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文字数 4,252文字

 国際テロ組織の計画を未然に防いだ俺は事件の報告書をボスに提出した。
「今回もお手柄だったね」
 俺は国際警察特別室の秘密諜報部員である。警察が表立って動けない案件でも秘密裏に処理をしている。
「さっそくで悪いのだが次の指令だ」
 やれやれ、休む間もなしか。
「今度、異世界でサミットをやることは知っているな?」
「異世界って何ですか!? どこですかそれ? 初めて聞きましたよ!」
「その異世界から応援要請が来ている」
 異世界の謎はスルーかよ……。
「先方は口の堅い男性をご希望だ。君が適任だと思う」
「分かりました。任務とあれば何でもこなします。でも異世界ってどうやっていけば?」
「よし、じゃあついてきてくれ」
 地下駐車場へと行くと、そこには一台のトラック。
「これで、異世界に行ってもらう」
「乗り心地が悪そうですね」
「乗らないから大丈夫だ」
「えっ? 乗らずにどうするんですか?」
「こうするのだよ」
 ボスが指をパチンと弾くとトラックが動き出した。
「そこに立って、じっとしてろ」
 一旦離れたトラックが助走をつけて走ってくる。
「えっ、えっ、ちょっと!」
 トラックはそのまま俺に衝突し、俺は弾き飛ばされてしまった。
「……いてててて」
 暖かな日差しと水の匂い――。気がつくとそこは地下駐車場ではなくなっていた。
「日本からの応援の方ですね。お待ちしておりました」
「ここは……いったい?」
「ここは異世界です。私は異世界観光協会の部長です」
「何も聞かされずに異世界に飛ばされてきたのだが、俺はいったい何をすれば?」
「異世界でサミットが開かれることはご存知ですね?」
「ああ」
 さっきボスから聞いただけだが。
「異世界サミットでここが注目されてしまい、困った問題が発生したのです」
「テロの予告とかですか?」
「いや違います。実は、この異世界にはシマ湖という湖があって、観光地の一つとなっているのです。
 更に目玉なのが、シマ湖の淡水貝アワヴィを素潜りで獲る湖女(こめ)という女性なのです。
 ところが湖女(こめ)を大々的に宣伝したところ、性的にまなざす人たちが出てきたのです」
 〝性的にまなざす〟という言い回しがよく分からなかったが、きっと異世界の言葉と日本語と微妙に違うのだろう。
「性的にまなざす人たちのせいで、湖女(こめ)たちが伝統的な衣装でアワヴィ獲りをすることを拒みまして……。
 某団体からも女性に湖女着(こめぎ)を着せてアワヴィ獲りさせるのはセクハラだと言われまして……。
 このままだと、せっかくサミットで世間の注目を集めているのに伝統漁を披露することができないのです。
 そこで……女性に湖女着(こめぎ)を着せるのがダメなら、男性に着させるのは問題ないだろうと」
「ま、まさか、俺が変装して湖女(こめ)になれと?」
「いや、いくら変装しても濡れた湖女着(こめぎ)一枚の下はすぐ肌が透けて見えるので男のままではすぐバレてしまうでしょう。
 そこで、魔法を使ってあなたには女になってもらいます」
「えっ!? 意味が分からないのですが」
「えいっ! トランスフォーム!」
 観光協会の部長さんが持っていた杖から光が飛び出し、俺を包んだ。
 俺の身体はみるみる女体化していった。
「どっからどう見ても女性ですね。私、人に形態変化魔法かけるの得意なんです」
「ちょ、ちょっと、どういうこと? 元に戻して」
「サミットが終わったら元に戻しますので。それまではアワヴィ獲りの方をよろしくお願いします」
 こうして俺は、異世界サミットが終わるまで女性として暮らしていくことになった。

 シマ湖の中心には〝賢者の島〟と呼ばれる島がある。サミットはここで開催される。
 アワヴィ獲りを行う場所は、この賢者の島にある。異世界に観光に訪れた人たちに向けて、アワヴィ獲りの実演が日に数回行われる。
 シマ湖の名物アワヴィは淡水貝である。平べったい形状で二枚貝の片方が無いような貝だが、実は巻貝である。巻貝が尖らずに平べったい状態なのである。
 湖女(こめ)の仕事は、湖の中で岩に張り付いているアワヴィを素潜りで獲ってくるのである。
 その時の恰好は水中眼鏡をつけるが、ウエットスーツは着ない。パンツ一丁に湖女着(こめぎ)と呼ばれる白い服一枚のみだ。湖から出ると湖女着(こめぎ)が身体に張り付き、オッパイが透けて見えてしまう。そんな姿を性的にまなざす人たちにジロジロ見られ、写真を撮らされる。確かに湖女(こめ)さんたちがボイコットするのも分かる気がする。
 アワヴィの貝殻から出ている肉は唇のような楕円形をしている。肉は全体に赤みを帯びてプニプニとしている。肉の周りはブニョブニョのヒダで覆われている。獲ったばかりのアワヴィはヒクヒクと収縮を繰り返す。ヒダで覆われた内側には大小二つの穴がある。水から出した時に小さい方の穴からチョロチョロと水が吹き出ることがあるので出水管の一種なのだろう。
 古くからアワヴィは異世界神宮にも奉納されてきた縁起物だそうだ。〝神宮〟というからには宗教は神道に思えるが、きっとこれは異世界の言葉を日本語にしたときに概念の近い言葉に置き換えられているのであろう。異世界神宮は異世界イチのパワースポットであり、単に神宮と言えば異世界神宮のことを差しているのだという。異世界神宮では、毎年聖地巡礼する人が後を絶たないらしい。
 シマ湖では、アワヴィの他にサザウェという貝も獲れたらしいが、今はアワヴィだけしか獲れない。アワヴィも数が減っているため、異世界サミットの前日までは獲ったアワヴィは食べずに湖に戻す。観光客に見せるために獲っているだけだ。異世界サミットの当日は実際に獲ったアワヴィを各国首脳に振る舞うことになっている。
 貝の他には大きな異世界エビが獲れることもある。この異世界エビは高級食材として高値で取引される。
 異世界に来て数日が経ち、アワヴィ獲りにも慣れてきた。しかし、アワヴィ獲り仲間が一人もいないのは寂しい。それどころか、異世界に来てから一人も女性の姿を見かけない。みんなどこへ行ってしまったんだろう?
 今日、アワヴィを獲っていると地元の人らしいお爺さんに声をかけられた。
「アワヴィはここ数年獲れなくなったと聞いていたが、まだまだ獲れるみたいじゃの」
「ええ、獲れますよ」
 俺はタライにいっぱいのアワヴィを見せて言った。
「おや? そのアワヴィは赤い色をしてるんじゃな?」
「アワヴィって赤くないんですか?」
「わしが知っているアワヴィはもっと黒っぽかった気がするんじゃが……」
 このアワヴィは昔とは違う突然変異なのだろうか? 観光協会の部長さんに訊いてみよう。
 日の最終アワヴィ獲り実演が終了し、湖女(こめ)小屋で休憩していると観光協会の部長さんがやってきた。
「お疲れ様でしたー。いよいよ明日から異世界サミットが始まります。明日からは獲ったアワヴィは料理に出しますので湖に戻さないようにしてください」
「はい、分かりました。ところで、そのアワヴィですが、ここ数年獲れなかったって本当ですか?」
「ど、どこでそれを?」
 観光協会の部長さんが動揺している。経験上こういう場合は何かやましいことを隠している。秘密諜報部員としての俺のカンがアラームをあげている。
「アワヴィの色も昔は今のように赤くはなかったとか?」
「えっと、そ、それは……」
 絶対にクロだ。何か隠している。
 俺の頭の中で色々なキーワードがグルグルと回転を始めた。
 また獲れるようになったアワヴィ、消えた女性たち、形態変化魔法……。
 すべてが一本の線で繋がった。
「部長さん、形態変化魔法がお得意ですよね?」
「え、ええ」
「性別を変えるだけでなく、人間を他の動物に変えることもできたりしますか? 犬とか猫とか?」
「え、ええ、もちろんできます……」
「じゃあ、人間を貝に変えたりとかもできますか?」
 観光協会の部長さんが部屋から逃げようとした。すかさず腕を捕まえ逃げられないようにした。
「あのアワヴィは、ここの女性たちを形態変化魔法で貝に変えたものですね」
「……そう……です」
 危なかった、もう一日気づくのが遅かったら、彼女たちは食べられてしまうところだった。
「仕方がないんです。異世界サミットを成功させるには伝統のあるアワヴィ獲りを行うことが必須だったのです」
 なんてことだ。異世界のメンツを保つためだけに女の子を貝に変えてしまうなんて。
 俺は、観光協会の部長さんを湖へと連れ出した。
「さぁ、彼女たちを元に戻すんだ」
「……はい」
 観光協会の部長さんが呪文を唱えると湖の中から女性たちが姿を現した。
 これで一安心だ。
「このことは、お前の一存でやったのか? それとも誰かの指示なのか?」
「こ、これは頼まれて……」
「誰に頼まれたんだ?」
 トスッ。
 どこからともなく矢が飛んできて観光協会の部長さんの胸を貫いた。
「ぐはっ!」
 観光協会の部長さんは口から血を吐き、絶命してしまった。
 くそっ! 黒幕の正体を聞きだせなかった。

 翌日、異世界サミットが開催された。
 アワヴィ獲りの実演は、昔獲ったアワヴィの貝殻で誤魔化すことにし、各国首脳陣に出された料理は、アワヴィに似た触感を持つキノコ、エリングィで代用することにした。料理には異世界エビも出しているので異世界名物という看板には偽りはないだろう。
 なあに、秘密諜報部員の俺の口の堅さは一流だ。バレることはない。
 滞りなく異世界サミットが終了した。異世界サミットは成功したのである。これをもって俺の役目は終了した。
 役目を終えた俺は、眩い光に包まれ元の世界へと戻っていった。
「ご苦労だったな」
 今回の任務の報告書を書いている時にボスが肩を叩いてきた。
「何かと大変だったみたいだが、まぁなんだ。そう気を落とすな」
 異世界から戻った俺だが、身体は女性のままだった。観光協会の部長さんが魔法を解く前に死んでしまったからだ。
「どうだい、今晩一緒に食事でも?」
 今まで、そんなことは一度も口にしなかったボスが食事に誘ってきた。
 俺のアワヴィがヒクヒクと反応した。ボスのエリングィを欲しがっているようだ。
 今夜二人だけの秘密のサミットを開催する。

(了)
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