後編
文字数 1,298文字
そこで、私はこのように問い掛けました。
《銀炎、何故私に、その名を明かした?》
《そなたも承知している筈。
この辺りの道路では、鉄の塊の刃に掛かり、命を落とす獣達が後を絶たない。
しかし、我は僥倖(ぎょうこう)にも、二百年以上生き延びて来られた。
そのおかげで、少しばかりだが、妖力も芽生えた。
それ故、この場所で朽ち果てることを選べば、我の妖力がシールドとなり、道路を横断する獣達を守護することが出来る。
だが、時と共に、妖力が弱まっていくことは、目に見えているのだ。
そこで、そなたの力を借りたく思い、名を明かした。
時々で構わぬ。
我の名を、胸の内に呼び起こして欲しいのだ。
その行為が、我亡き後も、妖力を強めることになろう。
では、頼んだぞ。愛しき者よ》
それであっさりと昇天していこうとする銀炎の霊魂を、私は慌てて引き止めなければなりませんでした。
《待って、待ってよ、銀炎。
私だって、どんなに長く生き延びられたとしても、せいぜい六十年か七十年だよ。
それ以降の世代に引き継ぐ術を教えてもらえないなら、銀炎の妖力が無駄になっちゃうでしょう?》
《…‥なるほどな。では、こうしよう。
我が昇天した後に、一つの徴(しるし)を残していくことにする。
その徴を目にすれば、我の名を即座に思い起こせるという寸法だ。
そして、そなたの命が尽きる時に、その徴を系譜の者に渡すが良い。
そうすれば、我の妖力は伝統として、脈々と受け継がれていくことになろう》
私はそのことを承知して、頷きました。
今しも昇天していこうとしている霊魂を、これ以上引き止めておくのは良くないと感じたのです。
道路に長々と横たわっていた銀炎の肉体は、一瞬にして、白銀色の炎に包まれました。
そうやって数秒燃え続けた後、遂には跡形もなく、消失してしまったのです。
けれども約束通り、その後には一つだけ、小さな徴が残されていました。
それは、白銀色に揺らめく炎が閉じ込められた、六角柱の水晶でした。
私はその結晶を拾い上げると、妖しくも美しい炎のダンスに、暫し見惚れたのです。
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あれから一月ほどが経ちましたが、銀炎の妖力が生きている辺りの道路で、獣達の死骸を見掛けることはなくなりました。
穏やかな中にも凄みのあった銀炎の存在を、私は片時も忘れたことはありませんが、それによって銀炎の妖力は増すばかりか、守護する範囲が拡大していっているようにも感じられます。
そこで、奇遇にも、この物語を共有して下さったあなたに、ささやかなお願いがあるのです。
時々で構いません。
銀炎の名前を、胸の内に呼び起こして欲しいのです。
そうすれば、銀炎の妖力は増すばかりか、守護する範囲はあなたの身辺をも取り込んで、ますます拡大していくことでしょう。
・・・・・・・・・・・・・・ 完
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