第3話(後編)
文字数 3,453文字
うんともすんとも言わなくなった偉丈夫が、怪生物から預けられた腕輪にさらなる仕上げを施していた。
痛覚は倍増しで、ただ痛いだけの、痛め技のフルコース(打撃と関節のコース別)を見舞われた後、『この程度で
では、
怪生物である。
口腔から潜り込んだ途端、身体が
魂は現在、幻術の檻ごと、客間の中央に吊るされているカンテラの中に封印されている。正直、こんな用途は想定外だ。
しかし、文句も付けづらい。
魂を、肉体を殺さずに切り離し、幻術の檻に閉じ込めた上で、カンテラの内部に封印する。
どんな能力や技術が在れば可能になるのか、想像すら
「……何だ?」
別人のような、
「――え? あ、いや……その、器用だな、と。他人の身体だろう?」
「こっちの方が向いてるんだ。
興味が宝石に向いていると解られている。食材よりも宝石の方がお詫びに適していたかと、聞かれてしまった。
換金以外にも用途が在るが、食わなければ生きていけないのは魔族も同じだ。
「……これほどの上物は滅多に見ない、というのもあるけど……」
宝石そのものよりも、宝飾に仕上げていく魔力の使い方に強く興味が有るから、張り付いて眺めている。
魔力は魔族にとって呼吸同然に扱えるもの。獣の爪や牙であり、植物なら花や葉に当たるものだ。……宝石が嫌いだとは言わないけれど。
「やらんぞ。お触り代はタダだがな――と。良し! 出来上がりだ。悪いが、取ってくれ」
テーブルに置かれた二粒の
「――あ」
触れた途端に、紅玉に燃え盛る炎のような揺らめきが生まれてしまう。
力が宿った証だ。無意識だっただけに、大いに慌ててしまった。
「ええと、これは――!」
「大したものじゃないか! 力を持て余しているようには見えなかったが……将来、有望だな」
普通に感心する口調だった。しかし、父親……いや、師というものを持つとしたら、こんな人物が適当ではないのかと想像してしまった。
「その――、……そうなんですか?」
思わず、敬語で尋ね返していた。
「力に振り回される程度の玉では、触れる物に力は宿せない。……まあ、俺が自作した石だ、ってこともあるかな。どうしても、天然物よりは力を籠めやすくなるんだが……しかし、見事だよ」
差し出された手に、紅玉を渡す。
「ま、物の
「……は、はあ……」
そして、蒼玉も同じだった。触れた途端に、美しく揺らめく光が宿る。
こちらは、深く鮮やかな青のせいだろう、逆巻く波頭という印象があった。
手渡された蒼玉を嵌め込んで、鋼玉が輝く、鋼の腕輪が完成だ。
組み合わせて一つにもできる、対の腕輪。
一つにすると、二粒の鋼玉は丁度、互いの影を重ねる位置に来る。
「――よし」
出来栄えに満足したように偉丈夫は笑い。
頭痛に悩まされていたように渋い表情を、火も
「――――!」
咳き込んだ途端、偉丈夫の顔が虚ろになり、口腔を押し開けて、怪生物が出て来る。
宙を歩いて、カンテラから魂を取り出すと。
異界にはサッカーなる球技が在るそうだが、そのシュート? よりも見事に、かつ、乱暴に、本来の魂を本来の肉体に蹴り込んだ。
「…………!!」
一時的とはいえ、呼吸が止まっていたからだけとは思えなかった
「悪かったよ、俺が」
と、しょげた。
その頭に腕輪を乗せると。
『持ち主探しの手は抜くなよ? 面倒臭ーから、と言って家主殿に投げる真似をしたら――処刑だ』
「……解ってますよ!」
ふてた顔でそっぽを向く様は、まさに子供じみていた。
先程までの、得体の知れない、腹に来るような貫禄は
「なあ」
『探せば解かるものを教えるつもりは無い。何より、俺様はバカンスの貴様ほど暇ではなくてな! ……家主殿、うちの無駄飯食いが世話になる。それと、親子共々貴殿を騒がせた詫びだ』
ひんやりとした感触に、湧き出すような白い
「――これ、まさか?!」
受け取れない、と顔を上げた時にはいなくなっていた。
「
素っ気無い声だったが、偉丈夫が父親を援護してくる。
「しかし、純エーテル
「……へえ。見込んだもんだな、親父の奴。初見で解かるなら、尚の事貰っておけ。役に立たないことは無いはずだ」
エーテル。神が万物を創生する時に使ったといわれる光る靄。
現実には、高純度・高精度ゆえに物体という形質を維持できない、超エネルギーの
万能と言っても過言ではない用途が在る超エネルギーは、「世界」との相性が最悪だった。
ただ存在するだけで、勝手に消費されてしまうからだ。土として、水として、空気として、命として。
エネルギーとして汲み出したければ、〈界〉と〈界〉に挟まれることで生まれる「狭間」と称されるキングオブ秘境にして、ゴッドオブ魔境に行くしかない。誰も在り
そして、見事汲み出せたとしても、「世界」に持ち込むには神々の王しか知り得ないという、〈創生の秘法〉が必要だという。
そんなものを純化して、結晶化させた立方体。
つまり、あの怪生物は神々の王にまつわる何か――いや、止めておこう。
神は魔族にとって、災難と災害を足して倍掛けにしたような存在だ。
人間は有難がるようだが、魔族は不吉として敬遠する。
怪生物は神に関わる存在だった――それだけでいい。
ただ、正体はともかくとしても、欲を言えば知りたい、と思うことがある。
エーテルを抽出し、物質化する技術。魔族ならば誰でも知りたがる、
なぜなら、エーテルは魔族にとって、錬金術における賢者の石に相当する、超貴重で超絶対的な元素なのである。
「けど、俺には――」
無用だ、と言いかけた(正直な所、持っているのが怖かった)。
俺は魔族でも希少で貴重な、第三の眼を持つ者。
村で俺に
魔王の座はおろか、大魔王の
それだけの力を持ち、
言葉を留めたのは、万に一つでも役に立つかもしれない、そんな可能性に思い至ったから。
……
「いや、やっぱり貰っておこうかな」
「おう、そしてやれや。――あ。どうしても、要らねえってんなら……」
「また折檻だぞ。懲りろよ」
途端に、偉丈夫は子供じみた渋面を作った。
「うっせえわ! あの糞親父、ああでもしなきゃずっとほったらかしなんだぞ! ……掛けたくてかけた迷惑じゃないけど」
やっぱり、親子だ、と思う。
だから、だろう。余計な世話を焼いた。
「大事に思われてるじゃないか」
「――ああ!?」
「
「…………」
父を失ったばかりの母が、まさにそうだった。じっと、ずっと思い詰め――子供を
そして、彼女が何故戻ってきたのかと言えば――。
(……何だ? 村の方が騒がしい……? !! この声は、人の――まさか?!)
「悪い! 急な用事を思い出した!!」
「あ――、おお!!」
呆気にとられる偉丈夫を置き去りにして、飛び出した。