第17話 生検は……?
文字数 1,487文字
翌日は朝から雨だった。倅三が病院へと向かうころには本降りで、大きな傘を差して出た。
正午前、初が乃津麻と病院の自動ドアをくぐると、吹き抜けのロビーは普段の喧騒が嘘のようにがらんとしている。ゴールデンウィークの平日ならではの光景だ。
初は活気がほしかった。これから大事な検査結果を聞くのだ。人をかきわけロビーを進むいつもの混乱が必要だ。そんなエネルギーでもなければ、話の重さに押しつぶされる気がした。
いつものざわざわを身に纏い、重い話も跳ね返てしまいたい。面会から会計までいちいち待たされる病院が、今日に限って閑散としているのが恨めしくなる。
検査を終えロビーにいた倅三は、初と乃津麻を見つけると軽く手を挙げた。
「どうする? まず飯だろう。腹が減っては戦ができんからな」
「そうだね。お父さんはなにが食べたいの? 病院の中においしいものはある?」
「いつもお父さんはパスタを食べるのよ」
乃津麻なんでも知っていると言いたげだ。
「コーヒーショップでスパゲッティを食べるんでしょ、お父さん。あそこのトマトソースが好きよね、ナスが入っているやつ」
得意げに相槌を求めるが、倅三は聞いていないふりだ。
「レストランにラーメンがあるんだよな」
「お父さんは……」
「お母さん、今日、お父さんはレストランでラーメンが食べたいみたいよ。そうでしょ、お父さん?」
倅三は否定しない。流れがラーメンに行くのをただ待っているようだ。
「レストランって、どこ? 行ったことあったかしら。どうせおいしくないだろうけれど」
「ほら、コンビニの隣の、いつもすっごく人が並んでいるところ。わかる?」
「ああ、あそこ。お父さん、そこにするの? 今日はラーメンでいいのね?」
乃津麻がしつこく念を押し、それを合図に三人はレストランに向かった。
席数が少なく普段は混んでいる店はガラガラだった。うどん、そば、ラーメン、パスタ、ピラフ、カレー、サンドイッチ……。レストランをうたってはいるが、和洋中なんでもありの軽食屋だ。
窓際に席を取り、ウエイターに食券を渡す。雨はもう小降りだ。大きな窓のある部屋はまぶしいほど明るい。
間もなく運ばれた醤油ラーメンを、待ちかねた倅三が一口すすった。
「あまりうまくないな」
顔を上げて半分笑う。
「そんなにお腹はすいていないわね。でも食べておかないと」
乃津麻は温かいかけ蕎麦にのろのろと箸をつける。
空腹を感じないのは初も同じだ。刻んだのりとキノコが乗った味のない和風パスタを、無理やり口に押し込んだ。
いつになく神経を使っているせいか、初は夜、あまり眠れない。そのせいか食欲が遠のいている。
あまりうまくない、とけなしながらも倅三は、ウキウキと箸を動かした。どんぶりを傾け、つゆまで飲み干そうとしているのが救いだ。
食事を終え、コーヒーショップに寄るころには、初の手は冷えていた。検査の結果を聞くことへの緊張だろう。
午後一番で予約の倅三が診察室から呼ばれたのは、一時ちょうどだった。
「今日は待たされないのね。大病院もやればできるのよ。これからは時間厳守でお願いします、って言ってやろうかしら」
気難しい乃津麻が軽口を叩いて診察室のドアを開けた。
机を挟んで将加医師の正面に倅三が座る。初と乃津麻は今度も部屋の隅に控えた。
すい臓がんかもしれない、と説明を受けたのは半月前なのに、随分経った感じがする。
医師はテキパキと始めた。
「まずは入院していただいた生検です。内視鏡は入れましたが、針は刺しませんでした。つまり、生検はしていません」
一体なにがあったのか。
初には行方が読めなかった。
正午前、初が乃津麻と病院の自動ドアをくぐると、吹き抜けのロビーは普段の喧騒が嘘のようにがらんとしている。ゴールデンウィークの平日ならではの光景だ。
初は活気がほしかった。これから大事な検査結果を聞くのだ。人をかきわけロビーを進むいつもの混乱が必要だ。そんなエネルギーでもなければ、話の重さに押しつぶされる気がした。
いつものざわざわを身に纏い、重い話も跳ね返てしまいたい。面会から会計までいちいち待たされる病院が、今日に限って閑散としているのが恨めしくなる。
検査を終えロビーにいた倅三は、初と乃津麻を見つけると軽く手を挙げた。
「どうする? まず飯だろう。腹が減っては戦ができんからな」
「そうだね。お父さんはなにが食べたいの? 病院の中においしいものはある?」
「いつもお父さんはパスタを食べるのよ」
乃津麻なんでも知っていると言いたげだ。
「コーヒーショップでスパゲッティを食べるんでしょ、お父さん。あそこのトマトソースが好きよね、ナスが入っているやつ」
得意げに相槌を求めるが、倅三は聞いていないふりだ。
「レストランにラーメンがあるんだよな」
「お父さんは……」
「お母さん、今日、お父さんはレストランでラーメンが食べたいみたいよ。そうでしょ、お父さん?」
倅三は否定しない。流れがラーメンに行くのをただ待っているようだ。
「レストランって、どこ? 行ったことあったかしら。どうせおいしくないだろうけれど」
「ほら、コンビニの隣の、いつもすっごく人が並んでいるところ。わかる?」
「ああ、あそこ。お父さん、そこにするの? 今日はラーメンでいいのね?」
乃津麻がしつこく念を押し、それを合図に三人はレストランに向かった。
席数が少なく普段は混んでいる店はガラガラだった。うどん、そば、ラーメン、パスタ、ピラフ、カレー、サンドイッチ……。レストランをうたってはいるが、和洋中なんでもありの軽食屋だ。
窓際に席を取り、ウエイターに食券を渡す。雨はもう小降りだ。大きな窓のある部屋はまぶしいほど明るい。
間もなく運ばれた醤油ラーメンを、待ちかねた倅三が一口すすった。
「あまりうまくないな」
顔を上げて半分笑う。
「そんなにお腹はすいていないわね。でも食べておかないと」
乃津麻は温かいかけ蕎麦にのろのろと箸をつける。
空腹を感じないのは初も同じだ。刻んだのりとキノコが乗った味のない和風パスタを、無理やり口に押し込んだ。
いつになく神経を使っているせいか、初は夜、あまり眠れない。そのせいか食欲が遠のいている。
あまりうまくない、とけなしながらも倅三は、ウキウキと箸を動かした。どんぶりを傾け、つゆまで飲み干そうとしているのが救いだ。
食事を終え、コーヒーショップに寄るころには、初の手は冷えていた。検査の結果を聞くことへの緊張だろう。
午後一番で予約の倅三が診察室から呼ばれたのは、一時ちょうどだった。
「今日は待たされないのね。大病院もやればできるのよ。これからは時間厳守でお願いします、って言ってやろうかしら」
気難しい乃津麻が軽口を叩いて診察室のドアを開けた。
机を挟んで将加医師の正面に倅三が座る。初と乃津麻は今度も部屋の隅に控えた。
すい臓がんかもしれない、と説明を受けたのは半月前なのに、随分経った感じがする。
医師はテキパキと始めた。
「まずは入院していただいた生検です。内視鏡は入れましたが、針は刺しませんでした。つまり、生検はしていません」
一体なにがあったのか。
初には行方が読めなかった。