2.あの日の虹

文字数 1,076文字

 素晴らしい虹だ。

 村を覆うように浮かぶ見事なアーチ。

 ぼくは思った。この虹には見覚えがある。そう、

も空には見事な虹が架かっていた。この虹はすべての祝福だ。

「どんなもんだ?」

 得意げに言うバジリオの声が聞こえる。ぼくが顔を上げると、屋根から顔を覗かせたバジリオの、その薄い金色の瞳がぼくをしっかりと捕えて意味ありげに揺れ動く。

 褒めてほしいんだろう? わかっているよ。

 にやりと笑い無言を貫くぼく。バジリオはぼくを見下ろしながら少し困ったような顔で屋根から降りてきた。この異界人はすっかりとこの村に馴染み、村人より少し大きいその体格も、褐色の肌も、銀色の髪も、そしてこの金色の瞳も今ではまるで違和感がない。

「ようやくお目覚めか?」

 そう言いながらバジリオは有無を言わさずぼくを抱き上げる。小さなぼくはいつでもバジリオの腕の中にすっぽりと納まってしまい、困ったことに今でも子供扱いだ。けれどもぼくは、安定感のあるバジリオのこの場所が密かに好きだった。

 もちろん言葉には、しないけどね。

「おまえが寝てると俺がつまんないんだよ」

 拗ねたように言うバジリオの言葉にぼくは無言の苦笑を返し、そのまま広場に視線を投げかけた。

 村の人たちは粗方外に集まったようだ。ミクを祝福する温かな視線。目の前の馬車には未来の伴侶。やれやれ、マリーさんだけは号泣だ。でも、マリーさんが泣くのは仕方のないことなんだ。だって、彼女は

でさえ大泣きしたのだから、ミクがこの村を離れるこの日に泣かないはずがない。

「幸せになれよ、ミク」

 バズが声をかけている。

「当たり前じゃない」

 笑って言いながらミクは馬車に乗り込んでいく。穏やかな一日だった。それなのにどうして、あんな夢を見たのだろう。

「なんだ、どうしたんだ?」

 バジリオがぼくを見下ろし怪訝な顔をした。この男はそういうところが敏感で困る時がある。ぼくは気持ちを隠すように首を振った。

 なんでもない。

 ぼくはただ、古い夢を見た。古い、古い過去の夢だ。そう、現在(いま)につながる古い夢。

のぼくが最初に見た夢。村人に祝福され旅立つミクを見つめながら、ぼくはその古い記憶を抽斗からそっと外に出す。

 ルシアン、アラスター、ドゥニーズ……それに、レン様。懐かしい異界の人々の姿を思い浮かべながら、ぼくはバジリオの魔力が作り出した虹を静かに見上げた。

 遠い日の記憶が甘い花の香りとともにぼくを包んで、怒涛の勢いで過ぎ去ったあの流麗な過去を歌い始める。ぼくはゆっくりと目を閉じて、バジリオの胸にこの身を委ねることにした。
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登場人物紹介

バジリオ:

 異界からやってきた竜の化身。雨降らしの魔力を持つ。手先が器用。

 村に20年に亘って留まり、そして去っていった。

ミク:

 マリーの養女。バジリオにリュートを教えた。

マリー:

 宿屋の女将。

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