第13話 会敵
文字数 2,312文字
日も沈み暗さを増してくる。野営地では明かりがちらほらとともりだしていた。
ユウトは野営地の隅にある自身のテントへ晩飯を持って帰ってくる。簡素で小さく雨風を遮る程度のテントだったが見ず知らずの土地において唯一の自分だけのスペースは心のよりどころとなってユウトに安心感を与えていた。
一息つけるとテントに近づこうとしたとき、ユウトは身の毛がよだつ。
朝に感じた強烈な殺気がユウトの踏み出す脚を一瞬止めた。
その瞬間。目の前のテントが横なぎに吹き飛びバラバラになる。ユウトには何が起こったのかまるで判らず後ろへ大きくよろけるように後ずさった。
テントのあった場所に黒い大きな塊がうごめいている。
赤く輝く二つの眼、耳、四つ足、尻尾を持つ獣。
一見そのシルエットは虎やヒョウのように見えた。しかしそれはユウトの知識をはるかに超えて大きい。まるで馬のように大きい。
加えて全身の黒々した毛が波打ち輪郭をぼやけさせ得体の知れなさを強調している。
その獣はユウトへむき出しの殺意を向けてきている。迷いなく、躊躇を見せない殺意にはガラルドたちとはまた違う機械的な冷たさがあった。これは今朝感じた殺意の感覚と同じものである。
異質な殺気を間近にあてられ、ユウトは脚がすくんでしまう。
止まってはいけないとわかっていても体が硬直して言うことを聞かない。
獣はグッとかがむ。バネを押し込み圧力を溜めるようだった。
今、そのバネがはねようとした瞬間を狙って何かが獣めがけて投げつけられた。それは獣に当たると勢いを失いそのまま地に落ちて静止する。それがナイフであることがやっとわかった。
「バカ!何を止まってるの!」
後ろから聞こえてきたのはレナの声だった。
獣は出鼻をくじかれ飛び出すことができない。
さらにナイフが数本投げつけられる。そのうちの一本が獣の眉間に向けて飛んでいく。そしてそのナイフは何か固いものに当たるように弾かれた。
傷を負わせることはなかったようだが獣の注意は一瞬それる。そのおかげかユウトは身体の硬直が緩んだ。
ユウトは獣から距離を取ろうと身体は獣に向けたままゆっくりと後ずさる。横にレナが見えるところまで何とか距離をとる。
「こいつは何なんだ?よく会うのか?」
「これは明らかに魔獣だけどこんなの初めてみる。魔物払いと察知の魔術柵を越えてくるなんて」
レナはいつもならユウトに対して向ける嫌悪感を出す余裕もないくらい目の前の魔獣に全神経を向けている。
「あたしはあとナイフが二本よ。あんたは武器はある?」
「ああ。ガラルドに貸してもらったショートソード一本だけど」
この異常事態にユウトは手に持っていたショートソードの鞘を抜いて構えた。それをちらっと確認したレナは驚く。
「それ、魔剣じゃないの!」
初めて抜いた剣の刀身の刃は紫の蛍光色にうっすらと光を放っている。
「使い方はわかってる?」
レナの反応にユウトも驚く。
「いや、オレは知らないぞ!」
「刃を伸ばせと念じれば魔力の刃が発現するらしいけど、よくわかんない」
レナがチッと小さく舌打ちしたのをユウトは聞き取ったがどういう意味なのかはあえて問わなかった。
ユウトとレナが会話している間にも獣はじりじりと間を詰めてきている。
「ここには非戦闘員もいる。まずはこいつをここから遠ざけないと」
レナの言葉には焦りが見える。レナの装備は十分ではなく本来の戦闘用でないとユウトは気づいた。ナイフ二本ではこの魔獣をどうしようもできない。
「オレがこいつを引きつける。その間に人と装備を整えてくれ」
ユウトは提案する。
その提案を聞いてレナは一瞬黙ったのち
「・・・わかった」
小さく答えた。ユウトにはレナの顔は見えなかったが発する声色から渋い顔をしているだろうなと容易に想像できる。
レナにとってはこんなゴブリンの姿をした奴に借りを作るのは気分が悪いだろうがこれが一番被害が少ないだろうとユウトは考えていた。
得体のしれない敵に対して自身のような嫌われものを捨て駒にして時間を稼ぐことが最も被害が少なくすむとユウトは考えた。
同じようなことを考えたはずのレナがそれを言い出さず、ユウトの提案に対して一瞬でも躊躇したことにレナはやさしい娘だなとユウトは思う。
それにこの魔獣はユウト自身しか見ていないというのをユウトはうすうす感じていた。
「三つ数えたらナイフを投げてくれ。それと同時にアイツにしかける。オレに注意を向けさせ森に逃げ込んで時間を稼いでみる」
ユウトの提案に対してレナはすぐにわかったと返事を返す。
「1、2、3、行くぞ!」
ユウトの掛け声とともにナイフが放たれる。獣はナイフの軌道に目線が一瞬奪われ、その隙を逃さずユウトは獣に向かい駆けた。
駆け寄るユウトを獣は捉えて噛みつくような動作を見せる。ユウトへその牙のようなものが到達しそうになったタイミングで二本目のナイフが獣の顔へ浴びせられた。
ナイフのダメージはなさそうだったがユウトが牙をかわすには十分な妨害に魔獣に隙が生まれる。ユウトはそのまま魔獣の横をすり抜け、すり抜けざまに切り付けた。
慣れない動きに加え緊張からダメージを与えられるほどの力強さはない。毛のようなモノがいくらか舞った程度だった。
だが獣の殺意はより強く指向性を持って向けられたことをユウトは感知する。
そのまま闇の広がる森の中へ入っていく。走りながら後方を見ると魔獣はレナに目もくれずユウトへまっしぐらに走り出していた。
最悪は回避されたとユウトは一時の安堵感と達成感を得る。しかしその感覚は一瞬にして木々に遮られて消えていく野営地の明かりのように消えていった。
ユウトは野営地の隅にある自身のテントへ晩飯を持って帰ってくる。簡素で小さく雨風を遮る程度のテントだったが見ず知らずの土地において唯一の自分だけのスペースは心のよりどころとなってユウトに安心感を与えていた。
一息つけるとテントに近づこうとしたとき、ユウトは身の毛がよだつ。
朝に感じた強烈な殺気がユウトの踏み出す脚を一瞬止めた。
その瞬間。目の前のテントが横なぎに吹き飛びバラバラになる。ユウトには何が起こったのかまるで判らず後ろへ大きくよろけるように後ずさった。
テントのあった場所に黒い大きな塊がうごめいている。
赤く輝く二つの眼、耳、四つ足、尻尾を持つ獣。
一見そのシルエットは虎やヒョウのように見えた。しかしそれはユウトの知識をはるかに超えて大きい。まるで馬のように大きい。
加えて全身の黒々した毛が波打ち輪郭をぼやけさせ得体の知れなさを強調している。
その獣はユウトへむき出しの殺意を向けてきている。迷いなく、躊躇を見せない殺意にはガラルドたちとはまた違う機械的な冷たさがあった。これは今朝感じた殺意の感覚と同じものである。
異質な殺気を間近にあてられ、ユウトは脚がすくんでしまう。
止まってはいけないとわかっていても体が硬直して言うことを聞かない。
獣はグッとかがむ。バネを押し込み圧力を溜めるようだった。
今、そのバネがはねようとした瞬間を狙って何かが獣めがけて投げつけられた。それは獣に当たると勢いを失いそのまま地に落ちて静止する。それがナイフであることがやっとわかった。
「バカ!何を止まってるの!」
後ろから聞こえてきたのはレナの声だった。
獣は出鼻をくじかれ飛び出すことができない。
さらにナイフが数本投げつけられる。そのうちの一本が獣の眉間に向けて飛んでいく。そしてそのナイフは何か固いものに当たるように弾かれた。
傷を負わせることはなかったようだが獣の注意は一瞬それる。そのおかげかユウトは身体の硬直が緩んだ。
ユウトは獣から距離を取ろうと身体は獣に向けたままゆっくりと後ずさる。横にレナが見えるところまで何とか距離をとる。
「こいつは何なんだ?よく会うのか?」
「これは明らかに魔獣だけどこんなの初めてみる。魔物払いと察知の魔術柵を越えてくるなんて」
レナはいつもならユウトに対して向ける嫌悪感を出す余裕もないくらい目の前の魔獣に全神経を向けている。
「あたしはあとナイフが二本よ。あんたは武器はある?」
「ああ。ガラルドに貸してもらったショートソード一本だけど」
この異常事態にユウトは手に持っていたショートソードの鞘を抜いて構えた。それをちらっと確認したレナは驚く。
「それ、魔剣じゃないの!」
初めて抜いた剣の刀身の刃は紫の蛍光色にうっすらと光を放っている。
「使い方はわかってる?」
レナの反応にユウトも驚く。
「いや、オレは知らないぞ!」
「刃を伸ばせと念じれば魔力の刃が発現するらしいけど、よくわかんない」
レナがチッと小さく舌打ちしたのをユウトは聞き取ったがどういう意味なのかはあえて問わなかった。
ユウトとレナが会話している間にも獣はじりじりと間を詰めてきている。
「ここには非戦闘員もいる。まずはこいつをここから遠ざけないと」
レナの言葉には焦りが見える。レナの装備は十分ではなく本来の戦闘用でないとユウトは気づいた。ナイフ二本ではこの魔獣をどうしようもできない。
「オレがこいつを引きつける。その間に人と装備を整えてくれ」
ユウトは提案する。
その提案を聞いてレナは一瞬黙ったのち
「・・・わかった」
小さく答えた。ユウトにはレナの顔は見えなかったが発する声色から渋い顔をしているだろうなと容易に想像できる。
レナにとってはこんなゴブリンの姿をした奴に借りを作るのは気分が悪いだろうがこれが一番被害が少ないだろうとユウトは考えていた。
得体のしれない敵に対して自身のような嫌われものを捨て駒にして時間を稼ぐことが最も被害が少なくすむとユウトは考えた。
同じようなことを考えたはずのレナがそれを言い出さず、ユウトの提案に対して一瞬でも躊躇したことにレナはやさしい娘だなとユウトは思う。
それにこの魔獣はユウト自身しか見ていないというのをユウトはうすうす感じていた。
「三つ数えたらナイフを投げてくれ。それと同時にアイツにしかける。オレに注意を向けさせ森に逃げ込んで時間を稼いでみる」
ユウトの提案に対してレナはすぐにわかったと返事を返す。
「1、2、3、行くぞ!」
ユウトの掛け声とともにナイフが放たれる。獣はナイフの軌道に目線が一瞬奪われ、その隙を逃さずユウトは獣に向かい駆けた。
駆け寄るユウトを獣は捉えて噛みつくような動作を見せる。ユウトへその牙のようなものが到達しそうになったタイミングで二本目のナイフが獣の顔へ浴びせられた。
ナイフのダメージはなさそうだったがユウトが牙をかわすには十分な妨害に魔獣に隙が生まれる。ユウトはそのまま魔獣の横をすり抜け、すり抜けざまに切り付けた。
慣れない動きに加え緊張からダメージを与えられるほどの力強さはない。毛のようなモノがいくらか舞った程度だった。
だが獣の殺意はより強く指向性を持って向けられたことをユウトは感知する。
そのまま闇の広がる森の中へ入っていく。走りながら後方を見ると魔獣はレナに目もくれずユウトへまっしぐらに走り出していた。
最悪は回避されたとユウトは一時の安堵感と達成感を得る。しかしその感覚は一瞬にして木々に遮られて消えていく野営地の明かりのように消えていった。