4−7

文字数 2,039文字

 洗濯物からは柔軟剤の匂いがする。こちらはいつものとは違うので、お母さんが新しいものを使ったんだろう。前のやつも好きだったけど、こっちの方があたし好みだ。
 最後の一枚を畳み終えたところでインターホンが鳴る。カメラの映像を確認すると央ちゃんが白い袋を持って立っていた。

「どうしたの央ちゃん」

 あたしがドアを開けるなり、央ちゃんのひょっとこみたいな顔に明らかな驚きが加わった。まだ顔が腫れているんだろうか、それとも寝起きだから?

「梅の方こそどうしたんだよ。ひどい顔してる」
「さっきまで寝てたから。それより何か用?」

 央ちゃんは白い袋をあたしに手渡す。中身を見ると青々としたゴーヤが数本入っていた。央ちゃんのおばあちゃんは趣味で畑をやっていて、夏にはこうやって野菜を大量に分けてくれるそうだ。あまりに大量なので、うちもそのお裾分けを毎年いただいている。

「いつもありがとう。央ちゃんのおばあちゃんのゴーヤ好きなんだあ」
「ああ、うん……っていうか、ゴーヤはどうでもいいよ。梅、マジでどうしたの」

 ──出た、岩の央ちゃん。

 この状態の央ちゃんはてこでも動かない。寝てただけだってば、と言っても疑わしい目を向けてはあたしの心の内を探ろうとしている。央ちゃんは決して綺麗ではないけど、少しだけ桜田先輩と通ずるところがある。あたしの胸の内に何かがあると、それをすぐに察知する。それともあたしがただ単に内緒が苦手なだけなんだろうか。

 下手に濁しても央ちゃんには通用しない。央ちゃんはもうこの玄関から一歩も動く気はないようだし。あたしにはこの頑固な岩を動かせるほどの力も技量もない。

「ねえ央ちゃん。あたし、失恋しちゃったみたい」
「えっ、失恋?」
「うん。失恋」

 央ちゃんを家の中に招き入れた。誰もいない部屋は冷房器具の音だけが響いていて、央ちゃんは表情を固くしたまま椅子に座った。どうぞどうぞと麦茶を出してあげたら、一気飲みしてしまった。

 央ちゃんがひと息ついたところで、あたしは昨日のことを話した。さっきまで食事が出来なくなったり、ベッドに潜り込んだりするほどだったのに央ちゃんの前では映画のあらすじでも話すように淡々としている。央ちゃんの前だから気を張っているのかもしれないけど、そんな自分が不思議だった。

 話を終えた瞬間にどこからともなく重い空気がせり上がってきて、あたしの口から外へ出ていく。それと同時に頭が重くなって、神様に祈るように組んだ両の手でそれを支えた。
 あんなに聞きたがったあたしの話に対して、央ちゃんは何も言わない。仕方がない、この話には情報量が多すぎる。

「あの……この前から薄々感じてはいたんだ……梅は、その、恋愛対象が女だって」
「あ、うん……あたしも先輩に会うまでは知らなかったけど」
「うん……あー、ごめん。俺さ、梅のこと何でも知ってる気になってたんだ。ずっと誰よりも一緒だったって思ってたのにさ、梅は俺の知っている梅じゃないみたいだ」

 央ちゃんはいつもあたしの目を見て話すのに、今の央ちゃんは右手で頭を支えながらテーブルの木目ばかりを見ていた。

 逆の立場で考えてみたらあたしも央ちゃんみたいなリアクションを取ってしまうかもしれない。あたしも央ちゃんも互いのことは全部分かってるんだっていう自負のもと、これまで仲良くしてきたんだから。
 あたしは央ちゃんを裏切ってしまったような気分になった。無意識に謝ったら央ちゃんはゆっくりと首を横に振った。

「ああ、俺がへこんでる場合じゃないよな。俺は……梅の話を聞いて、元気づけるんだから。それが……まあ、親友の役割だし」

 央ちゃんはぱちんと自分の両頬を叩く。いきなりそんなことをするので、あたしも一瞬肩をびくっと強張らせた。

「んで、梅。その先輩からはさあ、何も返事がないわけじゃん?」
「うん。バイバイって言われただけ」
「じゃあ、失恋とは限らないだろ。それに先輩はレズ……じゃない、女の人が好きかどうかってことも答えをもらってない。何も分かんない状態で決めつけるのはよくないと思うんだ」

 ──そういうものだろうか。

 桜田先輩は優しいからそうしなかっただけ。やんわりとお断りをしたんではないかと思っていたけど。

「はっきりと答えをもらわなきゃ……諦めつかないだろ。まずは先輩から答えをもらおうよ。それでも、完全に振られたら……」
「振られたら?」
「……俺がファミレスでパフェおごってあげる。一番でかいやつ」
「何それ」

 央ちゃんなりの気遣いが今のあたしには嬉しかった。振られても、そうじゃなくてもあたしにとって心地いい道を準備してくれる。親友ってそこまでしてくれるんだろうか。いや、きっと央ちゃんだからだ。

 目がじわじわと潤んできた。やっと身体の力が抜けていったんだろう。央ちゃんが戸惑っていることはよく分かっていたけど、あたしから溢れる粒のひとつひとつがテーブルを濡らして染みになる。それに伴ってあたしからはなんとも情けない声だけが漏れていった。
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