第4話

文字数 863文字

 夏休みだというのに、高校の夏期補習授業に通い、バレエ教室に行って踊り、Tが来る日は急いで家に戻った。
 自宅前には、広い公園があり、遊具も沢山設置されているが、太陽が強すぎて誰も遊んでいない。名前も知らない大きな木が何本も植えられていて、木の葉がつくる影と、かんかんと光る場所を、私は交互に歩く。日陰と日向。私が歩く場所は、日陰と日向で構成されている。
 公園では、ときどき、蝉の抜け殻を見つけた。茶色の小さな抜け殻は、小さな爪で木にくっついている。木の上の方では、成虫となった蝉が、ぐわんぐわんと鳴いていた。
 私は、抜け殻を木からそっと外し、両手に優しく包んで、家に持って帰った。そして自分の部屋にある、出窓の白い枠板の上に並べた。
 乾いた抜け殻の茶色い列を眺めながら、青白い蝉がそこから抜け出るところを想像した。
 ある蝉は、羽を広げることもなくぽとんと地面に落ちる。ある蝉は、飛び立とうとしたところを鳥に突かれる。ある蝉は、みぃみぃと鳴きながら、木をよじ登る。
 太陽はいつも真上にあって、変化のない毎日なのに、蝉の幼虫は次々と土の中から出てきて、茶色の殻を脱ぎ捨てる。何が起こるかも知らないまま、真っ白い自分を曝け出し、羽を賢明に広げようとする。
「気持ち悪いコレクションだな」
 ある日、Tが言った。
「そう?」
 私は、蝉の抜け殻を見つめたまま答えた。
 私は、Tが服を脱いで、骨張った身体を晒しながら、あの美しい手を使い、木をよじ登る姿を想像した。肩甲骨が蝉の羽根のように見える。まだ開ききっていない透き通った柔らかい羽。頭上の、木の枝の間から見える太陽は、からかうようにちかちかと光を踊らせる。Tは、そこを目指して這い登る。
「先生も、脱皮したら?」
 脳裏に浮かんだTにうっとりしながら、横にいるTの顔を見ると、視線が合った。無表情を保とうと努力しているのが分かるTの顔の中で、目だけが、この馬鹿女が、と言っている。私には、そう感じられる。
 馬鹿女の私は、脚を伸ばし、バレエのフラッペの要領で、Tのふくらはぎをつま先でつついた。
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