十九、

文字数 636文字

十九、
 道すがら、普段より一層二人は静かだった。元より騒がしさのない間柄であったが、今日のそれは平静というより沈痛な重苦しさからくるものだった。そうして黙って行く先は、どちらが先に足を向けたか定かでないがやはり例の女神の塔であった。
 色の変わりゆく空を二人で並んで眺めた。暮れ行く夕日で頬を赤く染めていた。日がすっかり沈んで星が瞬いても二人はそこに居た。冷ややかな風が肌を撫ぜれば、寄り添って温め合った。いつか二人を結んだこの塔で、私たちは手を握り合って二人の離別を憂いていた。
 弟がふと何事か呟いた。風の音にかき消されて内容は聞き取れなかったが、どうしてか私の心にはその言葉が届いた。それはたった一つの思いに他ならなかった。その確信のある私は弟の耳元へ、きっとそれに対する返事として妥当であろう言葉を囁いた。弟は私の返事に満足そうな顔をした。そうして、同様に微笑む私の肩を抱いてもう一度その言葉を囁いた。「好きだ」、と。
 私たちは改めて思い知った。半身ともいえるその片割れへ抱いたその思いは、例え父を悲しませるとしても捨てきれないものであった。いや、簡単に捨てられるものなら元よりとうに捨てていた。それをせず女神という抽象的なものに願いを掛けて互いを求めたのは、そうすることも厭えぬ程に自分らの中のそれが強く美しいものであることを知っていたからだった。
 二人はもはや何者にも壊せぬ程に強力に結び付いたその愛の楔を、もう一度確かめるように優しく柔らかに身を寄せ合っていた。
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