第14話
文字数 2,040文字
「あなたがたかひろさんですか?」
たかひろがカフェにたどり着くと、大野はすでに一番奥の席のソファにどっかりと腰を下ろしていた。
たかひろは黙って、大野の向かい側のチェアーに腰掛けた。
「時間ないんで単刀直入に聞きますけど、なんすか、あの写真?
堀木さんとあなたはどういう関係なんですか?」
「なにって、たかひろさんが写真で見た通りですが・・・。
ぼくは堀木さんの恋人です。
どういうつもりですか?堀木さんを捨てて結婚したくせに、今さら恋人ヅラして彼を惑わすなんて。
はっきり言って目障りです」
大野は、たかひろの左手の薬指から光を放っている結婚指輪をチラチラ横目に眺めながら言った。
「はぁ!?僕が堀木さんを捨てただって?あの人そんなこと言ったんですか!」
「いいえ、でもぼくが見る限りではそうとしか思えません。
あなたは彼を都合のいい人扱いして利用してるだけじゃないですか。
あなたみたいに汚い人間に、おれの堀木さんを近づけたくないんですよ。
なのに、のこのこ日本に帰国してくるなんて・・・」
大野は忌々しげな表情を浮かべながらコーヒーを啜った。
たかひろは俯いて、爪をガリガリ噛み始めた 。
おいらが堀木さんを捨てただって?そんな筈はない。
遠く離れていても、いつでも堀木さんを想っていたし、彼にも結婚したからって捨てるわけじゃないって話したはずなのに。
ましてや都合のいい人扱いだなんて、この男はおいらと堀木さんの何を見てそう言ってるんだ。
大野は、たかひろの余裕のない表情を見て優越感に浸りながら、うっすらと笑みを浮かべて腕を組んだ。
「ぼくは、あの写真を見れば、あなたが堀木さんを諦めると思っていたんですよね。
だから日本まで来るのは想定外でした。
どうしてそこまで堀木さんに執着するんですか?
結婚した奥さんがいれば十分じゃないですか」
「あなたに僕らの何がわかるというんですか・・・。
この15年間、誰よりも堀木さんを大切に思ってきたのはこの僕ですよ。
堀木さんもきっとそう思ってるはずです。
あなたがいつ、どこで堀木さんと知り合ったか知りませんが、あなたより僕の方がずっと堀木さんのことを知っています。
どこの馬の骨かわからない人間に彼を任せるのが心配だからここに来たんです」
「へえ、結婚前の娘を持つお父さんみたいなこと言うんですね。
わかりますよ・・・、堀木さんは純粋で魅力的な人ですからね・・・。
あの人はまるで睡蓮のようだ・・・。
あなたにとってぼくは、大切な人を奪おうとしている憎らしい人間に見えるかもしれません。
でも、堀木さんの方からぼくのことを好きだと言ってくれたから、全て合意の上でしたことです」
「堀木さんがあなたのことを好きだって!?本当にそう言ったんですか?嘘つくのやめてもらっていいすか」
たかひろは身を乗り出して大野を睨みつけた。
信じたくない。堀木さんが他の誰かを愛するだなんて。
この男のでまかせであってほしい・・・。
「嘘だと思いますか?あなたがそう思うなら、本人をここに呼んで聞いてみてもいいですよ?」
大野は完全に勝ち誇った気持ちだった。
堀木さんはおれのものだ。
長年一緒にいたからって、もう終わった関係を引きずり続けるような女々しい男におれの堀木さんをおとなしく渡すわけにはいかないのだ。
悔しそうに厚い唇をぶるぶると震わせているたかひろの姿が滑稽に思えた。
たかひろは震える手でスマートフォンを手に取ると、堀木に電話をかけてカフェへと呼び出した。
堀木は30分後にそちらへ向かう、と答えて電話を切った。
すっかり勝利を確信した大野は、堀木との出会い、彼に対する想いを語り始めた。
「堀木さんと僕が知り合ったのは、モネの展示会場で『睡蓮』を見てた時なんですが、あの人ほど睡蓮が似合う人もなかなかいませんね。
純粋で、愛らしくて・・・あなたやぼくには勿体ないぐらいの人です」
「はあ、そうですか・・・。あの人、絵画なんかに興味あったんですね・・・。」
「知らなかったんですか?彼はモネの『睡蓮』が一番好きな作品だし、僕が描いた作品も熱心に見てくれますよ」
「そうなんですか・・・」
たかひろが知っている堀木は、仕事以外の趣味を全く持たない人だった。
夜寝る前に読む本も仕事に関する専門書か、経済新聞ばかりだった。
たかひろ自身もスマホゲーム以外の趣味らしい趣味を持たず、がむしゃらに仕事のために生きてきたので、常に仕事熱心で、知的好奇心が旺盛な堀木を尊敬していた。
彼らは先輩・後輩、友人、恋人、そして時にはビジネスパートナーとして、15年間の時を共に過ごしてきたのだった。
たかひろは大野の話を聞いて、自分の知らなかった堀木の意外な一面を知り、衝撃を受けた。
そしてその趣味は、この男に影響を受けたのだろうと悟った。
彼は好奇心旺盛で凝り性な人だ、さぞかし芸術の話で盛り上がったことだろう。
たかひろは一人、置いてけぼりを食ったような淋しさを覚えた。
黙ってコーヒーをすすると、香ばしい香りとほろ苦い味わいが口内へじんわりと広がっていった。
たかひろがカフェにたどり着くと、大野はすでに一番奥の席のソファにどっかりと腰を下ろしていた。
たかひろは黙って、大野の向かい側のチェアーに腰掛けた。
「時間ないんで単刀直入に聞きますけど、なんすか、あの写真?
堀木さんとあなたはどういう関係なんですか?」
「なにって、たかひろさんが写真で見た通りですが・・・。
ぼくは堀木さんの恋人です。
どういうつもりですか?堀木さんを捨てて結婚したくせに、今さら恋人ヅラして彼を惑わすなんて。
はっきり言って目障りです」
大野は、たかひろの左手の薬指から光を放っている結婚指輪をチラチラ横目に眺めながら言った。
「はぁ!?僕が堀木さんを捨てただって?あの人そんなこと言ったんですか!」
「いいえ、でもぼくが見る限りではそうとしか思えません。
あなたは彼を都合のいい人扱いして利用してるだけじゃないですか。
あなたみたいに汚い人間に、おれの堀木さんを近づけたくないんですよ。
なのに、のこのこ日本に帰国してくるなんて・・・」
大野は忌々しげな表情を浮かべながらコーヒーを啜った。
たかひろは俯いて、爪をガリガリ噛み始めた 。
おいらが堀木さんを捨てただって?そんな筈はない。
遠く離れていても、いつでも堀木さんを想っていたし、彼にも結婚したからって捨てるわけじゃないって話したはずなのに。
ましてや都合のいい人扱いだなんて、この男はおいらと堀木さんの何を見てそう言ってるんだ。
大野は、たかひろの余裕のない表情を見て優越感に浸りながら、うっすらと笑みを浮かべて腕を組んだ。
「ぼくは、あの写真を見れば、あなたが堀木さんを諦めると思っていたんですよね。
だから日本まで来るのは想定外でした。
どうしてそこまで堀木さんに執着するんですか?
結婚した奥さんがいれば十分じゃないですか」
「あなたに僕らの何がわかるというんですか・・・。
この15年間、誰よりも堀木さんを大切に思ってきたのはこの僕ですよ。
堀木さんもきっとそう思ってるはずです。
あなたがいつ、どこで堀木さんと知り合ったか知りませんが、あなたより僕の方がずっと堀木さんのことを知っています。
どこの馬の骨かわからない人間に彼を任せるのが心配だからここに来たんです」
「へえ、結婚前の娘を持つお父さんみたいなこと言うんですね。
わかりますよ・・・、堀木さんは純粋で魅力的な人ですからね・・・。
あの人はまるで睡蓮のようだ・・・。
あなたにとってぼくは、大切な人を奪おうとしている憎らしい人間に見えるかもしれません。
でも、堀木さんの方からぼくのことを好きだと言ってくれたから、全て合意の上でしたことです」
「堀木さんがあなたのことを好きだって!?本当にそう言ったんですか?嘘つくのやめてもらっていいすか」
たかひろは身を乗り出して大野を睨みつけた。
信じたくない。堀木さんが他の誰かを愛するだなんて。
この男のでまかせであってほしい・・・。
「嘘だと思いますか?あなたがそう思うなら、本人をここに呼んで聞いてみてもいいですよ?」
大野は完全に勝ち誇った気持ちだった。
堀木さんはおれのものだ。
長年一緒にいたからって、もう終わった関係を引きずり続けるような女々しい男におれの堀木さんをおとなしく渡すわけにはいかないのだ。
悔しそうに厚い唇をぶるぶると震わせているたかひろの姿が滑稽に思えた。
たかひろは震える手でスマートフォンを手に取ると、堀木に電話をかけてカフェへと呼び出した。
堀木は30分後にそちらへ向かう、と答えて電話を切った。
すっかり勝利を確信した大野は、堀木との出会い、彼に対する想いを語り始めた。
「堀木さんと僕が知り合ったのは、モネの展示会場で『睡蓮』を見てた時なんですが、あの人ほど睡蓮が似合う人もなかなかいませんね。
純粋で、愛らしくて・・・あなたやぼくには勿体ないぐらいの人です」
「はあ、そうですか・・・。あの人、絵画なんかに興味あったんですね・・・。」
「知らなかったんですか?彼はモネの『睡蓮』が一番好きな作品だし、僕が描いた作品も熱心に見てくれますよ」
「そうなんですか・・・」
たかひろが知っている堀木は、仕事以外の趣味を全く持たない人だった。
夜寝る前に読む本も仕事に関する専門書か、経済新聞ばかりだった。
たかひろ自身もスマホゲーム以外の趣味らしい趣味を持たず、がむしゃらに仕事のために生きてきたので、常に仕事熱心で、知的好奇心が旺盛な堀木を尊敬していた。
彼らは先輩・後輩、友人、恋人、そして時にはビジネスパートナーとして、15年間の時を共に過ごしてきたのだった。
たかひろは大野の話を聞いて、自分の知らなかった堀木の意外な一面を知り、衝撃を受けた。
そしてその趣味は、この男に影響を受けたのだろうと悟った。
彼は好奇心旺盛で凝り性な人だ、さぞかし芸術の話で盛り上がったことだろう。
たかひろは一人、置いてけぼりを食ったような淋しさを覚えた。
黙ってコーヒーをすすると、香ばしい香りとほろ苦い味わいが口内へじんわりと広がっていった。