりませんでしたゆえ」
「それは分かっている。そなたに訊ねたいのは、別のことです」
「別のこと?」
「うん。ここ最近で、火之番として雇った者、もしくは火之番に昇格した者がおらぬか?」
「……お聞きになってどうされるおつもりです」
「もちろん、此度(こたび)の件の解決だ」
「此度の件の解決ですと?」
「そうだ。そなたにも分かっているであろう。此度、この者たちを殺害したのが、外部から侵入した曲者だと」
 滝山は、顔色を変えずに、和宮を見つめた。
「ゆえに、改めて訊く。ここ最近……そうね。この一月(ひとつき)ほどで、新しく入った者か、火之番に昇格させた者はいる?」
「……お答えする義務はありませぬ」
「なるほど。されば、そなたにも牢に入ってもらうことになるが」
「今、何と(おお)せに?」
「牢へ入ってもらうと申した」
何故(なにゆえ)です」
「答える義務がない、つまりわたくしの下問に答える気がないのでしょう? 言い換えれば答えられぬ、すなわちそなたが此度の騒動に荷担した、揺るぎない証拠だ」
「宮様! いくら皇妹殿下とて、お言葉が過ぎます!」
「言葉が過ぎる?」
 クス、と和宮は嘲るような笑いを漏らした。
「左様です。昨晩(さくばん)の騒動、わたくしには何ら関わりなきこと。わたくしは、昨晩の騒動に於いては潔白にございます」
「であれば、知っていることがあれば申したほうが身の為と思うぞ。それでなくとも、そなたには前科(・・)がある。何のことかはそなた自身がよく分かっているだろうから、敢えてここでは言わぬが」
「……宮様」
「分かった。ではこれから天璋院様にご挨拶に参ろう。そなたも供をしなさい」
「はい?」
 またも話題が飛んだように思ったのだろう。滝山は、更に『不可解』と言いたげな顔をした。
 だが、滝山にはそれ以上構わず、和宮はその場にいる火之番に目を向けた。
「これらの棺桶は、しばしここへ(とど)め置くように。無論、腐敗の問題もあるゆえ、そう長いこと保管できぬことは分かっています。ですが、此度の件を解決するには、ある時期までは彼女たち(・・・・)が必要です。そなたたちに少しでも仲間の殉職を(いた)む気持ちがあれば、わたくし自身に従うのが嫌でも、わたくしを御台所と認めておらずとも、此度だけは(したご)うてくれると信じています」
 その場がシンと静まり返る。
 和宮は、火之番たちの反応を待つことなく、滝山に向き直った。
「では、滝山。参るぞ」
「……はあ」
 気が抜けたような返事と共に、滝山が小さく膝を折るのを確認し、和宮は滝山に背を向けた。

©️神蔵 眞吹2024.
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

【和宮親子内親王《かずのみや ちかこ ないしんのう》(登場時、7歳)】


生年月日/弘化3年閏5月10日(1846年7月3日)

性別/女

血液型/AB

身長/143センチ 体重/34キロ(将来的に身長/155センチ 体重/45キロ)


この物語の主人公。


丙午生まれの女児は夫を食い殺すと言う言い伝えの為、2歳の時に年替えの儀を行い、弘化2年12月21日(1846年1月19日)生まれとなる。

実年齢5歳の時、有栖川宮熾仁親王と婚約するが、幕閣と朝廷の思惑により、別れることになる。

納得できず、一度は熾仁と駆け落ちしようとするが……。

【徳川 家茂《とくがわ いえもち》(登場時、15歳)】

□幼名:菊千代《きくちよ》→慶福《よしとみ》


生年月日/弘化3年閏5月24日(1846年7月17日)

性別/男

血液型/A

身長/150センチ 体重/40キロ(将来的には、身長/160センチ、体重/48キロ)


この物語のもう一人の主人公で、和宮の夫。


3歳で紀州藩主の座に就き、5歳で元服。

7歳の頃、乳母・浪江《なみえ》が檀家として縁のある善光寺の住職・広海上人の次女・柊和《ひな》(12)と知り合い、親しくなっていく。

12歳の時に、井伊 直弼《いい なおすけ》の大老就任により、十四代将軍に決まり、就任。この年、倫宮《みちのみや》則子《のりこ》女王(8)との縁談が持ち上がっていたが、解消。


13歳の時には柊和(18)も奥入りするが、翌年には和宮との縁談が持ち上がり、幕閣と大奥の上層部に邪魔と断じられた柊和(19)を失う。

その元凶と、一度は和宮に恨みを抱くが……。

【有栖川宮熾仁親王《ありすがわのみや たるひと しんのう》(登場時、18歳)】


生年月日/天保6年2月19日(1835年3月17日)

性別/男


5歳の和宮と、16歳の時に婚約。

和宮の亡き父の猶子となっている為、戸籍上は兄妹でもあるという不思議な関係。

和宮のことは、異性ではなく可愛い妹程度にしか思っていなかったが、公武合体策により和宮と別れる羽目になる。

本人としては、この時初めて彼女への愛を自覚したと思っているが……。

【土御門 邦子《つちみかど くにこ》(登場時、11歳)】


生年月日/天保13(1842)年10月12日

性別/女


和宮の侍女兼護衛。

陰陽師の家系である土御門家に生まれ、戦巫女として教育を受けた。

女だてらに武芸十八般どんと来い。

【天璋院《てんしょういん》/敬子《すみこ》(登場時、25歳)】

□名前の変転:一《かつ》→市《いち》→篤《あつ》→敬子


生年月日/天保6年12月19日(1836年2月5日)

性別/女


先代将軍・家定《いえさだ》の正室で、先代御台所《みだいどころ》。

戸籍上の、家茂の母。


17歳で、従兄である薩摩藩主・島津 斉彬《しまづ なりあきら》(44)の養女となる。この時、本姓と諱《いみな》は源 篤子《みなもとのあつこ》となる。

20歳の時、時の右大臣・近衛 忠煕《このえ ただひろ》の養女となり、名を藤原 敬子《ふじわらの すみこ》と改める。この年の11月、第13代将軍・家定の正室になるが、二年後、夫(享年34)に先立たれ、落飾して、天璋院を名乗っている。

生まれ育った環境による価値観の違いから、初対面時には和宮と対立するが……。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み