第2話

文字数 14,525文字



その男の名は




 悪とは何か?

弱さから生じる

すべてのものである。

          ニーチェ



































 第弐窩【 架 】



























 「よっこらせ」

 「播磨、周防みたい」

 「俺をあんなおっさんと一緒にするな。まだ若くて良い男だろ」

 「自分で言わなければな。それにしても、随分と立派なもん作るな。どうせ俺達は入れないのに」

 「しょうがねぇだろ。これが思し召しだ」

 文句を言いながらも要となる建物を作り続けていた。

 普段の仕事とも両立しているのかと思えばそうではなく、こちらの方が金になるからと、みな農作業など後回しにして建設を優先していた。

 そのお陰か、以前よりも立派なお社、とまでは言わないが、それに近しいものが建った。

 その仕事が終わって褒美を貰うと、いつもよりも良い給金に、大いに喜んで大いにはしゃいでいた。

 ようやく村は元に戻り、平穏な日々が続くのかと思いきや、そうではなかった。

 雑賀たちは伊勢ら男たちを再び終結させる。

 「何事だ?」

 「また仕事か?」

 「また稼げるのか?」

 そんな男たちの会話を聞きながら待っていると、雑賀と段蔵、猪助がやってきて、男たちの前に仁王立ちする。

 何が始まるのかと思えば、雑賀はこんなことを言いだした。

 「風魔を攻める。必ずや攻め落とし、我等の力を見せつけてやるのだ」

 その言葉に、男たちはざわついた。

 これまでにも、何度も風魔を潰そうという話は出ていたのだが、ダラダラと先延ばしにしていたため、言っているだけかと思っていた。

 「風魔を落とすのですか?」

 「そう簡単にはいかんだろう」

 「風魔には恐ろしい男がいると聞いたことがあるぞ。敵うのか?」

 「どうして今更」

 ざわざわし出した男たちを黙らせ従える方法なら、ある。

 「金は払う」

 たったこの一言で、男たちは風魔を落とすのだといきり立った。

 雑賀たちは懐から小判を見せつけるようにして手に持って揺らせると、男たちはいとも簡単にその話を聞き入れた。

 「風魔は何処に?」

 「いつ決行ですか」

 ノリ気になってきた男たちは、いつその小判が貰えるのかと、早く早くと今度は自らその話に乗っかって行く。

 このタイミングで風魔を攻める理由は分からなかったが、断る理由はなかった。

 風魔の居場所もつきとめているというその地図を見せて説明をし、決行は早ければ早いほど良いという曖昧なものだったが、そう言われれば今すぐにでも行くというのが、ここの男たちだ。

 「見たか伊勢!あれが俺達のものになるんだぜ!?」

 「全部貰えるわけじゃないだろ」

 「ま、貰うのはワシだな。風魔には一度会うたこともあるし」

 「周防は加齢臭で居場所バレるだろ。俺はこの俊足で誰よりも先に首を取ってやるんだ」

 「播磨の足を折ってやろう」

 「相模、その口縫ってやろうか」

 バトルが始まりそうになったが、それをいつも止める役の伊勢は後ろの方にいたため、2人はなぜか風魔への移動中に喧嘩を始めた。

 その横を他の男たちがどんどん抜いていくものだから、ハッと冷静になった播磨はさっさと自分を追い抜いた男たちをさらに追い抜いて先頭に立つのだ。

 いつもなら先頭にいるはずの伊勢が後ろにいることに違和感を覚えた加賀が、スピードを落として伊勢の隣に来る。

 「どうした?乗り気じゃないのか?」

 「いや、そんなことは」

 「風魔に思い出でもあるとか」

 「思い出などない。何もな」

 「じゃあ、何?折角、風魔に行って風魔倒して大金を手に入れるチャンスなのに、浮かない顔してるのは何で?」

 「いつもこんな顔だ」

 「そうだ。ごめん」

 風魔の方に近づくにつれて、伊勢の中では何か嫌な予感がしていた。

 東西南北、様々な方角から風魔に向かっているのは良いとして、村の方を手薄にしてしまって良いのかと。

 とはいえ、風魔は攻められることなど知らないから、村が襲われる心配はないのだが。

 それに、いつも戦に出る時だって、こうして大勢で村を離れるのだ。

 やれやれと思っていると、何やら叫び声が聞こえて来た。

 こんなに早く見つかってしまったのは誰だと思っていると、伊勢はぴたり、とそこで止まった。

 同じように隣にいた加賀も止まる。

 「伊勢、これは・・・」

 「はめられたな」

 眼前に広がる光景は、風魔の人間に囲まれ、次々に殺されていく味方の男たち。

 各所から近づいたはずだが、この分では、きっとどこもかしこも同じような状況だろう。

 「どういうことだ?風魔に情報が漏れていたのか?だが、風魔への攻撃はついさっき決まったばかりのはずだ」

 「分からんが、現状を受け入れるしかない」

 「俺達も行こう」

 「いや、ここは一旦引きあげるんだ」

 「どうして・・・」

 「とにかく一旦引くんだ。みなに伝えろ」

 「わかった」

 「油断したな・・・」

 伊勢は加賀に引き上げさせるよう伝えると、1人先に村へと戻った。

 このことが風魔に知られていたとなると、もしかしたら大勢で風魔に向かったのはやはり間違いだったのか。

 村には酔い潰れてしまっている忍の男たちと、それから雑賀らだけだ。

 伊勢が急いで村に戻っている頃、先頭集団に追いついた加賀は、播磨たちの姿を見つけ、先程のことを伝えた。

 それは他の方向から攻めようとしていた男たちにも伝えられ、わずかな時間のその奇襲は、すぐさま引くこととなった。

 一方、風魔では、なぜいきなりあの男たちが襲ってきたのか分からずにいた。

 「偽りの情報かと思ったが、本当だったか」

 「はい。しかし、奴等、一体何のために来たのでしょう。それに、引き上げるのが早いかと」

 「壊滅を免れたか。信楽を呼べ」

 「はっ」







 「おいおいおいおい、嘘だろ」

 伊勢たちが村に到着すると、直したばかりのそこには、大きな炎が立っていた。

 ごうごうと燃え広がるその炎を眺めることしか出来ずにいると、村のはずれの方から、段蔵と猪助が顔を出した。

 「あ、生きてた」

 誰かがそう言ったが、みな聞こえなかったふりをする。

 「風魔の奴等か?」

 「いや、この場所は知らないはずだろ」

 「風魔かどうかは定かではないが、ここの居座るのは危険だ。別の土地に腰を据えることにする」

 唐突ではあったが、長年親しんできたその土地を棄て、新たな場所を開拓することとなった。

 「雑賀は?」

 「そういやいないな」

 いつもであれば、3人の中で1番前に出るはずの男の姿が見えず、男たちは辺りを見渡していると、段蔵が口を開いた。

 「雑賀は、死んだ。焼け死んだ」

 一瞬だけしん、となったが、それは悲しみとかではなく、単に驚きだろう。

 すぐに引っ越しをするということで、みな一度は自分の家に戻り、必要最低限のものだけをもって集まる。

 百姓の格好をした男たちは、夜な夜な別の村を目指して歩き始めた。

 山の中の険しい道を歩き進めると、村からさほど離れていない場所に、程良い土地のある村を見つけた。

 そこはすでに誰も住んでおらず、そこに新しい村を作ることになった。

 とはいえ、また一から作ることは簡単ではないが、男たちは金を見せられると、子供のようにはしゃいで創り出す。

 「あー、早く酒が飲みてぇなぁ」

 「酒も全部燃えたからな」

 「さっさと作って、また金貰って仕事して、だらだらしてぇなぁ」

 「周防は?」

 「周防なら、さっき子供たち連れて森のほうへ行ったよ。まるでおっさんが誘拐してるみたいな画だった」

 「ガキは何人死んだ?」

 「さあ?そもそも、何人連れて来た?」

 「さあ?しらね」

 そんな日常会話をしながらも、村はそれなりの形となった。

 完成すると、男たちはたちまち騒ぎ出し、これまで我慢していた酒を飲むんだと、一斉に大声を出す。

 どんちゃんどんちゃんと騒ぎは続き、かれこれ3日3晩、男たちは顔を赤らめながら、透明のそれを煽り続けた。

 そして明け方、誰よりも先に川へ行って顔を洗って戻ってきた伊勢に、目を瞑ったまま播磨が声をかけた。

 「もう夢から覚めたのか。まだまだ見足りねえってのに」

 「夢は覚めるものだ」

 「本当につまんねぇ奴だな。伊勢、お前一体何が楽しくて生きてんだ?酒も違う、金も違う、女も違う。なら、何だ?」

 「飯だな」

 「周防には聞いてねぇから」

 「ワシは酒と飯とあれば良い」

 「相模って酒飲む時包帯取ってないよな。どうやって飲んでるんだ?」

 「口には包帯してないから」

 「あ、起きてた」

 「加賀も起こせ。久々に俺達だけで飲もうぜ」

 播磨に言われたとおりに、相模は横ですやすやと寝ている加賀の身体を、これでもかと言うくらいに激しく揺さぶった。

 だから当然なのだが、加賀は起きたとき至極不機嫌そうにしていた。

 そんなことお構いなしに、播磨は次々に酒を注いでいき、何を祝しているのかは知らないが乾杯をする。

 「あー、美味ぇ」

 「五臓六腑に沁み渡るとはこのことよ」

 「周防、やっぱりおっさんだね。なんか隣にいるの嫌になってきた」

 「なんでだよ」

 「あーあ、また加賀寝ちゃったよ」

 再び横になって寝ようとしている加賀を起こそうと、相模は身体を揺さぶろうとしていたため、伊勢が止めた。

 「寝かせてやれ」

 「てか周防、酒くっさ!まじ?信じらんないくらい臭い」

 「そうか?これはフェロモンだ」

 「そんなくっさいフェロモンあってたまるかよ。大体、おっさんから臭いフェロモンが出てたらそれは加齢臭だ。若くて格好良い俺みたいな男から出てるのがフェロモンだから」

 「播磨、お前から出てるのはフェロモンじゃなくてただの体臭だ」

 「おっさんに言われたくねぇよ」

 「ひよっこだろ」

 「ひよこは愛らしいだけだ」

 「馬鹿か。ひよっこだよ。お前馬鹿だったのか?そこまで馬鹿だったとは知らなかった。ワシがもっとびしばししごいてやるべきだったか」

 「相模、それは俺の酒だ」

 「手遅れだ」

 最初は静かに飲んでいたはずなのだが、そのうちだんだんと大声になってきて、太陽が顔を出す頃になると、その場にいた男たちが全員起きるくらいの声量になっていた。

 伊勢も止めることはなく、ただそこで見物していた。

 それからしばらく、男たちは農作業に励むことになった。

 というのも、それ以外に収入源がなかったからだ。

 忍としての仕事も来ず、このままだったらどうしようかと思っていた矢先、段蔵がみなを集めた。

 「集まってもらったのは他でもない。ある城から、我々を雇いたいという申し入れがあった」

 「雇う?」

 「城でってことか?」

 「城で雇われることになれば、一生酒飲んでいけるぞ」

 「これで俺達も安泰だな」

 みな一様に、喜んでいたのだが、そこに水を差すようにして、段蔵が言った。

 「しかし、優秀な者数名で良いとのことだ。残念だが、全員は連れて行けぬ」

 この言葉で、いっきに殺伐とした空気になる。

 今の今まで肩を組んで飲んでいた隣の奴にさえ、背中を見せてはならない状況になると、段蔵はしれっと話を続ける。

 「城に雇われれば、1日50文払われる。勝負は東と西に分かれて行い、どちらかが勝利した際には、その中から更に10名に絞る。良いか」

 沈黙は同意であり、その場にいる、自分以外の人間が皆、敵になった。

 東と西、どちらになるかは段蔵と猪助によって決められるということだったため、しばらく待つことになった。

 しかし、待っている間に手を出すことは禁じ、あくまで、勝負が始まってから、という規則だ。

 さほど時間を待たずして、段蔵は戻ってきた。

 「ではこれより、西から名を連ねる。その後東の名を呼ぶ。我等の合図にて勝負を開始することとする」

 次々に名前が呼ばれていき、そこには、加賀と播磨の名前があった。

 続いて東が呼ばれると、伊勢、周防、相模の名が呼ばれ、一緒に酒を飲んでいた仲間は、別々のチームになってしまった。

 「一方が全滅するまで。では、始め!」

 まるで地響きのように、その場にいた男たちが全員、口角をあげて戦いを始める。







 「おい伊勢」

 急に名前を呼ばれるが、伊勢は顔を向けることなく返事をした。

 「ワシは播磨と勝負しに行く。あいつとは一度、本気でやりあわねばと思っていた。今度ばかりは、止まらんぞ」

 「・・・俺に許可を得ることじゃない」

 「冷たい男だな。まあ、強い奴が勝つ、ただそれだけのことよ」

 そう言うと、周防は播磨を探しに行ってしまった。

 相模は順調に、という表現もおかしいのかもしれないが、順調に戦っているため、伊勢は戦場と化したそこから離れようとしたのだが、それは出来なかった。

 振り向けばそこに、加賀がいたからだ。

 「どうした。俺を殺しに来たか」

 「やっぱり俺は忍には向いてないかもしれない。それに、こんなことして城に雇われても、嬉しくない」

 「悪いが、俺にもどうしようもないことだ。周防は播磨と勝負をしに行った」

 「播磨も周防を探してたから、すぐに見つかると思う」

 すぐそこにいるというのに、伊勢も加賀も、どちらからも仕掛けることもない。

 加賀は背中から短剣を取り出すと、伊勢にも抜くようにお願いした。

 「どういう心算だ」

 「殺されるなら、伊勢が良いと思って」

 「・・・・・・」

 加賀は、本当はこんな村に来なければ、どこかで平和に暮らしていただろう。

 喧嘩などまともに出来ない、ましてや、誰かを殺すことも、殺して金を貰う事も、それしか生きる道がないとしても、加賀という男は優しすぎる。

 「お前が怪我をしたあの時」

 死人が大地を埋め尽くしていた。

 「どうして逃げなかった」

 人の心など持たない人に凭れていた。

 「そうすれば、こんなことにはならなかった」

 加賀が怪我をしていたあの時、伊勢もそれを知っていた。

 知っていて、助けようとしなかった。

 それは、周りにいた他の男たち同様に、見捨てるとかそういったことではなく、そもそも、自分たちは人として扱われていないのだから。

 「逃げたって、行くところなんかない」

 「お前なら、どこでだって生きていけたはずだ。俺たちのような、獣とは違うんだ」

 「子供のときに村に連れて来られて、しばらくしたとき、聞いちゃったんだ。俺は戦士にはなれないだろうから、今ここで殺した方が良いって。そう、大人たちが話してた。殺されるかと思ってたけど、殺されなかった。なんでか覚えてる?」

 「・・・・・・」

 「伊勢が・・・。俺と同じくらい小さかった伊勢が、その大人を殺してくれたからだよ。そのお陰で、俺もこうして今日まで生きてる」

 子供を洗脳しようとしていた男たちだが、隣の子が死んでいくのを悲しんでいたり、優しい言葉をかけていたり、危ないことをしていると止めていた加賀を見て、こいつは忍に向いていないと判断した。

 しばらく教育をしていればそんなこともなくなるかと思っていたが、そうではなく、いつまで経っても人を棄てきれないでいた加賀を、殺そうとしたのだ。

 しかし、加賀よりも先に村に来ていた伊勢がそれを見ていて、その大人に恨みがあったのかは分からないが、男たちをいとも簡単に手にかけた。

 ソレを見ていた他の男たちは、褒めるばかりで、死んだ男たちのことなどなんとも思っていなかった。

 伊勢は男を殺したのは自分と加賀だと言ったため、加賀はなんとか殺されずにいた。

 だからといって、そのままで生きていけるほど優しい世界ではないため、伊勢によって訓練されてきた。

 伊勢の事件をきっかけに、子供の担当は周防になったそうだ。

 「俺の命が尽きるときは、伊勢、お前に殺される時しかない」

 「俺を買い被るな」

 「正々堂々、戦ってくれるよね」

 「・・・・・・」

 断ろうとした伊勢だったが、加賀のあまりに真っ直ぐな目に、何も言えなかった。

 子供の頃から変わらない、済んだ瞳。

 自分の命は自分で守れと、幼い頃から身体に叩きこまれていたにも関わらず、加賀は人の為にと医療を覚えた。

 伊勢は静かに息を吐くと、自分の腰にも装着してあるその短剣を握りしめ、抜く。

 それを見ていた加賀は、安心したように微笑んだ。

 「ありがとう」







 「播磨、ようやく本気でやれるな」

 「勝つのは俺だ。周防には悪いけど、ここで死んでもらうよ」

 「どうだかな・・・!」

 播磨を探しだした周防は、いっきに播磨との距離を縮め、短剣を突き刺した。

 「ちっ」

 しかしそれは身代わりで、顔を少しだけ動かすと、上空に播磨が見えた。

 すぐに身体を反転させて播磨の攻撃に備えようとすると、そこにいたのは播磨ではなく、すでに死んでいる誰かだった。

 「読みが速すぎるんだよ、周防」

 「・・・!!」

 背中から地面に落ちて行く中、足元から声が聞こえてきてそちらに目を向けると、播磨が周防の両足を掴んで自分の脇に近づけ、そのままぐるぐると回して放り投げた。

 なかなか強い衝撃だったため、近くにあった木は折れてしまっている。

 「いよいよ俺の時代かな」

 播磨はクツクツと笑いながら話していると、飛ばしたはずの周防の身体が、そこにはなかった。

 「若さってのは良いもんだ」

 「何・・・!?」

 急に背後に現れた気配に気付いた播磨だが、その時にはすでに、背中に短剣を刺されていた後だった。

 そこから感じる痛みは、これまで感じたことのないもので、刺された短剣を抜こうとしても、鞘をしっかりと握っている周防の手が離れることはなく、さらに奥へと刺し込まれていく。

 「ぐっ・・・!!」

 「若さとは愚かな無謀があることよ。相手の力量を知らぬまま、立ち向かっていける愚行。それこそ、若さだ」

 「周防・・・!」

 播磨は手に持っていた短剣を、力を振り絞って後ろにいる周防に向けて振りかざす。

 しかし、ひらり、とかわされてしまうと、同時に抜かれたそこからは、自分の体内から流れ出る赤い液体が地面を濡らす。

 「ま、まだだ・・・!!」

 「しつこい男は嫌われるぞ、播磨」

 動きが鈍くなった播磨に、周防は手加減など一切しない。

 再び播磨に近づくと、播磨が手に握ったままの短剣を奪い取り、それを自分のを使って、今度は正面から刺した。

 身体を突きぬける痛みに、播磨は顔を歪ませながら徐々に膝をついていく。

 周防が自分の短剣を腰にしまうと、播磨が周防の足をぎゅっと掴んできて、口からも血を流して見上げて来た。

 「・・・なんだ?」

 「へへっ・・・」

 苦しそうに笑ったかと思うと、周防の足に少しだけ切り傷をつけ、そのまま息絶えてしまった。

 周防は、自分の足元を掴んでいる播磨の腕を蹴飛ばして離させると、近くにいる西側の男たちに向かって行った。

 足から出ている血など気にせず、戦う。







 「西の者の死亡を確認した。これにて、東西勝負は終了、東の勝利とする」

 西のメンバーが全滅したことが確認されると、東のメンバーは大喜びし、酒だ金だと言い始めた。

 「残り数名を決める勝負は、3日後に取り行うこととする。それまではせいぜい、愉しむが良い」

 段蔵がそう言って去って行くと、用意されていた酒を、男たちが持っていく。

 注いでは飲んで注いでは飲んでを繰り返している中、ちびちび飲んでいる伊勢がいた。

 そこへ相模が酒樽ごとやってきて、伊勢に話しかけた。

 「やはり、残るのはお前だな」

 「・・・・・・」

 「見ていたぞ。お前が加賀を殺すところを」

 その相模の言葉に、伊勢は眉間にシワを寄せて険しい顔を見せる。

 飲もうとしていた酒を手で弄んだあと、それを一気に流し込んだ。

 「城に雇われれば、一生食うに困らない生活を送れるんだ。これくらいの犠牲なら安いもんだろ」

 「半分以上が死んだ」

 「仕方あるまい。そういう仕組みだ」

 残っているのは、伊勢たちを含めた40人ほどの男たちだ。

 その中から一握り選ばれる、ただそこに入るためだけに、こうして、連れ添った仲間であっても手にかける。

 「酒を飲めば忘れられる。良いことも、悪いこともな」

 「おー!伊勢に相模!こんなところにいたのか!!」

 「周防、その足はどうした」

 「あ?これか。播磨にやられたんだよ。別に大した怪我じゃないし、大丈夫だろ。それより聞いてくれよ!俺の武勇伝!」

 「播磨との決闘か」

 「そうそう!やっぱワシはまだまだ現役でいけるなって思った思った!」

 大きく笑いながら酒を飲んでいる周防を指さしながら、相模は伊勢に言う。

 「見てみろ。周防なんてああだぞ」

 「・・・・・・」

 黙って酒を口に含む伊勢は、その日はもう何も喋ることはなかった。

 「3日後なんて言わず、これからすぐにやりてぇな!!」

 「周防、酒もほどほどにしないと、いざというとき戦えないぞ」

 「ワシは大丈夫だ!なんなら相模、その酒樽、ワシが全部飲み干してやるぞ」

 「それは断る」

 豪快に笑いながら、周防はその辺にいる男たちに酒を注がせていた。

 しかし、それが周防を見る最期になった。

 翌日、周防が目を覚ますことはなく、播磨から受けた傷口には、毒か何かが体内に入った形跡が見受けられた。

 周防が見逃すとは思えないが、もしかしたら、西と東に分かれて勝負となったときに、加賀にでも頼んで、特殊な毒を用意してもらったのかもしれない。

 毒とも言い切れないのは、傷口から病原菌が感染したかもしれないからだ。

 とはいえ、きっと毒に侵されたのだろうが、周防は昔から毒の耐性を持っていたため、その身体にさえ効くほどの強い毒だったのだろう。

 とにもかくにも、言い方は悪いが、大穴の周防がいなくなってしまい、男たちはむしろ良かった良かったと喜ぶのだ。

 つい昨日まではそこにいたはずが、ほんの数分で忘れられてしまい、男たちは宴会へと戻る。

 そしていよいよ、頂点に立つ数名を決めるその時がきた。

 男たちが今か今かと、段蔵の掛け声を待っている中、伊勢は1人で腕に巻いている包帯を一度解き、巻き直していた。

 「伊勢、何してるんだ?」

 胡坐をかいて包帯を巻いていた伊勢の隣に、立ったままの相模が聞いてきた。

 伊勢は包帯を丁寧に巻きながらも、相模の方を見ることもなく、そこに集中したまま答えた。

 「しっくりこなくて巻き直してる」

 「変なとこ几帳面だな。それより、いつ始まるんだ?」

 「さあな」

 それから少ししてようやく伊勢が包帯を巻き終えた頃、段蔵と猪助が出てきて、これからその城に向かうと言ってきた。

 どういうことかと男たちが聞くと、男たちを雇いたいと言っている城で勝負をし、それを直々に見てもらおうと言うことだ。

 直接見れば、どれだけの実力を持っているかも分かるだろうし、勝った者がそのまま城で雇われるのだからと。

 この勝負でも、生き残ればそれなりの報酬を渡すと言われたため、誰一人として否定することも拒否することもなかった。

 勝負をしに行くだけだから、何も持たなくて良いと言われたため、最低限の装備だけを持って、男たちは段蔵に連れられて行く。

 最後尾を伊勢と相模で歩く。

 「わざわざ城に出向いて殺し合いを見せるなんて、まともな城主じゃないことだけは確かだな」

 「囲まれたら終わりだな」

 「段蔵たちだって、それを込みで引き受けたんだろ?それなりの装備は持ってるはずだ」

 話をしていると城につき、門をくぐればその先には、武士たちが取り囲んでいる戦いの場があった。

 その一番奥には、城主であろう男が、偉そうにふんぞり返ってこちらを見ている。

 最後の伊勢と相模が中に入ると門は閉められ、周りの武士たちからの視線を受けながら、その場へと集まる。

 段蔵が城主と挨拶をしたかと思うと、1人ずつ名前を呼ばれ、対面する。

 「では・・・始め!」







 1人、また1人と倒れて行く。

 負けたものは即座にどこかへと連れて行かれ、そこには生々しい血だけが残る。

 勝つ度に褒美を貰う男たちの姿はまるで、演技をして餌を持っている犬のようだ。

 「続いて、相模」

 自分の名が呼ばれると、相模は静かに立ちあがり、そこに立つ。

 相手は相模よりも年上ではあるが、実力的には相模の方が確実に上だ。

 始めの合図があると、先手必勝とばかりに、男は相模に向かって持っている手裏剣の類を投げて行く。

 相模は少し後ろに引こうとしたが、そこには男がばらまいたマキビシがあり、その場に留まった。

 男は動かなくなった相模に止めを刺そうと、一気に詰め寄る。

 だが、相模はギリギリのところでそれを避けると、男の背中を軽く蹴飛ばし、男は自分で巻いたマキビシの方に向かって行く。

 男は瞬時に相模の上半身に足をからませると、遠心力で相模を巻きこもうとした。

 「なに!?」

 しかし、相模は関節を外して腕をすり抜けると、また戻して男の足を掴み、そのまま折ってしまった。

 「あああああああああ!!」

 少し離れた場所にいても聞こえたその異様な音に、相模に対峙していた男は大声を出してその場に倒れた。

 倒れただけでは勝負は決まらない。

 相模は男の首元に近づくと、男の首に腕をからめた。

 なんとか短剣を抜いて相模を刺そうとするが、それよりも先に、相模が男の首を折ったため、短剣は虚しく落ちた。

 それを見ていた武士たちは、あまりの早い決着に驚いていた。

 「勝者、相模」

 渡された金を持って、相模は伊勢の近くに腰を下ろした。

 「そろそろお前の番じゃないか」

 そんなことを言われたからでないだろうが、伊勢の名が呼ばれた。

 相手は、播磨に似て喧嘩っ早くて、それでいて伊勢のことは前前から敵視していた男だ。

 どうして敵視されているのかは伊勢自身にも分からないが、とにかく、伊勢相手となれば何をしてくるか分からない。

 伊勢と向かい合うと、その男は目だけしか見えていなかったそれを下にズラし、口元も見えるようにする。

 「お前が相手とはな。俺にもようやく運が向いてきたってことか」

 「恨まれる様なことはしてないはずだ」

 「ああ、そうだな。お前はいつもそうやって余裕そうにしてる。俺に勝てるって思ってるんだろうが、悪いな。今日は俺が勝たせてもらう。そして、最強の名も俺が貰う」

 「勝手にしろ」

 「では、始め!」

 開始とともに男は伊勢に攻撃を仕掛ける。

 伊勢は反撃することもなく避けていると、男の前から一瞬にして消え、いつの間にか男の後ろに立っていた。

 「くそっ」

 男は毒針が入った小さな筒を手にし、それを次々に伊勢に向けて放つ。

 伊勢がそれを避けるため、たまたま後ろにいた武士に当たっていたが、そんなことどうでも良い。

 「どういうつもりだ伊勢!俺を殺さないと意味がないんだぞ!!」

 「・・・お前、名は何だっけかな」

 「はあ!?俺のこと知らねえはずねえだろ!?大門だよ!大門!!」

 「大門?」

 あまり他人の名など気にしたことが無かったからか、播磨たち以外の男のことはあまり知らない。

 伊勢の態度を見て男はイラッとしたらしく、伊勢に向かって反撃出来ないほどの攻撃をする。

 一方の伊勢は、大門という男のことを考えながら攻撃を避けていたのだが、やはり恨まれるようなことは無いということだけが分かった。

 「大門とか言ったか」

 「なんだよ!ようやく思い出したのか!?」

 「いや、まったくだ」

 「俺をコケにしやがって・・・!!ふざけんじゃねえぞ!!!」

 「忍たる者、感情は無であるくらい冷静でいなければいけない」

 すう、と伊勢は腰から短剣を抜くと、それを逆手に持つ。

 「やっとやる気になったのか?」

 「だらだら勝負をするのが好きじゃないだけだ。俺を殺すと言ったから、さっさと殺してくれるのかと思ったが、時間切れだ」

 「何だと・・・」

 「俺を殺すのは、お前じゃない」

 「俺が殺してやるよ!!」







 「いやぁ、見事見事」

 「お気に召していただけて何よりです」

 伊勢は相模の横で胡坐をかいていると、再び勝負が始まる。

 「それにしても、先程の男は何と言う?」

 「伊勢、でございますか」

 「伊勢か」

 「あの男は村でも飛び抜けた忍で、私の読みでは、必ずや、最後まで残るでしょうな」

 「愉しみにしておこう」

 勝負も2巡目に入り、さらに男たちは少なくなっていく。

 それもこれも、自分が城に雇われ、大金を手に入れる為。

 勝負が早く着けばつくほど、それだけ休憩時間が短くなるわけだが、それでも男たちからしてみれば、少しでも早く大金が欲しくて、この待っている時間でさえ鬱陶しいのだ。

 勝ち残ってきた男たちの勝負は、そう簡単には着くものでは無く、それは決して、自分の力を誇示するためではなく、何度も言っているように、全ては金のためだ。

 誰かに大金を取られてしまうくらいなら、自分がそれを掴み取る。

 伊勢も相模も順調に勝ち進んで行き、ついに最後の勝負が終わると、血生臭いその場に、10名の男たちが立っていた。

 「播磨も周防も加賀も、生きていれば確実に残っていただろうにな」

 「ま、東と西に分かれたのが正解だったよな。あれのお陰さ」

 「運が悪かったってことだよ。俺達の勝ちだ」

 「お前はぎりぎり滑り込んだだけだろ」

 「生き残ったもん勝ちだろ?」

 そんな会話がどこからか聞こえてきて、伊勢は少しだけ目を細めた。

 隣にいた相模でさえ、それには気付いていないだろうが、段蔵と城主は何やら話をしていた。

 「相模」

 こそっと、伊勢が相模に話しかけた。

 「何かおかしい」

 「何かって?」

 「わからない。ただ、空気が」

 「空気・・・?」

 伊勢が何を感じたのかは、その時の相模には分からなかったが、伊勢が言うのだからきっと何かあるのだろう。

 伊勢と相模だけが警戒している中、城主によって用意された大金が目の前に出されると、男たちは顔をほころばせた。

 そしてそれを受け取ろうと足を動かしたその時、周りを鉄砲隊たちに囲まれてしまった。

 しかも、その手には火縄銃を持っている。

 「伊勢・・・」

 「所詮、弄ばれる命ということか」

 そこでようやく、他の男たちも状況を飲み込めたようで、なんとか戦おうとしたのだが、すでに武器はほとんど使ってしまい、残っているのは血で濡れた、斬れ味が悪くなっている短剣だけだった。

 男たちは段蔵に助けを求めようとしたが、段蔵は城主と笑みを向けているだけ。

 「放て!」

 発砲の合図が聞こえると、一斉に針響く銃声。

 男たちは抵抗することも逃げることも出来ず、ハチの巣状態で撃たれていく。

 伊勢も相模も、数発の銃弾であればはね退けられるのだが、こうも沢山発砲されて、しかも武器も逃げ場もない状態では、どうしようもなかった。

 男たちは倒れ、相模も倒れ、伊勢も、倒れた。

 倒れた男たちに近づき、銃の先を身体につきつけて生死の確認をしたあと、段蔵は城主に向けてこう言った。

 「賭けは私の勝ちですね」

 「確かに。だが、私は残すのは10名、と言ったはずだが」

 「はあ・・・?ですから、10名残っておりましたでしょ?まあ、すっかりその10名もいなくなってしまいましたがね」

 城主は近くにいた鉄砲隊の1人を呼びよせると、そのまま段蔵を撃たせた。

 「な、なぜ・・・」

 「お前がいたら、11名になってしまうではないか」

 「あ・・・・・・」

 城主の高笑いだけがその場に響く。

 「早く片付けろ。これで、ならず者たちは皆死に、危険因子は立ち去った。ふふ・・・今日は良き日だ」

 城主に言われた通り、周りの男たちは倒れた男たちを運ぼうとした。

 その時、武士の1人が急に倒れ込んだ。

 何事かと思ってそちらを見ると、倒れた武士の背中の向こうで、同じ格好をした男が立っていた。

 「貴様!!何をするか!」

 「仲間を殺すとは、逆賊か!!」

 カチン、と刀を鞘に納めると、その男は口角をあげていた。

 「曲者だ!!」

 「一体どこから!?」

 「いや、一体いつから紛れこんでいた!?」

 男は着ていた袴をすぐに脱ぐと、その中に着こんでいた黒装束が顔を出す。

 「我等風魔がこの城を落としてやろう」

 「ふ、風魔だと!?なぜこんなところに!?」

 すると、城のあちこちから風魔の忍たちが現れ、城主を始め、城を囲みこんだ。

 城はあっという間に潰され、残されたのは風魔と、無残にもそこに散ってしまった、名もなき忍たちだ。

 「信楽さん、これどうします?」

 「これって・・・」

 信楽と呼ばれた男は、仲間に呼ばれた方に顔を向けると、息をしていない男たちの山があった。

 確かここにいる以外にも、同じような格好をした男たちが、裏手に掘ってある穴に詰め込むようにして放り込まれていた。

 詳しいことは分からないが、碌でもないことに巻き込まれていたことだけは分かった。

 「全員死んでるのか」

 「多分」

 「・・・どこの忍だ」

 「それが、わかりません」

 「わからない?・・・この城の忍じゃないのか」

 「調査によりますと、この城には忍はいないはずです」

 「いないはずの忍がなぜこんなにいる?それに、どういう状況でこんなに死人が出るんだ?裏手で埋められていた奴等とこいつらと、どういう関係だ?・・・おい、まだ息がある奴はいないのか。家臣でも誰でもいい」

 「探してみます」

 それからしばらく生きている者を探してみたものの、やはり見つからなかった。

 「信楽さん、戻りましょう。我等の任務は終了しています」

 「・・・そうだな」

 男たちが次々に帰る中、信楽という男は足を止め、まだそこで山になっている黒い影を見る。

 「・・・・・・」

 「信楽さん、行きましょう」

 「ああ」

 何か気になっていた信楽だが、自分が果たすべき任務は終了したため、何も言わずにそこから立ち去って行く。

 城に戻ると、信楽は城主のもとへと向かう。

 「仰せのままに、平伊城を落としてきました」

 「そうか、御苦労だったな、信楽」

 「伺いたい事がございます」

 「なんだ?」

 信楽は少しだけ、本当に少しだけ目線をあげると、こもった声で言った。

 「平伊城にいた忍らは、何者ですか」

 「忍?なんのことだ?あの城、忍なんぞ雇っておったのか?」

 「いえ。そのような情報はありませんでしたが、50以上の我等の様な者が、平伊城敷地内にて死んでおりましたので、何事かと思いまして」

 「なに?あやつは悪趣味だからのう・・・。良からぬことをしておったのだろう」

 「・・・余計なことを聞いて、申し訳ありません」

 「いやいや、信楽、お前の働きには感謝しておる。まさかとは思うが、この城から出ようなどというやましい考えは、持っておるまいな?」

 「それに関しては、答える価値はないかと」

 「はは、そうだな。お前が抜けるなど、考えられぬことだな」

 行って良いと言われ、信楽はそのまま静かに去る。







 誰かが作った物語だとしたら、それはきっとハッピーエンドになるのだろう。

 だが、目の前にあるものはそうじゃない。

 空想と現実の狭間で通りすぎる楽園は、云わば逃避行のようなもの。

 一体いつからそこにあったのかもわからない時代に振りまわされて、誰もが自分の居場所を探し、見つからないと嘆く。

 残酷な境遇に遭うほど、人は強くなる。

 城に戻ってからというもの、信楽はあの城にいた男たちのことが気になっていた。

 顎に手を持って行って考えていると、別の男が信楽に声をかけてきた。

 「信楽さん」

 「どうした」

 「あの忍、もしかしたら伊賀でも甲賀でもない、ならず者たちが集まってるっていう集団かもしれませんね」

 「ああ、確か、危険因子と言われていた、危ない連中の集団のことか」

 「ええ。どこに住んでいるのかも不明でしたけど、もしかしたら平伊城に呼ばれて行ってみたら殺されたとか」

 「そんなひょいひょい行くのか?それに、裏手にあった死体の傷は、武士の刀、ましてや、火縄銃で撃たれた痕じゃなかった。明らかに、忍の武器によるものだ」

 「じゃあ、喧嘩でもしたんじゃ」

 「なんでだ」

 「それは分かりませんけど・・・」

 結局、なぜあんなことになっていたのか分からないが、それ以上はただの憶測になってしまうため、信楽は考えることを止めた。

 また夜が来て、朝が来るから。







 君が心から憎むのは、誰か。


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