第1話 カリ・ユガを生きる

文字数 3,601文字

 魂が、生まれる場所を間違えた。
 私の迷走は、この気付きから始まる。

 大学1年生の夏休みに旅行をして以来、インドにぞっこんである。女性たちの着るサリーの色彩の鮮やかさ、香辛料の匂い、人々の大らかさ、神話の壮大さ。大学生活中は「長期休暇をいかにインドで過ごすか」、「どうやって旅費を捻出するか」についての考えが、脳の97パーセントを占めていた。残りの3パーセントで勉強と生活をやっていた訳だから、何事においても失敗ばかりである。

 当然、大学でも浮いていた。

 困ったことに、外国語大学での専攻は、インドの言葉ではない。イタリア語だ。
 クラスメイトたちは「ヴェネツィアのゴンドラが」とか「フィレンツェのドォーモが」とか、イタリアの話に花を咲かせる。私だけが教室の隅で縮こまり、インドでタージマハールを見学する計画を脳内シミュレーションする。
 リアルの話し相手がいないので、インターネット弁慶に。インドに対する愛を発表するウエブサイトを立ち上げた。夜な夜な更新して、一人で悦に入る日々。

 サイトを見たテレビ関係者が、コンタクトを取ってきた。
「インドが好きな女性として、ぜひともテレビ出演していただきたいのですが」
 目立つ行動が苦手な私だが、インド趣味を評価してくれる人が現れて嬉しい。役に立つなら協力したい。
「具体的に教えてください。どういった内容でしょうか?」
「なんでもインドでは、薔薇(ばら)風呂というものが存在するそうですね。ご自宅で薔薇の花弁(はなびら)を浮かべた風呂に入るシーンを撮影させていただきたいです」
「あのー、それは無理です。お断りします」
「水着でも構わないですが」
「いや、水着かどうかの問題ではなくってですねえ」
「じゃあ、何が問題なんですか?」
 問題があり過ぎて、どこから突っ込めばいいのやら。
 薔薇の湯で優雅に入浴だなんて、貴族や宮廷人の(たわむれ)れである。私のアパートの狭い風呂で実施するとは言語道断、〈勘違いジャパニーズ〉もいいところ、である。

 違う。インドについて発信したい情報は、そういったフェイクではない。
 もっと、なんというか、こう、深遠な叡智(えいち)である。

 そう、インドの真の魅力を伝える――これこそ、うっかり日本に生まれ落ちて孤独を抱える羽目になった私の使命だ。現在、執筆に使っているコンピュータのデイスプレイの(へり)にも、インドの文字で〈स्व धर्म​(スワ・ダルマ)、使命〉と書いた付箋紙(ふせんし)を貼り付けてある。

 学生時代の話に戻りたい。

 大学では選択講義として、あまり実用的とはいえない、日本人にとってはマニアックな言語を学ぶ機会が提供されていた。求めれば、古代ギリシャ語もラテン語もアッカド語もエスペラント語も勉強できる。外国語マニアには恵まれた環境だ。

 2年生の時に、サンスクリットを学び始める。

 サンスクリットは、インドにおける11の公用語の1つである。実用会話で使用する人は非常に少ないが、インド思想において重要な役割を担っている。

 ヒンドゥ神話において、「サンスクリットは神々によって人間に与えられたギフト」と認識されている。
 人間界の言葉では、神々の壮大かつ精妙な思想は伝え切れない。かといって、神々の言葉は人間の知能には高度過ぎる。そこで、神々の言葉に極めて近く、人間にも理解できる言葉が授けられた。
 神々とのコンタクト――祈りや交信――に、サンスクリットが用いられる。聖典がサンスクリットで書かれるのは、そのためである。
 音も重要だ。マントラは、サンスクリットの正確な音で唱えなければ、効果が半減する。

 サンスクリットを学べる稀有(けう)な機会にも拘わらず、受講する生徒は私を含めてたった2人。私以外の1人は、ビルマ語を専攻する男子だった。
 ビルマ(現在のミヤンマー)とインドは、地理的にも文化的にも近い。ビルマ語の学生は、きっとサンスクリットの理解が早いだろう。私はというと、イタリア語の学びの中で「マンジャーレ、カンターレ、アモーレ(食べて、歌って、恋をして)」の世界に浸かる毎日である。足手纏(あしでまと)いにならなければ良いが。

 心配は無用だった。

 サンスクリットとイタリア語――両方を学び比べてわかったが、2つの言語はとても近い。特に、文法体系が似ている。〈インド・ヨーロッパ語族〉といって、同じ言語系統に属する言語である。

 調べてみると、2つの言語のルーツは共通しており、現在のイランあたりにあるらしい。一つの流れがインドに、もう一つの流れがヨーロッパに広がった。異なる人種に、同系統の言語は流布していったのである。

 イタリア語の予備知識のお陰で、サンスクリットの文法的理解がスムーズに進んだ。

 インドの聖典で神々の言葉を読み解く楽しみに、魂が震える。特に、クリシュナ神と人間の王子の対話形式で展開される聖典『バガヴァッドギーター』を読める幸せといったら! 
 胸が熱くなる。
 出来の悪い私の魂は、成長の必要から何度も輪廻転生を繰り返してきただろう。そのうち少なくとも1回は、インド人だったに違いない。

 大学を卒業し、大学院を修了しても、まだサンスクリットの勉強を続けたかった。
 インドに留学する選択はどうだろう? インターネットで調べたところ、留学までの手続きが面倒そうだった。当時の留学ヴィザ取得の条件として、事前に留学先の大学に入学許可を得る必要があった。少なくても一度はインドに渡って、許可を取り付けなければならない。そもそもコネのない私に可能かどうかも不明である。
 更に調べた結果、インドではなくネパールの大学なら、現地に渡らずに入学許可がもらえるようだと知った。王立大学(当時のネパールは、まだ王政だった!)で、外国人向けのサンスクリットの1年コースが設けられている。

 ネパールは、インドと地続きの国である。文化的にも共通点が多いようだ。公用語であるネパール語には、サンスクリットやインドのヒンディ語と同じ、デーヴァナーガリー文字が使われる。

 インドに(こだわ)らなくても、ネパールで構わない。サンスクリットが勉強できさえすればいいのだから。

 ネパールについての予備知識の少ない私だが、まあ、何とかなるだろう、と。根拠のない持前(もちまえ)の楽観的思考で、ネパール留学への決意を固めた。

 大学院を修了後に、インターネットのサービス・プロバイダのコールセンターでアルバイトをして、留学資金を貯めた。

 出発の日が近づくにつれ、期待と不安が増す。
 
 サンスクリットを求めて世界中から集まるクラスメイトたちの顔触れを想像する。同じ趣向の人たちと仲間になれたら、これほど嬉しいことはない。熱く語り合いたいものだ。孤独だった日々が終わるかもしれない。

 反面、心配でもあった。上手くやっていけるだろうか? マイペースな性分の私は、集団行動が苦手である。家庭でも学校でも孤立しており、集団生活における成功体験がない。

 インドの格言が、私の背中を押してくれる。

 संघे शक्ति कलौ युगे(サンゲー・シャクティ・カラウ・ユゲー)
 「カリ・ユガにおいては、集団こそが力である」

〈カリ〉は〈紛争〉、〈ユガ〉は〈時代〉を意味する。
 インド思想によれば――日本に四季があるように、世界は四つのユガを繰り返す。
 それぞれのユガの長さは、下記のとおりだ。

  サティア・ユガ  (真実の時代)  172万8千年
  トレーター・ユガ  (銀の時代)  129万6千年
  ドヴァーパラ・ユガ (銅の時代)   86万4千年
  カリ・ユガ  (紛争の時代)   43万2千年

 長さの比率は、4対3対2対1である。



 私たちの生きる現代がどのユガに含まれるかは、定義が分かれるところだ。一般的には、カリ・ユガの後期と解釈される。

 サティア・ユガからカリ・ユガに移行する過程で、世界で悪が優勢になる。精神より物質が優位を占め、神と人間の距離は遠くなっていく。私たちが物欲に駆られ、精神性を(ないがし)ろにしがちな傾向にあるとすれば、個人の所為(せい)だけではない。時代の影響だ。

 ただし、カリ・ユガには、優れた点もある。苦しみが多い分、魂が磨かれやすい。ゲームでいうところのHARD MODEだ。解脱を目指す「人生」という名のゲームにおいて、大きくレベル・アップできるチャンスがある。

 具体的には、どうすれば? 世界に悪が蔓延(はびこ)るカリ・ユガである。精神的に劣悪な環境では、サティア・ユガのように、じっと座って瞑想に(ふけ)っても、修行の成就は困難だ。

 そこで、先ほどの格言が意味を成す。

 「カリ・ユガにおいては、集団こそが力である」

 集団の中に身を置き、切磋琢磨する姿勢こそ、カリ・ユガにおける正攻法だ。
 
 心の成長のためにも、きっと留学は、歩むべき正しい道だと信じる。仲間を得れば、新天地が見えてくる――コールセンターで電話を受けながら、そんな予感に胸を焦がした。
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登場人物紹介

リカルド

クラスメイト

メキシコ人

40代半ば(当時)

神話やインドの文学に興味があり、『ラーマーヤナ』(インドの代表的な文学作品。ラーマ王子の英雄譚)を原文で読みたい

きっちりした性格

ダニエル

クラスメイト

イスラエル人

30代半ば(当時)

アメリカでカメラマンをしていた際、ヨーガを学び始める。精神世界・瞑想に興味ありいずれはサンスクリットでヨーガ・スートラ(ヨーガの経典)を読みたい

大の甘党。ディスコでの夜遊びがやめられない

篠田さん

クラスメイト

日本人

65歳(当時)

ヨーガ、瞑想の(自称)エキスパート。日本の某私立大学の英語講師を25年に亘り勤め上げた。サンスクリットを学んで教本を出版したい

本人曰く、動物をも感動させる歌声を有し、森で鹿を泣かせたことがあるらしい

ディーパ

教師

ネパール人

25歳(当時)

幼少の頃から英才教育を受け、サンスクリットをマスターした才女

3児の母でもある

宏美(私)

日本人

27代半ば(当時)

大学1年生の時にインド旅行で衝撃を受け、インドの虜に

基本的にボーっとしてる

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