第12話 無人の町②

文字数 1,652文字

 公民館前の広い駐車場は、半分以上が車で埋まっていた。

 駐車している車を一つ一つ確認するように、正語(しょうご)はゆっくりと車を進めた。
 ミニバンや軽ワゴンが多い。
 チャイルドシートが取り付けられた車を見たとき、やっと正語の警戒心が解けた。

 この町に誰もいないわけではないようだ。

 (あたりまえだよな……)

 ここに来るまでの商店は皆シャッターが下りていたが、きっと朝が早いせいだけなのだろう。

 正語は建物の入り口近くに車を停めた。
 それでも周囲に目を配りながら車を降りる。

 セミの声がやかましいが、周囲に木々が多いせいか、嫌な暑さではなかった。

「ずいぶんとご立派な公民館だな」

 と、正語は赤茶色の洋館を見上げた。
 ついで入り口横の植え込みに近づく。

 植え込みには羽織袴姿の老人の像が建っていた。台座には『鷲宮守親(わしみやもりちか)氏』と彫られている。

「このじいさん、おまえの親戚か?」

 後部座席からテニスバックを取り出している秀一(しゅういち)にきいた。

「お祖父(じい)ちゃん」

 なるほど。
 正語は父親から聞いた話を思い出した。

『鷲宮の家はすごいお金持ちでね、野球場やプールを町に寄付しているんだよ。みずほに行くと、そこら中に当主の像が建っているんだけど、正語君、ポケモンGOやってる? 町中にある像が全部、レアポケモンの出現ポイントになっているから、絶対行った方がいいよ』

 正語はあらためて公民館を見上げた。

「こいつも、おまえの祖父(じい)ちゃんが建てたのか」

 返事がない。

 正語は振り返り、秀一を見た。
 秀一は駐車場奥の雑木林の方を向いたまま、突っ立っていた。

「何かいるのか?」と正語は、秀一の視線の先を見た。

 秀一が見ている方角、小高い山の山頂に白い壁のようなものが横に長く伸びていた。

「あれはなんだ」と、正語は白い建造物を指差した。

「……ああ」と我に帰ったような顔で、秀一も山を見上げた。「本家の塀だよ」

「あれが塀かよ。お前の家、どんな豪邸なんだ」

「オレの家は分家だよ。あの山の途中にある。本家の西側にあるから、みんな『西手(にして)』って呼んでる」

「屋号ってやつか」

 突然、秀一は足元を見て、何かに驚いた。
 正語の後ろに隠れるように身を寄せてきた。

「虫か?」

 と正語は地面を見た。
 が、何もなかった。

 秀一は正語のシャツを掴み、目を(つむ)って深呼吸を始めた。

 (またかよ……マインドフルネスって、やつか?)

 「具合悪いなら、帰るか?」
 
 秀一は目を閉じたまま首を振った。

 どうも嫌な感じがする。
 このまま秀一を連れて町を出ろと、何かに言われている気がしてならない。
 こういう直感に、正語は必ず従ってきた。

 正語は秀一の手首を掴んだ。もう片方の手で転がっていた秀一のテニスバックを軽々担ぐ。

「車に乗れ。帰るぞ」

 その時、突然、公民館の裏から音楽が流れてきた。
 聞き馴染みのある、あのラジオ体操第一の曲だ。

 それが何かの合図のように「もう、行かなきゃ」と、秀一は正語の手から離れた。

「やめとけ」

「ガンちゃんの話を聞いたらすぐ帰る」

 秀一にきっぱり言い切られると、弱かった。
 即効降参。

 (……しょうがねえな)

 正語は時計を見た。9時を少し過ぎている。

「12時にまたここに来る。それまでに用事を済ませておけ。午後には絶対、東京に戻るぞ」

「わかった」

「約束だぞ」

「うん」と、秀一が笑った。

 (コノヤロー!! そんな可愛い顔するな!!)

 首を締め上げて、死体でもいいから持ち帰りたくなる。
 黒い衝動を抑えて、正語は秀一にテニスバックを手渡した。



 公民館の中に入っていく秀一を見送りながら、正語の心はざわついた。

 (……俺は一体、何を不安がっているんだ?)

 たかだか数時間離れるだけなのに、なぜこうも行かせたくないのか――。

「おい!」

 つい声をかけてしまった。

 秀一は立ち止まり、振り返った。

 何か言わなければと焦れたが、

「……水分……()れよ……」

 と、どうでもいい事しか言えなかった。

 秀一は生真面目な顔でうなずくと、華奢な体に大きなテニスバックを担ぎ、建物の中に入っていった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

鷲宮秀一、主人公の高校生

九我正語(くがしょうご)、秀一の従兄弟、警察官

九我正思(くがしょうじ)正語の父親。人の恋愛感情を瞬時に見抜く特殊能力を持つ。

九我光子、正語の母親。秀一の伯母。

雅、介護士。雅は熟女スナックにいた時の源氏名。本名は不明

夏穂、秀一の幼馴染。秀一に片思い。

涼音(すずね)、秀一の幼馴染

武尊(たける)、秀一の幼馴染

賢人、秀一の甥っ子

真理子、みずほ中学の教師

コータ、真理子の弟、秀一の幼馴染

野々花、パンケーキ店の女主人

岩田、秀一のテニスの師匠

鷲宮一輝(故人)秀一の兄

鷲宮輝子(故人)秀一の母親。正語の母親、九我光子の妹

水谷凛、夏穂の従姉妹

鷲宮智和、秀一と一輝の父親

鷲宮高太郎、智和の兄

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み