エピローグ

文字数 8,064文字

 静かで平和な海の底では、毎日誰かが美しい音色を奏で、魚たちは群れになって、鮮やかなダンスを披露しています。
 その日も洞窟のコンサートホールでは、高名な海の音楽家が新しい楽曲を発表し、熱帯魚たちはその調べに合わせて、静かな水をさざめかせていました。
 洞窟の中はイルカや海亀、人魚や蟹たちなど観客で満員ですが、そのコンサートホールの入口に張り付いて、熱心に中を覗き込んでいる者がいます。人間の上半身を持ちイカの足を備えた彼は、人魚のシュプリーのフィアンセ、ソロンです。
 シュプリーは目を凝らしながら泳いでいましたが、ソロンが洞窟の入口にくっついているのを見つけると、水を掻き分けてフィアンセの元へ泳ぎ寄りました。
「ソロンさんソロンさん、どこに行ったかと思ったら、まだこんなところにいたの!あなたってなんて往生際が悪いの。セバスチャンには明日同じ曲を演奏してもらえばいいじゃない」
 フィアンセを洞窟の岩壁から引き剥がしながら、シュプリーは唇を尖らせました。彼女のフィアンセは困惑したように眉を下げます。
「…すまない。人間に会うのは久し振りだから、ついナーバスになってしまって…うっかり人間だった頃の知り合いに会ったりしたら嫌だし」
「大丈夫よ、私の友達はみんな良い人だもの。それにソロンさんの故郷はもっともっと遠くの国でしょ?入り江に住んでる人間に、ソロンさんを知っている人はいないと思うわ」
 そうだといいんだけど、と言いかけた気弱なフィアンセの言葉を遮るように、シュプリーは彼の腕を掴んで泳ぎ始めました。
「とにかく、約束は約束でしょ!パーティーに遅れちゃうわ!」



 夕暮れの下、茜色に染まる海の上に、小さな島が浮かんでいます。
白い浜辺のすぐ近くに、一艘の船が停泊しています。マストを畳み、黒い海賊旗のみを風にはためかせているのは、ヴァイオラ船長率いるエンパイア号でした。
 今日は夕方から、浜辺でパーティーが行われるのです。船員達は誰もが浮き足立ち、何人かは鼻歌を口ずさみながら、浜辺に料理の皿や飲み物の瓶を運んでいます。
 彼らの間をマリーが駆け回りながら、運ばれている皿の上からおかずをつまみ食いしようとしています。それを見咎めたヴァイオラ船長が、妹の首根っこを捕まえました。
「ちょっと、パーティーの前に皿を空にする気?私は手伝いなさいとは言ったけど、皿を軽くしろとは言ってないでしょう」
 渋い顔で睨まれたマリーはえへへと笑います。船長は妹を掴んでいた手を離しました。
「夕飯の時間だし、お腹すいたよ」
 するとそこへ、ヘイズリー公爵がやってきました。今日の彼は海賊船から降りて来たわけですが、貴族らしい仕立てのいいコートを着、リボンで髪を束ねています。彼の顔もにこにこと笑っています。
「私もお腹が空いてしまいました。さっきから運んでいる料理がおいしそうで」
 そういう公爵は、高級そうなコートを着ていながら、さっきまで海賊達といっしょに料理の皿を運んでいたのです。今でこそきれいなコートを着ていますが船員の一人としてこの船に乗っていたことがある彼には、ここの海賊達の手伝いをすることに抵抗感はないようです。
 そこへ今度は、航海士のライラが歩いてきました。何と今日は珍しいことに、彼女は長い裾の美しいドレスを着ていました。彼女の後ろには見習いのアンネリーがついてきています。恐らく彼女が、ライラの着替えを手伝っていたのでしょう。
「でもよかったわ、ヘイズリー公爵が来て下さって。ヴァイオラも私も嬉しいし、何よりこの後に来る海からのゲストが喜ぶもの。ウェインなんて二回も手紙を送ったのに、結局だめだったわ。…まあ、想像してはいたけれど」
 笑って肩をすくめたライラに対して、公爵は頷きました。
「でも提督のような方がいらっしゃるので、私も家を留守にしてこうして遊んでいられます」
 その横で、ヴァイオラ船長が腕を組みました。
「まあ、石頭が一人欠けたところで大した違いじゃないでしょ。それよりライラ、すごいドレスね、それ」
 ヴァイオラ船長が顔をしかめたところで、ライラの背後に隠れていたアンネリーが飛び出してきました。
「そう、すごいんですよ!これ、ライラさんのお父様が送ってくださったそうなんですけど、ロンドンで一番人気のデザイナーの作品なんです!ライラさんはやだって言うけど、絶対着なきゃもったいないですよ~!」
 ライラは苦笑いして言います。
「だって、私だけこんなの変じゃない。動きにくいったらないし」
 すると腕組みして見ていたヴァイオラ船長が、にやりと歯を見せて笑いました。
「いいじゃないの、見世物はひとつでも多いほうが楽しいでしょ?持ち技は披露してもらわないと。ライラの新芸ね」
 わざとらしく唇を尖らせたライラが「言ったわね」と船長の背中を叩くと、ヴァイオラ船長はおかしそうに笑いました。
 その時、浜辺の一角で、数人の海賊達が声を上げました。それと同時に、マリーが素早く反応します。
「シュプリーが来たよ!」
 マリーの言葉通り、彼らが水際に顔を向けると、そこには新たに四人の客人が到着していました。
 岩場に身を乗り出して手を振っている人魚はシュプリーです。そして彼女の隣には、同じようにして岩場からこちらを覗いている男性の顔と、更に見知らぬ男女が二人立っていました。奇妙なことに、その二人はたった今水の中から現れたように思われたのに、人間と同じ二本の足を持ち、それぞれ紳士と貴婦人らしい格好をしています。
 多少の驚きを抱いたまま、ヴァイオラ船長は駆け出したマリーのあとに続いて、彼らに歩み寄りました。シュプリーが彼女に笑いかけます。
「船長、お久し振りです。言ってた通り、今日は私のお友達も連れてきました。まず、こちらは私のフィアンセのソロンさん。ソロンさん、彼女がヴァイオラ船長よ」
 シュプリーから紹介を受けた青白い顔の男性は、控えめな笑顔を浮かべて頷きました。
「初めまして…、ソロンといいます。彼女に親切にしてくれてどうもありがとう」
「いや、こちらこそどうぞよろしく」
 そう返しつつ船長は、水の中に浸かっている彼の足が彼の顔よりさらに青白いイカの足であることに気付いて、海にはこんな生き物もいるのかと内心で感心していました。続いてシュプリーは紳士淑女の方を指し示しました。
「それからこちらが、海の王様とお妃様です。二人とも、私の話を聞いたらぜひ船長に会ってみたいとおっしゃって」
 海の王様と王妃様とは、一体どのくらい偉い人なのでしょうか。思わず唖然としてしまったヴァイオラ船長に対して、恐ろしく美しい貴婦人がドレスの裾を持ち上げて会釈しました。この女性は、ギリシアの彫刻家が理想を込めて彫り上げたアフロディテ像でも及ばないだろうと思われるほどの美貌を備えていましたが、不思議なことに彼女の顔の半分は、長い前髪で覆われています。船長の背後では、思わずこの客人の姿に見とれた船員達が足をもつれさせてドミノ倒しになり、砂の上に顔を突っ込んでいました。
 また美女の隣に立っている男性も、地上では稀なほど均整の取れた逞しい体格に、まるで青年のように健康的な肌と、何年放っておいたのかと思われるほど長い髪を持っていました。確かに人間の姿をしてはいますが、この二人が地上のものかと問われれば、疑問を返さざるをえないでしょう。
 海の王様だと紹介された男性が言いました。
「どうも、うちのシュプリーが世話になったらしいな。礼を言おう。ところで、私も王妃も陸は久し振りでな、ぜひ楽しませてくれ。私と仲良くしておくことは、君達にとっても悪い話じゃないだろう?」
 果たして海の王様と懇意になってどのようなご利益があるのかヴァイオラ船長には測りかねましたが、友人の客をもてなすのは彼女の主義でもあります。ヴァイオラ船長はそういうことならと、彼らを浜辺のパーティー会場へ導きました。



 孤島の浜辺では、四人の珍客を加えた海賊達のパーティーが始まりました。
 乾杯の合図と共に面々は一斉にジョッキの中のラムをあおり、中には一息に飲み干してしまった者もいます。酔いが回る前から浮かれきっている海賊の何人かがさっそく踊り始め、調子に乗った二、三人がドレス姿のライラの前に跪いてダンスのパートナーを申し出ています。
 この時もやはり一番にご馳走にかぶりついているマリーの隣で、彼女のためにぶどうの皮を剥いていたアンネリーが、その様子を見て立ち上がりました。
「ちょっと待ってそこの、ミス・ライラと踊りたかったらまずはあたしのテストをクリアしてもらわないと。ビロードのドレスの裾を踏むような野蛮人には彼女のお相手は務まらないからね」
 男達はアンネリーを見て明らかにがっかりした顔をしましたが、苦笑いしていたライラは渡りに船とばかりに言いました。
「あら、私よりずっと良さそうな先生じゃない。私もアンネリーに教わりたいくらいだわ」
 シュプリーとソロンはというと、波の打ち寄せる湿った砂地の上に座って、その様子をおかしそうに眺めていました。一応彼女達の手元にも、飲み物のカップが握られています。そこへ、ジョッキを手にしたままのヘイズリー公爵がやってきました。
「ここに座ってもいいかな?」
 尋ねた公爵に対して、「ええもちろん」と言いかけたシュプリーですが、すぐに気が付いたように声を上げました。
「あ、でもこんなところに座ったら、ズボンがぬれてしまいますよ」
 しかし彼女が言い終えた頃には、公爵は既に二人の隣に腰を下ろしていました。彼はにっこりと微笑みます。
「いいんだ。マージに怒られちゃうけどね」
 その笑顔を見たシュプリーも、思わず微笑みました。マージは公爵のお屋敷で洗濯係をしているメイドの一人で、シュプリーには懐かしさを感じさせる名前です。一方その隣のソロンは、以前の誤解が誤解だと知れたとはいえ、未だに公爵に対する警戒心を解ききれずにいるのか、どこか落ち着かない表情で二人の顔を見比べています。
 公爵はそんなソロンに向かってもにこやかに言いました。
「シュプリーには彼女が人間だった時に、すごくお世話になったんです。彼女に会えて嬉しくて…それから貴方にも。シュプリーに聞いたんですが、貴方が昔は人間だったっていうのは本当なんですか?」
 思いがけない質問を受けたソロンは瞬きに驚きを込め、シュプリーにかすかな非難の視線を向けましたが、彼女は小さく歯を見せて笑うばかりです。なす術のないソロンは、ぼそぼそと答えました。
「…ええ、実は、そうですよ。海の世界と、彼女に惹かれて、人間の世界から離れました。…やろうと思えば、貴方にもできますよ」
 すると、公爵は微笑みました。
「いえ、私は陸の世界に大切なものをたくさん持っていますから…海へは行かないでしょうけれど、シュプリーや貴方に出会えて幸せです。これからどうぞ、仲良くして下さいね」
 そう言って公爵は、ソロンに向かって腕を伸ばしました。ソロンは公爵の笑顔に毒気を抜かれたのでしょう、戸惑ったように目を瞬かせましたが、相手につられて腕を伸ばしました。彼だってしばらく海に住んでいましたが、握手の習慣を忘れてしまったわけではありません。
 握手を交わす二人を見て、シュプリーは満足そうに微笑みました。
 またその頃、ヴァイオラ船長の隣には海の王と王妃が座り、のんびりと酒を酌み交わしていました。
「お酒なんて飲むのは久し振りね」
 王妃セイレーンが目を細めながら言うと、海の王カントリオも、うんうんと頷きました。それを見たヴァイオラ船長が尋ねます。
「ということは、以前にも陸に上がったことが?そういえば、貴方たちの足は人間と同じだな」
 夫妻は二人揃って頷きました。
「私たちは、王族の特権とでも言うのかしらね、体の一部を変身させることができるの」
「まあ、使う機会はあまりないがな。特に妻はなかなか地上に上がる機会がない。彼女が陸に上がると、時々問題が起きるからな」
 カントリオの言葉に続いて、セイレーンが「また余計なことを言うんだから」と困ったように溜め息を吐きましたが、ヴァイオラ船長はむしろ興味深げに王妃の顔を見つめました。
「それは、貴女が顔を隠していることと関係がありそうだ」
 どこか満足げに頷いたのはもちろんセイレーン本人ではなく、夫のほうです。
「そうなんだ。今でこそ彼女は本当に気を使っているがな、少し前なんてうっかり海面に出てしまうことも多かったんだ。それでたまたまそこに人間の船が居合わせて船乗りが不幸にも彼女の姿を見てしまったりすると、十中八九そいつが船から落ちるんだ。彼女をもっと見ようとして身を乗り出してな。それで連中は勝手に、海には船夫をかどわかして水に引きずり込む魔物がいるとか言い出すんだ。全くもって言いがかりだっていうのにな」
 しかしそう言う王の顔はどこまでも愉快そうで、自慢げですらあります。彼の隣でセイレーンが、「まったく、笑い事じゃないのよ」と更に深く溜め息を吐きました。
 ヴァイオラ船長だけではなく、船乗りならばだれでも人魚の姿をした美しい海の魔物の話は知っています。まさかその有名な魔物と知り合いになる機会が訪れようとは、人生何が起きるかわからないものです。ヴァイオラ船長は内心で驚きながらも、カントリオといっしょに笑いました。



 やがて夕日が水平線の向こうに沈み、島が藍色の闇に包まれたころ、浜辺には徐々に酔っ払いが増えきており、宴も酣になってきました。甲板長のアントーニオは焚き火から一本の松明を取り上げると、火を囲んでいる人の輪から外れて歩き出しました。追加の酒樽を取りに行くためです。
 彼は松明の灯りを掲げながら、夜の浜辺の上を沖合のエンパイア号へ向かって歩いていきました。
 浜辺に繋いであるボートにアントーニオが近付いた時、彼は薄暗がりの中に、何か動いているものを見つけました。目を凝らすと、何とボートに人影が取り付いています。謎の人物はボートを波打ち際から沖へと押し出そうとしているようです。
 アントーニオは声を上げつつ駆け出しました。
「おい、そこの!」
 見つかったことに気が付いた人影は慌ててボートを押しましたが、彼が追いついたほうが先でした。松明の炎が人影を照らし出します。その人物を見て、アントーニオは一瞬声を失いかけました。
 それはなんと、彼の元上司、ゴルトリック卿だったのです。



 闖入者の発見によって、パーティーは一度中断されました。あるいは、パーティーに新たな余興が加わったと言ったほうが正しかったかもしれません。アントーニオとゴルトリック卿は口論を始め、それを聞きつけたヴァイオラ船長がそこに加わったからです。
 公爵の暗殺未遂が表沙汰になって逮捕されたゴルトリック卿は、裁判の結果、彼の今まで持っていた財産や地位を没収されて、タスマニアに流刑となることが決まっていました。死んでもタスマニアには行きたくなかったゴルトリック卿は、わずかに残っていたポケットマネーとコネクションを活用して脱獄し、人を雇って小さなボートで逃亡を図りました。しかし雇った水夫に裏切られて危うく殺されそうになり、海に飛び込んで生き延びた彼は、偶然にもこの孤島に泳ぎ着いたということでした。
「しかし、悪運の強い男だな。しかも私達ともずいぶん縁があるようじゃないか」
 腕組みをしたヴァイオラ船長は、気まずそうに船長を睨んでいるゴルトリック卿――既に彼は以前の地位を失っていますから、ここではただ彼の名前だけで呼ぶのが適切でしょう――に向かって言いました。船長の周りには既に公爵をはじめとした人垣ができており、みな二人のやり取りを注意深く見つめています。
 ゴルトリック卿、もといゴルトリック氏は苦々しく眉を寄せて答えました。
「縁だなどと、勘弁してほしいな。…ところでひとつ教えてくれ。うちの娘はまだ君のところにいるのかね?私のタスマニア行きを予知して早々に船を乗り換えた、賢い我が娘は」
 実はアンネリーはマリーといっしょに先に船に戻ってしまい、既に浜にはいませんでした。ヴァイオラ船長はゴルトリック氏の質問には答えず、冗談めいた口調で別の問いを投げ掛けました。
「まさか今度は娘に頼んで、命乞いでもしようっていうんじゃないだろうな」
 ゴルトリック氏はびしょぬれのシャツの肩をすくめます。彼は恐らくつい先ほどまで、海の中を泳いでいたのでしょう。コートは水の中で脱ぎ捨ててしまったに違いありません。
「さてね。ただ、ここで火あぶりになるのなら、娘に別れを告げておこうと思ったまでだ。…今いないのなら仕方がない、君の口から父の最期を告げてやってくれ」
 憂鬱そうにうつむけられたゴルトリック氏の表情は、ヴァイオラ船長の目にはわざとらしいものとしか映っていないようです。船長は呆れたように溜め息を吐き、彼女の斜め後ろに立って不安そうになりゆきを見守っている公爵を振り返りました。
「公爵殿、どうする?」
 なぜ自分が指名を受けたのか、ヘイズリー公爵は一瞬わからなかったようです。彼は瞳を瞬かせましたが、慌てたように答えました。
「何も殺さなくても!…私もこうして生きているんですから」
 それを聞いて、ヴァイオラ船長も肩をすくめて見せました。横からライラが船長に向かって、「本気なの?」と怪訝な声で呟きます。
「お人好しの公爵殿がそう言ってるんだ。私達もその寛容さに倣おうじゃないか。ただ明後日ごろにはこの男も、大人しくタスマニアに行ってればよかったと後悔してるだろうがな」
 ヴァイオラ船長はにやりと人が悪そうな笑みを浮かべ、うなだれている新入りに視線を送りました。



 さて、時と所は変わって、ここは再び海の底です。
「それじゃあ彼女は、本当に元は敵だった人を自分の船に乗せてるのね」
 そう穏やかな声で言ったのは、海の王妃セイレーンでした。
 彼女は既に顔を隠してはおらず、彼女の足はいつものくれない色のヒレに戻っています。セイレーンの言葉に対し、シュプリーは頷きました。ちなみに二人は海底の岩のテーブルを挟んで向かい合い、さきほどから色々な出来事についてお喋りしているのです。要は、世間話ですね。
「ヴァイオラ船長はちょっと怖く見えますけど、本当は優しい人なんです。だってあそこで彼を見捨てたら、きっと食べるものも何もなくて、死んでしまうでしょう?」
 すると彼女たちから少し離れた場所で楽譜を書いていたソロンが、顔を上げて口を挟みました。
「でも君たちを殺そうとした人間だろう?いつ裏切るかわからない。王に頼んでまたタツノオトシゴにしてもらえばよかったのに」
 シュプリーは首を振ります。
「だめよ。第一あの時にはもう、王様はよっぱらって浜辺で眠っちゃってたでしょう?」
 そうだった、とソロンは溜め息を吐きました。彼らがゴルトリック氏を発見する少し前には既に、カントリオは浜辺の上に寝転がって、気持ち良さそうに鼾をかいていたのです。
「…彼が地上でなく海の王で、本当によかったと思うよ」
 フィアンセの言葉に笑いと頷きを返しつつ、シュプリーはにじりにじりと王妃セイレーンに泳ぎ寄りました。
「それより王妃様、私にも足を変身させる魔法、教えてくれませんか?」
 彼女の魂胆は、当然セイレーンには見え透いています。セイレーンは、困ったように眉を寄せました。
「どうしてかしら、私の周りには、トラブルメーカーばっかりね」
 彼女たちがもう一度人間に変身して地上の世界を旅するのは、また別のお話です。



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登場人物紹介

シュプリー


入り江の海の底に住む人魚。

優しい心の持ち主だが、好奇心旺盛で頑固な性格でもある。

声を失う代わりに人間に変身し、陸の上に冒険に出る。

ヘイズリー公爵


入り江の町の領主様。

民を愛する穏やかな青年で、陸に上がってきたばかりのシュプリーを助ける。

巨大商社の搾取から領民を守ろうとし、暗殺されそうになる。

ヴァイオラ船長


海賊船エンパイア号の女船長。

自由と海を愛し、無暗な略奪や不要な殺生を避ける変わった海賊。

なりゆきからシュプリーとヘイズリー公爵を船に乗せることになる。

ゴルトリック卿


巨大商社南インド会社の支社長。

利益のためには手段を選ばず、協力を拒んだヘイズリー公爵に刺客を差し向ける。

一人娘にはかなり嫌われている。

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