(一・三)青葉荘

文字数 7,657文字

 てな訳でなんだかね、やっぱり、ずっと世話になった夢の丘公園を引き払い、遂にぼくはアパート、その名も『青葉荘』で暮らし始めた。荷物なんて少ないし、夢の丘公園から徒歩二十分だから、引越しも楽チン。三上さんたちの名義だから、田古って表札も付けないし郵便ポストもいーらないと。直ぐにアパートの畳の上にごろんと横になって、ダンボール被って寝ようとしたら、三上さん、それじゃなんだからと布団まで世話してくれた。何じゃこりゃ、こんな気持ちええもんがあったんだよなあ、とすっかり忘れていた布団の味。
 ああ有難い、仏様みたいな人ですね。三上さん、この御恩は決して忘れませんし、働けるようになったら、身を粉にして立て替えてもらった費用は必ず返済しますから、何て言うと、いんですよ、いつでも。それよっか無理せず気長に治しましょうねって。ああ、その有難い御言葉を胸に、環境の改善も功を奏したか、ぼくは驚異的回復を見せてね、短期間でまたバイトが出来るまでになったのさ。それに早く三上さんにお金を返さなきゃって願いが通じたのか、思わぬところからぼーんと大金が舞い込むことに。
 というのも雪別離のはるさんの息子さんから連絡があって。ん、連絡ってもぼくは夢の丘公園に住んでいたんだから、連絡の取りようもない筈だけど、そこははるさん宛てに送った現金書留。差出人のぼくの連絡先、幾ら何でも夢の丘公園てのは不味かろうと勝手に新宿区の自立支援センター『希望の翼』の住所を使わせてもらってた訳。
 そしたらそこに連絡が入って、何でもはるさんが寿命を迎えて御臨終。その際遺言で、ぼくにお金を返してくれって残したらしい。実ははるさん、ぼくの送金に一切手を付けずそのまま貯めといてくれてたそうで、何ともうるうる有難い。お陰でどばーっと何百万の金がって、そんな額になっていたとは夢にも思わずだけど、戻って来たの。
 そこで一気に三上さんに借金返して、それでもまだまだお釣り。しっかり貯金しときましょうね。はい。三上さんに口座作ってもらい、銀行に預けた。あーあ、これでぼくも貨幣制度の鎖につながれちまったって訳さ。でもまあ文明生活するからには、多少の犠牲はやむを得ませんってか、現代人は辛いよ。
 ちょうどこの頃、おふたり、やすおさんと着ぐるみマンさんとが、ぼくと入れ違いに夢の丘公園で生活を始めたんだったね、うんうん。
 でいよいよぼくも、遂に四十代に突入しちゃうんだ、参ったよ。なんだかね、やっぱり、こーんなに長生きするなんて。まさかご冗談でしょ、薄幸だから早死にするとばかり思ってたのに、まったく。とか何とか愚痴ったところで仕方がない。バイトしてもいいんだけど、しばらくは我が青葉荘の部屋でごろごろ。一日中、ラジオばかり聴いていましたね、お金にも余裕ありましたし、身の危険に曝されることもありませんでしたから、はい。何て言うと、のんびり独身貴族、極楽生活みたく思われそうだけど、心ん中は何となくエンプティ。
 野宿生活のあのぴりぴりした緊張感もなければ、ハングリグリグリ精神もない。失った記憶も戻らないままだし、何するでもなく、ただ年がら年中ぼけーっ。今更夢の丘公園行っても、ぼくなど誰も相手にしてくれる筈もない。三上さんはちょくちょく顔出してくれたけど。割りと綺麗にしてるんですねって、褒めてくれたりとか。やることないから、小まめに部屋掃除してたもんで、はい。じゃボランティアやってみませんか、なんてお誘いも受けたけど、それも今ひとつ気が乗らなくて、そのうちねって。たまには気分転換、外出した方がいいですよ。うん、それは分かってんだけど、引きこもっちゃうと、出不精になっちゃってね。ん、そうですか。無気力の塊りみたいなぼくを前に、流石の三上さんも思案顔。ま、散歩でもして、徐々に慣らして行きましょうよ。
 おう、散歩ねえ。悪くないかあ、ラジオ片手に、そだな。ってんで何気なく始めた散歩。ぶらぶらご近所を徘徊して、少しずつ距離を広げてって、夢の丘公園、ビル街、新宿駅。それから歓楽街まで足を延ばして、日本でも最大級のネオン街、夜の新宿ネオン町三丁目を凄い人込みに押し潰されそうになりながら、ひとりぼっちで歩いたんだ。
 うん、でもなんだかね、やっぱり、いいなあ、この感じ。孤独なぼくにぴったりと合ってる気がしてさ。ひとりぼっちロンリー気分で、うんとさびしい癖にそれでいてなぜかやさしい。この大都会の人込みが妙に落ち着くのはなぜなんだろう。それに、それに凄いんだよ。えっ、何がって。いやほんと凄いんだから。だから何がさ。うん、涙だよ。えっ、涙。言ったろ、ぼくには見えるんだって。人知れず流す涙や、心の中でだけ零す涙が、ネオン街のそこいら中無数にきらきらっと煌めいているんだよ。群衆の波ん中、表通り、裏通り、風俗店やラヴホの薄暗い部屋の窓辺に明滅してんのが、見えるんだ。ああ、みんな笑ってる癖に本当は泣きたい気持ちで一杯なんだなあって、だからぼくには分かる。うわ、すげえーーっ、流石これが大都会新宿ネオン町三丁目なんだなあ。でもここは、涙で灯るネオン街なんだよ、ぼく以外だあれも知らないけれど、確かにここは涙の海なんだよ、やっぱり……。
 そうやって絶え間ない人通りの中にいながら、丸でぽつんと銀河のまん中にでも突っ立っているかの如くひとりぼっちで興奮しているぼくの耳に、ネオン街の通りの向こうから何かが聴こえて来たんだ。何だろうってノイズの中に耳を傾けると、確かにそれは聴こえて来た、You Are So Beautiful……って。どきっ、はあ何だ、これ。それは歌、しかも英語の歌だ。何だろう、BGM、どっかの店かなんかのスピーカーから流れて来んのか、いや違うみたい、人の声、生の。あっ誰かが唄っているんだ、そこで、今ぼくの直ぐそばで、唄っているらしい。
 って思ったら、丸で重力にでも引き寄せられるみたいにぼくは、そっちの方角に行かずにいられない。そこには小さな人だかりが出来ている。ぼくも仲間に加わる、覗き込む、誰が唄っているんだろう。そこには、そう、おんぼろのギター爪弾き唄う、あなた、やすおさんがいたね。
 You Are So Beautiful……、何だ、これは。その歌はぼくにとって、妙に懐かしくてならない。懐かしい、それは実に久し振りの感情だった。そりゃそうさ、記憶を失っているぼくが、懐かしいなんておかしな話じゃないか、そうだろう。一体どうなってんだって、その時のぼくの混乱振りといったらない。ぼくは縋るように、その歌を口遊むやすおさんの顔をじっと見詰めたね。そしたらやすおさんは、にこっと微笑んでくれた。丸でぼくひとりに向かって唄い掛けるように、丸で遥か昔からぼくたち友だちだったみたいにね。
 You Are So Beautiful……、その瞬間、びびびびびっとぼくの体中に電流が走ったんだ。比喩でなく本物の電気ショック、びびびびびっ……You Are So Beautiful……。それから、どうしたと思う。うん、ぼくの唇が勝手に動き出して、気付いたらぼくも唄っていたんだよ、やすおさんの歌に合わせて。ね、凄いだろ。なぜって、思い出したからさ、その歌を、You Are So Beautifulを。多分この歌なら、たとえ数千万回生まれ変わっても思い出せる、そんな気がしてならない。でも、思い出したのは歌だけじゃなかった。この歌を口遊んでゆくうち、ぼくはぼくはね、少しずつ、うん、段々と思い出して来たんだ。何を、そりゃ、失った記憶のすべてをさ。
 うわーっ、まじでって、叫び出したい気持ちで一杯だった。でも本当にそうしたって誰も変な目で見たりなんかはしない場所だと分かっていたけど、ぼくは黙って突っ立って、やすおさんの歌を聴いていた。短い歌だから直ぐに終わって、やすおさんは次の曲の準備。その間ぼくは、じっと思い出していた。目を瞑り、周りのことなんか一切気にせずにね。思い出していたんだ、何を。夢国島のことを、美砂、星砂のことをね。さとうきび畑を駆け抜ける潮風、青い海、白い砂浜、打ち寄せる波また波、美砂と抱き合った夜の海の潮騒……。
 やすおさんの歌が再び耳に届く。今度は、Lonely I'm Mr.Lonely……、ふう、かっこいい、やすおさんって最高、なんて思いながら、ってそん時はまだやすおさんの名前知らなかったけど、歌に聴き入っていると、何処からともなくひとりの変てこな人物が現れ、唄うやすおさんの前で曲に合わせて踊り出したね。その人物は痩せた口笛でメロディ吹きながら、風変わりな恰好でって、ま簡単に言えば着ぐるみを着て、くるくるくるくるっと軽妙にスリリングに、そしてにこにこしながら踊ってた。その人こそ、着ぐるみマンさんだったね。
 ぼくはぼくで甦った記憶が頭ん中と、体の隅から隅まで駆け巡っていたから、びんびんびんびんと体が自然に動き出して、気付いたらぼくも踊っていた。そんなぼくに一瞬着ぐるみマンさんびくっとしたけど、直ぐにぼくを仲間に入れ、ふたりで一緒に踊ったね、Lonely I'm Mr.Lonely……、くるくるくるくるっと、ふたりして踊り狂ったね。曲が終わると、ぴたっとポーズを決めてダンスを終えた着ぐるみマンさんは、そのままがばっとぼくに抱き付いて来たね。ううっ、背中いてえ。熱く痛い抱擁に、ぼくも感激、しばし肩を叩き合うふたりだった。
 やすおさんも寄って来て三人で肩抱き合い、何だか訳分かんないけど、笑い合ったね。周りの人たちは何事かとみんな吃驚してたっけ。その時からぼくたち三人は仲間、カンパニー。ぼく四十歳、やすおさんが二十四歳、着ぐるみマンさん三十七歳のこと、それは衝撃的出会いだったね。
 何処住んでんの。あ、俺たち、夢の丘公園て知ってる、あそこいんの。え、えっ、OB、ぼくOB。OB。だから、ぼくもあすこ住んでたの。はあ、嘘だろ。嘘違う、田古嘘吐かないあるよ。まじ、じゃすげ偶然じゃん。なんだかね、やっぱり、今は堕落して青葉荘なんてアパートに住んじゃってるけど。へえアパート、それも凄いね、公園暮らしから脱出出来たんだ、良かったじゃん。ああ、まあね、今度遊び来てよ。そっちこそな。うん行く行く、絶対行く。
 でも不思議に思ったことは、さっきからお喋りするのはやすおさんばっかりで、着ぐるみマンさんは黙ってにこにこ笑ってるだけだったね。おや、無口な人なのかななんて思ってた。名前、何ていうの。俺、やすお。それから着ぐるみマンさんはどうすんだろって見てたら、行き成しメモ帳にボールペン取り出して『おいらは、着ぐるみマンだな』とさらさらさらっと綴り、それを見せてくれたね。へえ、やっぱりお喋りはなし。
 でぼくの番。名乗ろうとして、一瞬口をつぐむ。やばい、どっちにしよう。思い出しほやほやの本名の方か、それともはるさんに名乗って以来ずっとお世話になって来た偽名にするか。で、うん、やっぱりこっちにしとこうってんで、田古八男です、宜しく、と自己紹介した訳。御免、嘘吐いて。でもぼくの人生そのものが、半分嘘みたいなもんだから許して。
 じゃまたな。うん、また会いましょう。再会を誓い、やすおさん、着ぐるみマンさんのふたりと別れネオン街を後にして、ひとりとぼとぼ青葉荘へと帰る道すがら、なんだかね、やっぱり、珍しく一生懸命ぼくが考えていたのは、勿論甦った記憶のこと。島のこと、美砂、星砂のことばかりが、ぐるぐる、ぐるぐる頭の中を駆け巡る。
 どうしよう、島に帰りたい、ああ帰りたい。You Are So Beautiful……、唇はどうしようもなくこの歌を口遊んでいる。帰ろうと思えば、お金はある。だったら何も迷うことはないじゃないか。さ、今直ぐにでも、と心ははやる。でも、でもと何かが心を引き止める。今更、そう今更もう遅い、もう手遅れなんじゃない。でも、だって。だってもへったくれもねっつうの。もうあれから何年経ってると思ってんだよ、島を出てから。ええと、ざっと十二年、いやもっとかな。だろ、十年一昔っつうだろが。
 でも。だからでもじゃねって、もうみんな昔のことなんだよ。もう時既に遅しなんだってば。でも、でも、でも。ああ、だから聞き分けのねえ男だなあ、おめは。考えてみろや、いいか、すべてがみんな、おめが島にいたあの頃のまんまな訳ないじゃん。星砂だってもう大きくなってるだろうし、美砂だって、そうだよ美砂。あいつだってさ、今でもおめをずっと待っててくれてるかどうか、分かんねえだろ。いやむしろ娘盛り、女盛りの頃だ。おめのことなんざさっさと忘れて、もう別の男と再婚、してっかも知んねえじゃん。
 再婚……、がーん、まさか。でも考えてみたら、その可能性はあるある限りなくあーるかあ、やっぱし。しょぼん。もし、もしもし本当にそうなら……、ぼくは死にたい。ま死ぬのは置いといて、もしそうなら今更どの面下げて、のこのこと帰れるってんだよ。いい迷惑じゃん、美砂だってどうしたらいいか、あいつを困らせるだけなんじゃねえの、まったく。星砂だって困るよな、行き成し昔の父親が現れて、ふたりもお父さんがいたってよ、だろ。うん、そだな。参った参った、どうすりゃいいんだ、これじゃ帰れないよ。あーあ、こんなことなら記憶なんか思い出すんじゃなかった。記憶喪失のままでいた方が良かったんだよ。げえ、でもそれってすげ、悲しいなあ。You Are So Beautiful……、この涙で一杯に光り輝く新宿の夜の中で、今ぼくの瞳は涙の海さ。ぼくの名は、Mr.Lonely……。
 青葉荘に着いた時はもう真夜中。ふーっとため息吐いて、だったらこのままでいいじゃないか、今更思い出したところで何もいいことなんかありゃしないんだったら、忘れたまんまでさ。こうして今迄と何も変わることなく記憶喪失男でいることにしたぼくだったとさ、ちゃんちゃん。
 そうはいっても、なんだかね、やっぱり、辛くて堪らない。ひとりで部屋の中に閉じこもっていると、気が変になりそうでって、えっ、もう変だって、まあね。だから気を紛らす為、自然足は夢の丘公園へと向かう。やすおさん、着ぐるみマンさん、いるかなあってね。いた、いた、ふたりとも昼間は公園にいるんだね。
 やあ。おう。着ぐるみマンさんは声は発せず手を振って。良く来たねえ、まあ、座って座って。うん。夢の丘公園の風に吹かれながら、三人で肩並べのんびりと。どうしたの。うん、まあ、いろいろとあってね。ああ、みんな、いろいろあるさ。着ぐるみマンさんもやっぱり黙って頷いていたね。
 何日かふたりと顔を合わせ、夜はネオン街でやすおさんの弾き語りを聴いて時を過ごした。やすおさんは所謂ストリートミュージシャンで、着ぐるみマンさんは、やすおさんの歌に合わせて踊るストリートダンサーだね。着ぐるみマンさんは本当は喋れるし聴こえもするけど、訳あってメモ帳で会話してるんだよね。その訳はやすおさんもぼくも知らないけど。着ぐるみマンさんは特にバイトとかしてないけど、やすおさんは夜のネオン街で風俗店の看板持ちをしているんだよね。店の名は『エデンの東』、入れ替わりの激しいネオン町三丁目にあって老舗のヘルス。
 随分と親しくなったところで、なんだかね、やっぱり、夢の丘公園で酒盛りしながら、ふたりにはいろいろと昔の話を聴いてもらったね。うん、うん、頷きながら、島に帰れず自棄になってるぼくを、ふたりで慰め励ましてくれたね。ぼくも誰かに話したことで随分と気が楽になったし。
 お陰でぼくは少しずつ立ち直り、じっとしてるより何かやった方がいいってことで、以前のバイトも再開した。加えて夜は、だって夜ひとりぼっちで青葉荘にいるのなんて耐え切れない、やすおさんのバイトを交替でやらせてもらうことにしたね。エデンの東の看板持ち。
 ネオン街の通りのまん中で、片方の耳にイヤホンを挿しラジオ聴きながら、重い看板を持って突っ立っていると、いろんなものが見えて来たんだ。通りを歩く人たちの様子、風俗店の入ったビルの様子とかね。でもそれにも増してやっぱり、見える見えるって、何が。ん、みんなの涙が見えるんだよ。風俗店の女の子たちも、従業員、客引きの男たちもお客も、みんな心ん中は涙で一杯なんだよ。ぶすっとしてたり、厚化粧だったり、笑ったりしている癖にさ、参ったね。
 だからそんな人たちが、看板持ちのぼくなんかにたまに声を掛けて来る時、ぼくは陽気に笑い返す。ま、人それぞれ、いろいろあるけどさあって。やっぱみんな大変なんだなあ、それぞれ何か背負ったり引きずったりしてるんだなあって思い知らされると、ぼくも自分のことばっかりで落ち込んでちゃ駄目だなって励まされる。だからこのバイトやり出して良かったって思うんだ、辛いことは確かに辛いけどね。
 で看板持ちのぼくに声掛けて来るその中のひとりに、エデンの東で働く雪さんがいたんだ。思い返せば初めて会った夜、雪さんは店から出て来て、ぼくの隣りでハイライトに火を点け、大変ですねって。その時三十代の初め頃かな、雪さん。そばでハイライト吸われんのは嫌だったけど、雪さんは何となく許せちゃって。それからちょくちょく顔合わせて、話すようにもなって、気付いたら、恋。は、何っ。だから、恋、こ、い。
 えええ、まじで、それは初耳、あの雪さんと。うん、なんだかね、やっぱり。っても、お互い本気の恋じゃなし、雪さんは雪さんでなんか事情ありそうだし、ぼくはぼくで島に帰れない、美砂にも星砂にも会えない、そんな寂しさとかあるじゃない。だから、なんだかね、やっぱり、言わば大人の恋ってやつですかな。はあ、あほか。御免、つい調子乗り過ぎ。
 でも互いを慰め合うっていうの、忘れもしない、年が明けた今年の元旦、寂しそうな雪さんの様子についぼくから誘った、新宿ネオン町三丁目五番街のラヴホテル『海猫』。何だか海の音でも聴こえて来そうなとこでさ、海猫のネオンの文字もまだ暮れない繁華街の空気の中で震えていたっけ。でもラヴホ行ったのは、その一回切り。だって……、その後直ぐ駄目になっちゃったから、雪さんとぼく。
 何がいけなかったのか、上手く思い付かない。強いて言えばやっぱりお互い、自分の過去を引きずり過ぎていたってことかな。でも実際雪さんのことを本当にぼくは好きだったのかどうか、良く分からない。そして今でも好きなのか。そだな、俺にも分かんねえよって。うん、そうだね。でも、ま、いいか。そのうち分かるさ、そのうちね、きっと……。
 とまあ、これが詰まんないぼくの半生の思い出語りでござい。さあ、辛気臭い話はこれ位にして、飲も飲も。飲んで唄って踊り明かして、やなことは忘れようぜ、なんだかね、やっぱり。
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