成人の日
文字数 4,185文字
十和が指定してきたのは、海北市内のファミレスだった。
「いちはさん!」
目印にしていたピンクのバッグに気づいて声をかけてきたのは、短髪に刈り込んだ凜々しい少年だった。
既に席に着いていた彼は、わざわざ立ち上がって一遥を迎えてくれた。
「とわさん・・・ですか?」
彼は頷いた。
トゥルヒスに登録されていた十和の写真は、一遥が設定していた集合写真の切り抜きに負けず劣らず画質が粗いもので、しかもモノトーンのフィルターまでかけてあった。
なんだ、つまらんー、と文句を言う百伊に対して、一遥はその手があったか、と妙に感心していたのだが、いざ直接会うとなると、顔だけで見分けるのは難しいな、ちゃんと会えるだろうか、と心配だった。
まずは無事に、第一関門突破である。
「どれにしますか。ぼくはもう決めてあります」
席に着くとメニューを渡された。考え込んでいると恥ずかしいので十和と同じものにしようと思い、
「とわさんは、どれにしましたか?」
「ぼくはボロニア風ブロッコリーボンゴレビアンコとバニラフラペチーノウィズティーババロアにします」
十和はすらすらと暗唱した。
「え? なんて?」
「スパゲティと飲み物です」
「甘い飲み物は、食後の方が良いんじゃないですか?」
差し出がましいと思ったが、一遥はついコメントしてしまった。
「なるほど、そういうものなのですね。こうした場所に来るのは実は初めてで」
「あ、そうなんですか」
いまどき珍しいなと思いながら、一遥は手早く注文をした。
「山深い里に住んでおりますから、スパゲティというものに一定の憧れがありました」
「ははっ、大げさですね」
一遥は思わず笑いを零してしまった。面白いな、この人。
千咲や百伊であれば、スマートにエスコートしてくれる男の子に好感を持つのかも知れないが、一遥はむしろこのように等身大で接してくれる人にこそ心を開くところがある。
「そんなことはないですよ。日頃は山を駈け回る生活ですから。いちはさんは犬を飼いますか?」
「あ、はい。お母さんがもらってきた犬が一頭。アンスリウムと言います」
「アンスリウムというと、大紅 団扇 ですね。驊毛 なのですか?」
山奥というだけあって、十和は随分時代がかった喋り方をする。
「赤いブチがあって。とても賢いんです」
「そうでしょう。ぼくが飼っているのは柴ですが、山を駆ける際には、ヤツが誰よりも頼もしい相棒なのです」
「へえ。名前はなんていうんですか?」
「麦福 といいます。小麦の麦に、大福の福。スパゲティもそうですが、最近は小麦由来の食物が食卓に上がることが多くなりましたね」
「あー、お米をあんまり食べないんですか?」
「とんでもない。米は大好きですよ。しかし、だからこそ小麦由来製品への憧れがあるということです」
十和は繰り返した。
しばらくペット談義をしているうちに、十和の注文したパスタと、一遥の注文したドリアが運ばれてくる。
「トゥルヒスをするの、本当は怖くて。でもとわさんは優しそうな人で良かったです」
お米を口に運びながら言った。
「嬉しいな。いちはさんもとてもかわいらしい方ですね」
「そんな」
思わず照れて目を伏せてしまった。
「しかし確かに、遺伝子情報という着想が卓越しています。進歩というものは凄まじい速度で訪れるものですね」
「そうですよね。とわさんは怖くなかったですか?」
「ぼくは予め登録していなかったので、検体を送付したのですよ」
「あ、そうだったんですか」
「だからむしろ、こんな素人が簡易に採取した検体で果たして無事に登録が済むものなのかどうか、そちらの方を心配しておりました。これも進歩ですね」
マイナンバーキーへの遺伝子登録を拒む保護者が未だ多くいる――そしてそうした保護者を持つ子どもたちこそが抑圧からの解放を求めてビッグファミリーに活路を見いだす傾向もある――ことから、トゥルヒスの遺伝子登録は必ずしもマイナンバーキーへのアクセス同意だけでなく、自分で頬の裏などから検体を採取してビッグファミリー運営へ送付することで替えることも出来るようになっている。
食べながら話しているうちに、だんだんと緊張がほぐれてくる。
「とわさんは、高校生ですよね。どこの高校ですか?」
山奥の分校なんかでは、健康診断で遺伝子採取する機会がなかったのかも知れない、と思ったので訊いてみた。
「この近くにある、海北高校というところです」
え?
「そ、そうなんですか! わたしも海北の、一年生です。とわさんは二年生?」
一遥が声をあげたので、十和は心底驚いたような顔をした。
十和に抱いていたなんとなくの好感が、一気に親しみに変わった気がした。
「海北の? それではいちはさんも、この近くの生まれなのですか? 関西としか書いていなかったので、てっきり大阪から訪ねてきてくれたのかと」
「ごめんなさい。曖昧なことを言って」
一遥は恥ずかしい気持ちになった。
同じ高校の先輩が相手ならば、そんな勿体振った言い方をしなくても良かったではないか。
「どのクラスですか? 愛梨ちゃんのクラスじゃないんですよね。あ、愛梨ちゃんはわたし、美術部だから、顧問で」
おっと、十和とマッチングしたことを愛梨ちゃんにバラすように喋っていたことまで言いそうになった。
「ああ、ええと、松浦という教諭がいるでしょう。もしかしたら知らないかな」
十和は考えるように答えた。
「あ、まっちゃん。生活指導の。知ってます。まっちゃんのクラスなんですね」
「そうだね。いちはさんは、美術部なのですね」
十和は一息に言った。
「はい、陶芸が一応、専門で」
「素晴らしい。芸術家の卵という訳だ。ずっと陶芸を?」
十和は褒めてくれるが、一遥は却って後ろめたい気持ちになった。
「本当は、中学校ではテニスをしていたから、高校でも続けようと思っていたんですけど、先生からおまえは巧緻性がないと言われて。尻込みしてしまって」
だから、佐波っちや千咲がテニス部の男女で集まって楽しそうにしているのを、一遥は複雑な気持ちで見ていたのだ。
それならば美術部で楽しくやればいいではないか、とも思うのだが、幽霊部員ばかりの文化系の部活動では、先輩たちとも同級生ともあまり親しく接する機会がなく、一年生が終わろうとしているタイミングであっても、よそよそしくお互いに一線を引いた雰囲気が弛むことはなかった。
「つまらない教諭ですね」
十和が苦笑しながら言った。
「巧緻性なんて十五歳やそこらで計れるものではないでしょう。大人というのは、自分の何気ない発言が子どもにいかなる影響を与えるのかについて、常に無頓着なものです」
もしかして、怒ってくれてる?
一遥が自信をなくすきっかけになったのは、別にテニスが下手だということばかりではなく、あらゆる日常生活で要領の悪さを発揮するたびに少しずつそう思うようになったのだ。
だが、それを突き詰めてみると、十和の言うように「大人の発言」や、「周囲の発言」によって今日までの自分の人格形成が図られてきた、と捉えることもできる。
例えば、一遥が「プレヒスを選んだ」と述べたことを、百伊や千咲は「一遥らしい」と評した。知らず知らず、周囲の人間が期待する枠に沿うように振る舞うことを最優先にして行動してきたのかもしれない。
そんなようなことに気づいたのは、自分にとって発見だった。
「わたしは、大人たちに良い子だと思われたくて、無理をしているんですかね」
「陶芸は、無理をしてやっているのですか?」
十和は優しく尋ねた。
「分からないです。無心に土を捏ねるのは楽しいし、集中できているときと、雑念が入っているときで結果が変わるのも面白いと思います。でも、もしかしたら、帰宅部になんてなるな、っていうお父さんやお母さんの期待に応えて、無理をして籍を置いているのかも知れない」
「お父さんやお母さんは、帰宅部はダメだ、と言ったの?」
「ううん、そんなことない」
それは、一遥が勝手に思い描いた、仮想の父母の言葉に過ぎない。
黙り込んだ一遥を気遣って、十和はしばらく待っていたが、やがて、
「楽しい話をしましょう。今度海に行きませんか」
「海に?」
「そう。海に。ぼくはしばらく海を見ていないのです。久しぶりに見に行きたいと思っているので、ご一緒してもらえると嬉しいのです」
「そう言われると、わたしも夏に行った以来」
鰹波 の海水浴場に臨海学校に訪れ、水棲生物の写生などをして以来だ。
海に面したこの町でも、高校生の行動範囲は驚くほど狭い。
機会がなければ、この季節の海に行こうとは思わないだろう。
「まだ冷えるかも知れません。もう少し時候が良くなってからが良いかもしれませんね」
「確かに。雪も残ってるし」
一遥はははっと笑った。
少し先の時間軸を指して約束をできるくらいに、十和も自分に対して親しみを感じてくれているのなら、それは嬉しいことだと思った。
カランと音がして、賑やかな集団が入店してきた。
あ、佐波っち。
テニス部の男子たちの中の、知った顔と目が合ってしまい、思わずそらす。
佐波っちは一瞬、こちらに近づいてこようとしたが、一遥の対面に男の子が座っているのを認めると、目を丸くして退散していった。
面倒くさいな。
一遥があの男子集団の中で今直ちに話題になることはないだろうが、佐波っちの場合は集落が同じなので、彼の両親を通じてご近所さんにあっという間に伝わる恐れがある。
というか、一遥自身が父母に今日のことを話していないので、まずそこに伝わるのが一番面倒くさい。
そんなことを考えてそわそわしていると、十和が気を遣って、そろそろ帰る? と訊いてくれた。
「ごめんなさい、そうですね」
「初対面なのに説教がましいことをいって、申し訳なかった。ご迷惑だったでしょう」
「いや、迷惑なんてことは・・・」
気が散っていたのをそう受け止められたのか。そういうわけではない。一遥は弁明しようとした。
「実はちょうどぼくも家に帰らないといけない刻限だったのです。楽しくて、時を忘れてしまいました」
「あ、あの」
レシートを取って、清算に向かう十和の後ろ姿を、一遥は追いかけた。
「わたしも、楽しかったです。海、ぜひ一緒に行きましょう」
十和は半分だけ振り返って、微笑みを浮かべた表情をこちらへと見せてくれた。
「いちはさん!」
目印にしていたピンクのバッグに気づいて声をかけてきたのは、短髪に刈り込んだ凜々しい少年だった。
既に席に着いていた彼は、わざわざ立ち上がって一遥を迎えてくれた。
「とわさん・・・ですか?」
彼は頷いた。
トゥルヒスに登録されていた十和の写真は、一遥が設定していた集合写真の切り抜きに負けず劣らず画質が粗いもので、しかもモノトーンのフィルターまでかけてあった。
なんだ、つまらんー、と文句を言う百伊に対して、一遥はその手があったか、と妙に感心していたのだが、いざ直接会うとなると、顔だけで見分けるのは難しいな、ちゃんと会えるだろうか、と心配だった。
まずは無事に、第一関門突破である。
「どれにしますか。ぼくはもう決めてあります」
席に着くとメニューを渡された。考え込んでいると恥ずかしいので十和と同じものにしようと思い、
「とわさんは、どれにしましたか?」
「ぼくはボロニア風ブロッコリーボンゴレビアンコとバニラフラペチーノウィズティーババロアにします」
十和はすらすらと暗唱した。
「え? なんて?」
「スパゲティと飲み物です」
「甘い飲み物は、食後の方が良いんじゃないですか?」
差し出がましいと思ったが、一遥はついコメントしてしまった。
「なるほど、そういうものなのですね。こうした場所に来るのは実は初めてで」
「あ、そうなんですか」
いまどき珍しいなと思いながら、一遥は手早く注文をした。
「山深い里に住んでおりますから、スパゲティというものに一定の憧れがありました」
「ははっ、大げさですね」
一遥は思わず笑いを零してしまった。面白いな、この人。
千咲や百伊であれば、スマートにエスコートしてくれる男の子に好感を持つのかも知れないが、一遥はむしろこのように等身大で接してくれる人にこそ心を開くところがある。
「そんなことはないですよ。日頃は山を駈け回る生活ですから。いちはさんは犬を飼いますか?」
「あ、はい。お母さんがもらってきた犬が一頭。アンスリウムと言います」
「アンスリウムというと、
山奥というだけあって、十和は随分時代がかった喋り方をする。
「赤いブチがあって。とても賢いんです」
「そうでしょう。ぼくが飼っているのは柴ですが、山を駆ける際には、ヤツが誰よりも頼もしい相棒なのです」
「へえ。名前はなんていうんですか?」
「
「あー、お米をあんまり食べないんですか?」
「とんでもない。米は大好きですよ。しかし、だからこそ小麦由来製品への憧れがあるということです」
十和は繰り返した。
しばらくペット談義をしているうちに、十和の注文したパスタと、一遥の注文したドリアが運ばれてくる。
「トゥルヒスをするの、本当は怖くて。でもとわさんは優しそうな人で良かったです」
お米を口に運びながら言った。
「嬉しいな。いちはさんもとてもかわいらしい方ですね」
「そんな」
思わず照れて目を伏せてしまった。
「しかし確かに、遺伝子情報という着想が卓越しています。進歩というものは凄まじい速度で訪れるものですね」
「そうですよね。とわさんは怖くなかったですか?」
「ぼくは予め登録していなかったので、検体を送付したのですよ」
「あ、そうだったんですか」
「だからむしろ、こんな素人が簡易に採取した検体で果たして無事に登録が済むものなのかどうか、そちらの方を心配しておりました。これも進歩ですね」
マイナンバーキーへの遺伝子登録を拒む保護者が未だ多くいる――そしてそうした保護者を持つ子どもたちこそが抑圧からの解放を求めてビッグファミリーに活路を見いだす傾向もある――ことから、トゥルヒスの遺伝子登録は必ずしもマイナンバーキーへのアクセス同意だけでなく、自分で頬の裏などから検体を採取してビッグファミリー運営へ送付することで替えることも出来るようになっている。
食べながら話しているうちに、だんだんと緊張がほぐれてくる。
「とわさんは、高校生ですよね。どこの高校ですか?」
山奥の分校なんかでは、健康診断で遺伝子採取する機会がなかったのかも知れない、と思ったので訊いてみた。
「この近くにある、海北高校というところです」
え?
「そ、そうなんですか! わたしも海北の、一年生です。とわさんは二年生?」
一遥が声をあげたので、十和は心底驚いたような顔をした。
十和に抱いていたなんとなくの好感が、一気に親しみに変わった気がした。
「海北の? それではいちはさんも、この近くの生まれなのですか? 関西としか書いていなかったので、てっきり大阪から訪ねてきてくれたのかと」
「ごめんなさい。曖昧なことを言って」
一遥は恥ずかしい気持ちになった。
同じ高校の先輩が相手ならば、そんな勿体振った言い方をしなくても良かったではないか。
「どのクラスですか? 愛梨ちゃんのクラスじゃないんですよね。あ、愛梨ちゃんはわたし、美術部だから、顧問で」
おっと、十和とマッチングしたことを愛梨ちゃんにバラすように喋っていたことまで言いそうになった。
「ああ、ええと、松浦という教諭がいるでしょう。もしかしたら知らないかな」
十和は考えるように答えた。
「あ、まっちゃん。生活指導の。知ってます。まっちゃんのクラスなんですね」
「そうだね。いちはさんは、美術部なのですね」
十和は一息に言った。
「はい、陶芸が一応、専門で」
「素晴らしい。芸術家の卵という訳だ。ずっと陶芸を?」
十和は褒めてくれるが、一遥は却って後ろめたい気持ちになった。
「本当は、中学校ではテニスをしていたから、高校でも続けようと思っていたんですけど、先生からおまえは巧緻性がないと言われて。尻込みしてしまって」
だから、佐波っちや千咲がテニス部の男女で集まって楽しそうにしているのを、一遥は複雑な気持ちで見ていたのだ。
それならば美術部で楽しくやればいいではないか、とも思うのだが、幽霊部員ばかりの文化系の部活動では、先輩たちとも同級生ともあまり親しく接する機会がなく、一年生が終わろうとしているタイミングであっても、よそよそしくお互いに一線を引いた雰囲気が弛むことはなかった。
「つまらない教諭ですね」
十和が苦笑しながら言った。
「巧緻性なんて十五歳やそこらで計れるものではないでしょう。大人というのは、自分の何気ない発言が子どもにいかなる影響を与えるのかについて、常に無頓着なものです」
もしかして、怒ってくれてる?
一遥が自信をなくすきっかけになったのは、別にテニスが下手だということばかりではなく、あらゆる日常生活で要領の悪さを発揮するたびに少しずつそう思うようになったのだ。
だが、それを突き詰めてみると、十和の言うように「大人の発言」や、「周囲の発言」によって今日までの自分の人格形成が図られてきた、と捉えることもできる。
例えば、一遥が「プレヒスを選んだ」と述べたことを、百伊や千咲は「一遥らしい」と評した。知らず知らず、周囲の人間が期待する枠に沿うように振る舞うことを最優先にして行動してきたのかもしれない。
そんなようなことに気づいたのは、自分にとって発見だった。
「わたしは、大人たちに良い子だと思われたくて、無理をしているんですかね」
「陶芸は、無理をしてやっているのですか?」
十和は優しく尋ねた。
「分からないです。無心に土を捏ねるのは楽しいし、集中できているときと、雑念が入っているときで結果が変わるのも面白いと思います。でも、もしかしたら、帰宅部になんてなるな、っていうお父さんやお母さんの期待に応えて、無理をして籍を置いているのかも知れない」
「お父さんやお母さんは、帰宅部はダメだ、と言ったの?」
「ううん、そんなことない」
それは、一遥が勝手に思い描いた、仮想の父母の言葉に過ぎない。
黙り込んだ一遥を気遣って、十和はしばらく待っていたが、やがて、
「楽しい話をしましょう。今度海に行きませんか」
「海に?」
「そう。海に。ぼくはしばらく海を見ていないのです。久しぶりに見に行きたいと思っているので、ご一緒してもらえると嬉しいのです」
「そう言われると、わたしも夏に行った以来」
海に面したこの町でも、高校生の行動範囲は驚くほど狭い。
機会がなければ、この季節の海に行こうとは思わないだろう。
「まだ冷えるかも知れません。もう少し時候が良くなってからが良いかもしれませんね」
「確かに。雪も残ってるし」
一遥はははっと笑った。
少し先の時間軸を指して約束をできるくらいに、十和も自分に対して親しみを感じてくれているのなら、それは嬉しいことだと思った。
カランと音がして、賑やかな集団が入店してきた。
あ、佐波っち。
テニス部の男子たちの中の、知った顔と目が合ってしまい、思わずそらす。
佐波っちは一瞬、こちらに近づいてこようとしたが、一遥の対面に男の子が座っているのを認めると、目を丸くして退散していった。
面倒くさいな。
一遥があの男子集団の中で今直ちに話題になることはないだろうが、佐波っちの場合は集落が同じなので、彼の両親を通じてご近所さんにあっという間に伝わる恐れがある。
というか、一遥自身が父母に今日のことを話していないので、まずそこに伝わるのが一番面倒くさい。
そんなことを考えてそわそわしていると、十和が気を遣って、そろそろ帰る? と訊いてくれた。
「ごめんなさい、そうですね」
「初対面なのに説教がましいことをいって、申し訳なかった。ご迷惑だったでしょう」
「いや、迷惑なんてことは・・・」
気が散っていたのをそう受け止められたのか。そういうわけではない。一遥は弁明しようとした。
「実はちょうどぼくも家に帰らないといけない刻限だったのです。楽しくて、時を忘れてしまいました」
「あ、あの」
レシートを取って、清算に向かう十和の後ろ姿を、一遥は追いかけた。
「わたしも、楽しかったです。海、ぜひ一緒に行きましょう」
十和は半分だけ振り返って、微笑みを浮かべた表情をこちらへと見せてくれた。