車輪
文字数 742文字
某電鉄の電車が車庫の前を通り過ぎる時に、車窓から眺めていて、
「あれ、あんなところで紙くずを燃やしている」
と私が思ったのは事実である。
もう何年も昔のことで、かつ全てが一瞬の出来事、一瞬の目撃だったのだから、もしも間違っていたらご勘弁いただきたいが、線路わきの地面に直径1メートル、深さ数十センチの穴が堀ってあり、その中で炎がおどっていたのである。
燃えているのは紙くずであった。どこの家でも事業所でも普通に発生しそうな本物の紙くず。
「ごみを燃やしているのだろうか?」
ただ奇妙なのは、ごみを燃やすその穴の真上に、三脚式のホイストが設置してあることで…
「あのホイストでいったい何を持ち上げるのだろう?」
と謎は謎を呼ぶのでした。
自動車と同じように、鉄道車両の車輪もタイヤとホイールに分かれていることは、よくご存知であろう。
もちろん鉄道の場合は両者とも鉄製だが、タイヤの内径がホイル外径よりもほんの少し小さく作ってあり、この二者を接合するには、エイヤとばかり押し込んであるというのは半分嘘で、実は「焼きばめ」といって、最初にタイヤを熱で温め、膨張させて大きくなったところでホイールにはめるのだそうな。
そういう予備知識は私も持っていたのである。
こうなれば私の頭の中で、2+2が4になるのに時間は要しなかった。
えっ? 燃えるごみの真上のホイストと鉄道会社にどう関係あるのか、ですって?
いえね…、
鉄道会社の車庫で、電車のタイヤをホイールに焼きばめするとします。
そのためにはまず、タイヤを熱する必要があります。おそらく熱源は何でもよいでありましょう。たとえそれが、紙くずの燃える炎であったとしても。
だから私が目撃した光景は、本当に焼きばめの準備中だったのかもしれません。