第6話 小さな木の実 ねこふんじゃった ANAK
文字数 1,103文字
歌は過去を蘇らせる。
この歌は小学校6年のときに音楽会で歌った。三沢君は伴奏しながら歌った。
三沢君は初めての練習のときに途中で泣き出した。父親を思い泣き出した。私は父との仲が修復できていたが、三沢君は妹も生まれたが寂しかっただろう。
治は天使だ。治は他人の悲しみには敏感だ。すぐに気づき大声で歌い、わざと音を外して皆を笑わせて誤魔化した。私も大声で歌った。私たちは同志だった。
そんなことを父親は知らないのだろう。
小さな木の実
作詞 海野洋司
作曲 G.ビゼー
ちいさな手のひらに ひとつ
古ぼけた木の実 にぎりしめ
ちいさなあしあとが ひとつ
草原の中を 馳けてゆく
少年は、坊やは三沢君のことよ。この歌は父と息子の絆を歌ってるの。知らないでしょ? 三沢君はこの歌を歌いながら泣いていた。
母に捨てられ、父親の愛を欲しがっていた。三沢君は言ってた。僕にパパはいないって。パパは彩のパパだって。
いよいよピアノも売られていく。今まで残っていたのが不思議だった。
私は通帳を出した。車を買うために貯めた金でピアノくらいは守れるだろう。あのひとのために……
あのひとは私の気持ちに感謝してピアノを弾いた。クラシックに精通しているあのひとはどんな素敵な曲を弾くのだろう? あの人が弾いたのは……
ねこふじゃった……
あのひとはヒヒッと笑った。社長も笑い出した。
ねこひっかいた……
英輔さんも歌う。
ねこごめんなさい……
若い母親は笑い転げた。つられて息子も笑い転げた。
あのひとは絶望しない。笑いが溢れていた。
子供たちにせがまれ英幸君はもう1曲弾いた。リクエストは、
ねこふんじゃった……
子供たちは大喜びだ。英幸君と一緒に歌った。大合唱だ。彼は歌詞を覚えていた。かつて幸せだったパパとママと歌ったことは覚えているのだろうか? 社長は歌わなかった。社長とそっくりの魅力的な低音が、おどけて歌った。
ニャーゴニャーゴ、グッバイバイ……
あのひとが亡くなった年に、あのひとの息子は歌いふざけて笑い転げた。周りの子供たちもつられて笑い転げた。
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