第3話

文字数 914文字

2人は日帰り温泉に赴き、温泉饅頭を食べた。ソフトクリームも買おうか、と話している時、不意にリョウが奈津の腕をつかんだ。
「おい、あれ……」
見ると、先ほどのシュウがいた――同い年くらいの少年たちに囲まれて。
あ、と思ったときには、後ろから1人の男の子がシュウの背中に跳び蹴りをくらわせた。買い出しを頼まれたのか、両手にビニール袋をぶら下げたシュウは情けなく前に突っ伏した。とりまきの少年たちがゲラゲラと下品な笑い声を上げた。
奈津とリョウは固まって動けなかった。リョウは怒りを覚えたらしい。奈津の腕をつかんだ手の力が強かった。「痛いよ」と奈津が小声で伝えると、リョウは我に返り、謝って手を離した。いじめっ子たちはいつのまにか散会し、いなくなっていた。

残されたシュウは、ビニール袋の中を確認していた。前髪で目元は見えないが、口元が引きつっている。
「おい、大丈夫か」
リョウが近づいて声を掛けた。奈津は驚いて後に従う。意外な恋人の行動に反応が遅れた。
「あぁ、さっきは」
シュウは表情をつくろって、2人を見上げた。奈津はキャンドルを連想した。彼の顔にポッと灯った明るさは幽かだった。
「恥ずかしいところを見られちゃいました」
照れくさそうに、シュウは自分からいじめのことを持ち出した。
「そんなことはいい。大丈夫かい」
「たいしたことないです。母には言わないでください。心配するので」
リョウは「言わないよ」と応えてビニール袋を一つ持ってやった。この人には、こういう優しさがあると、奈津は思った。

自然、申し訳なさそうにしているシュウと、3人で宿まで戻る格好になった。
「いじめじゃないか、あれ」
「前は別の人がターゲットだったんです」
同級生へのいじめは、蹴ったり叩かれたり物を隠されたりと他愛ないものだった。だが、その子があまりに辛そうだったのでシュウが「代わってあげた」という。一度彼をかばっただけで、いじめの標的は彼に移った。よくある話だ。
「まぁ、気にしないことだ。『あいつらガキだな』って哀れんでやるのがいい」
リョウは少年の背中を叩いた。精いっぱい考えた激励なんだろう。奈津は黙って、どう励ましたものか考えた。
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