廃墟ビル、屋上にて/ネットカフェ、個室にて

文字数 3,233文字

『廃墟ビル、屋上にて』

「繁華街と歓楽街の違い分かる?」

廃墟のビルに忍びこんで、剥き出しの屋上。フェンス越しで。

「あの川を挟んで、あっちが繁華街、そんであっちが歓楽街」

彼女が指差すどちらの通りも、同じようにネオンで滲み、沸いていた。

「繁華街はキラキラ。歓楽街はギラギラしてるでしょ?」

「ってかさ」

「うん?」

「なんでウサギのぬいぐるみ抱いてんの?」

「こうしてたらメンヘラっぽいでしょ? ホストのキャッチとか、水商売の勧誘に遭わないの」

「なるほどなぁ」

SNSで知り合った。彼女から返ってくる一行短文DMでなんとか繋がっていた。

リアルな交流は苦手だった。まるで大縄跳びだ。割って入るタイミングが分からない。

「どっちも同じアーケードの下なのにね。群れる人間が違い過ぎる。歓楽街ではリアルをリアルに、生々しく生きてる。欲望に素直だ。繁華街ではリアルをリアルっぽく生きてない。なんとなく、ぼんやりしてるよね。口癖がこんなもんかと、まぁいっか」

「質問ばっかりでごめんなんだけど、なんでそんなに詳しいの?」

「決まってんじゃん。夜の街で生きてるから。十六で不登校、十七でメイドカフェ。十八に家出先から卒業式行った」

「今は?」

「接客業。マッサージ師」

「意外としっかりしてんだね。資格とか取って?」

「資格なんていらないよ。客の背中にオイル塗りたぐるだけだから」

「えっ?」

「ナース服とか、体操着、園児服着てね」

「あらら」

「まぁ、時々、勘違いしてキモい要求してくる客も居るけどね。でも、偉いでしょ? 身体は売ってないよ」

「うーん。この街で独り生きてんのは偉いかも。僕が実家にこもってアニメ動画観てる最中、君は働いてるんだもんね」

「どっちが有意義に生きてるかな?」

彼女の長い黒髪は街に吹く風になびき、僕のもとへと匂いを運んだ。
そのフレームの細い眼鏡もプラスに働いている。

失礼だが、ちゃんとした女の子に見えてしまう。こういう子に限って普通に煙草吸うんだろうなぁ。

「まぁ、どっちにせよ。この世界からはじかれたモン同士かぁ」

「はじかれたの?」

「うーん。きっと、はじかれた。そんでこの街に流れ着いた」

「僕は、ただ、馴染めなかっただけ」

「それをはじかれたって言うのよ」

「君には居場所がある」

「居場所って、もしかして、この街?」

「違うの?」

「あなたは?」

「えっ?」

「居場所だよ」

「僕の世界は五畳。実家にある鍵をかけた部屋。友達は合法の薬と、安い酒」

「似たようなもんだね、私と」

「えっ?」

「認めたくないけど」

「どこらへんが?」

「どこらへん? きっとここらへん」
そう言って彼女は自分の心臓を指差した。

「似ても似つかないよ。実は僕、虐められてたんだ」

「でしょうね」

「失礼だな」

「失礼? 丁寧よりマシでしょ」

「そうでもないよ。理不尽な理由で虐められた。地味だとか、無口だとかで。あんな悔しいことなかった。かっこ悪くてさ。許せないんだろうなぁ、虐めた奴等を。多分、一生」

「見返してやんなよ」

「えっ?」

「火ある?」

「ひ?」

「ライターだよ」

「やっぱり煙草吸うんだ」

「ごめん、火ついたわ」

ネオンは滲んでいた。灯りをただ眺めた。
いかにも夢だとか、希望とかありそうに煌めく。
ただ言えるのは、物語がある、事情がある、煩悩がある。

なんて綺麗なんだろう。

煙草の煙は浮かんで、僕等の頭の上に漂う。
ゆらゆら揺れて薄まり、誰も知らない街の空へと消えてった。
火は彼女の口元で、灯るように燃えてはまた弱まる。
君の肺を汚しはするが、心まですすけてしまわないために。
まるで蛍火みたいで綺麗だ。

「私が生きれるセカイはどこなのやら」

「ここだって、あそこだって、同じセカイだ。僕等も生きてるよ。このセカイで」

「ねぇ、ファンタ青リンゴ味持ってる?」

「持ってるわけないじゃん。そんなピンポイントに」

「残念だったね。間接キス逃して」

星のない空を見上げた。

「……そうかもね」
END


『ネットカフェ、個室にて』

「なんで」

「うん?」

「なんでネカフェ?」

「だって寒いじゃん」

「いや、そうだけど」

「まぁ、この街じゃ夏でも長袖だけどね」

「なんで?」

「腕なんて出したら、リストカットか、タトゥー、良くてキスマークがこんにちは」

「なーるほどね」

「もしかしてヤレるとでも思った?」

「いや、そんな、まさか」

「しかたないなぁ」

「えっ?!」

「観ても良いよ。アダルトサイト。楽園チャンネル」

「観るわけないじゃん」

「今、ちょっとさ、期待してたでしょ?」

「違うよ、ほんとマジで」

「今、気づいた」

「何に?」

「私達って、友達の作り方知らない」

「なんだよ急に」

「距離の取り方とか、近づき方とか」

「急に耳が痛い」

「みんな学んで大人になるはずなの。中学では中学なりの付き合い方。高校では高校なりの付き合い方」

「だとしたら、なにひとつ学ばずに大人になったなぁ。引きこもりの僕は」

「どうせあなたは内弁慶ってクチ。母親をクソババアとかって罵ってんでしょ?」

「いや、別に。否定はしないけど」

「まぁ、多かれ少なかれ人には多面性がある。ここで見せてる一面は氷山の一角」

「だとしたら見てみたいかも。君の違う一角を。二角目を。いや、全然変な意味じゃないよ。全くもって」

「直ぐに予防線張るから余計変な意味に聞こえてくんだよ」

「いやいや。そういう君こそ親に酷いこと言ってんじゃないの? そんで家出したとか? そんな気する」

「残念でした。酷いことどころか、親と話すらしてません」

「えっ?」

「パパは忙しくて家に帰って来ない。ママは私との関係に疲れて鬱状態。育児放棄って言うヤツを受けてたの私。小さい頃から。まともに会話したことがないんだ両親と。透明人間として扱われてたからさ」

「透明人間。両親は君の姿形が見えてないのか?」

「だからさ、愛だの夢だの安っぽい言葉並べたヒット曲聴いたら正直虫唾が走る。そういうキラキラした言葉に慣れてないからさ」

「分からなくも、ない、それ。青春物も恋愛物もSF映画みたい。架空の遠い国の話」

「子供作ったんなら責任持ちなさいよ。親なんだからって。何度思ったことか。大人になったつもりだけど、まだ許せてないんだ。憎んでるどっかで。水に流そうとしても無理みたい」

「そう言えるだけで充分大人だと思うけどね」

「トイレの貼り紙ね。トイレットペーパー以外の物を流さないでください。水詰まりの原因になります。ママとの記憶は吐き捨てたガム」

「水に流す、かぁ。クラシアンを待ってんだ。許して忘れて楽になるために」

「今、気づいた」

「えっ?」

「私たちの会話って、周りの人が聞いてたら異様なのかな?」

「かもね。ってか、そうだね」

「いまさらなにやってんだろうね。ネット使って友達作りなんて」

「でも、確かに学校じゃないと出逢えない人もいっぱい居るけどさ。ネットじゃないと繋がれない人も居るよ」

「えっ?」

「だってさ、あの鍵のかかった五畳の部屋と、廃棄ビルの屋上から見たあの街が繋がったんだよ」

ドリンクバーの受け皿は甘い香りを放ち、ねちっこく汚れている。

自分が用済みになれば、後はお構いなし。次にジュースを注ぎに来る人間の顔すらチラつかない。

自分のモノではないモノに興味なし。次使うヤツが自分なら。想像ひとつでセカイは変わるはず。

壁に掛けられたコートに毛布。足元へ乱雑にならぶブーツやスニーカー。

キャリーバッグにはシワを作る洋服が詰め込まれている。

一夜の寝床にするために入ったはずの個室。一度根が生えたなら抜けられず。いつしか住処に。

自分以外全て見ず知らずの他人という空間に生活臭が入り混じり、空気は重苦しかった。

そこには闇があった。
「あのさ……。」

「うん?」

「僕達が許せないのって誰かじゃなくて、自分自信なのかもね」

「……。」

「もっと早く友達付き合い知ってたら、私だって」

「違う。もっと早くはあったとしても、もう遅いはない。絶対ない」

「えっ?」

「僕達は友達になれる」

「いや」

夜が萎れてしまう前に。
「なんで?」

「もうなってる」
END
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