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文字数 2,916文字

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 犯人の存在を伝えるため、私は様々な場所で、読み手を待つことにした。
 インターネットのページ上に、日付を指定されて公開を待機している私がいる。首を傾げる郵便配達のおじさんの手の中で、宛先不明でポストに帰るのを待っている私がいる。図書館の、今はまだ借りられない書籍のページに挟まれ、手にとられることを待っている私がいる。
 狭苦しいあるじの部屋から外へ出て、私は新しい世界に出会った。そうして様々な文章達と交流する機会を持った。それぞれ異なった文面を持つ彼らと互いの文面を見せ合うことに、私はしばらく没頭した。

 私は郵便局の文章である。住所ごとに仕分けされた箱の中に、沢山の他の文章達と一緒に収まっている。宛先不明の判子が押された封筒の中の私は、差出元の住所へ向けて、返送されるところだ。

 郵便局の文章たちは、みな、大人びていた。ダイレクトメールや納税通知書、お礼状などがひしめいて、読み手のもとに辿り着くのを待っている。彼らの文面のほとんどは挨拶から始まっており、挨拶を済ませてから本文を始めるのが礼儀だとみな言った。だから私が文面を見せると、彼らはまず挨拶がないのが気になって、君の文面は礼儀がなっていないよと苦言を呈す。それから内容を読み進んでいくと、みな段々と口数が少なくなり、相手にしてくれなくなってしまった。

 私の封筒は他の文章たちと一緒に輪ゴムで括られ、郵便配達のバイクに収められた。戸建て住宅の郵便受けや、アパートに並んだ集合ポストに、みな次々と放り込まれていく。

 私はてっきりあるじのマンションに戻るのだと思っていたのだが、配達員は別のマンションの郵便受けに私を収めた。よく片付いた綺麗な郵便受けである。ごちゃごちゃと折り込みチラシたちの詰まったあるじのところとは雲泥の差だ。
 私の入れられた小部屋には、名札がついていない。私はおろおろした。

(やあ、また新しいのが来たね)

 突然、私は話しかけられた。私を包んだ封筒の下に、葉書が一葉と封筒が一通、佇んでいた。
 葉書はパソコンで印字されていて、表にカード会社の名前がみてとれた。封筒は手書きでしたためられており、薄いグレーの洒落た色をしている。

(こんにちは。よろしくお願いします。ここは誰の郵便受けの中ですか?)
(んん?)
 ふたりは驚いた様子だった。
(知らないで来たの? きみ、宛名は?)
(宛名?)
(誰宛ての文章? 封筒に書いてあるだろ? 表側にあるのが宛名で、裏側にあるのが送り元なんだ)

 私を包む封筒は、宛先に名前を持っていない。住所なら持っているが、書かれた住所はでたらめなものだ。私は一度離島まで渡って、そこの郵便配達のおじさんに、ずいぶん手間をとらせてしまった。散々探しまわった挙句に見つけられずに、本土に送り返されたのだ。
 こちらの配達員は、今度は送り元の住所を見て、この郵便受けに私を収めた。送り元には確かにあるじの名が記されているのだが、住所があるじのマンションのものとは違っているようなのだ。

(よくわからないね。きみの書き手はきみを誰に読んでほしかったんだ? きみ、どんな文面なの?)

 私たちは互いに文面を見せ合った。葉書はカードクレジットの督促状で、封筒はラブレターだった。
 ふたりは私の文面をみて、変わり種だなあと笑った。せっかく告発文なんて珍しいものを持っているのに、宛先不明じゃどうしていいかわからないじゃないかと言う。

(ともかく、よろしく。きみ、この世界に入ってまだ日が浅いよな?)督促状が言った。
(はい。まだ書かれたばかりです)
(私はもう随分経つよ。何万通と葉書に印字されて、こうして配達されている。色々と旅をしていると、変な奴と出くわすことは多いけど、きみは一段と変な奴だね)

 文章の生は文面とともにあり、表示手段に拠らない。印刷された日時は重要じゃない。私たちの生誕は、あくまで文面の核が生み出された時点にある。
 督促状はもう数年も同じ文面で、様々な読み手に読まれているらしい。堂々とした話しぶりに、年季からくる自信が窺えた。それに比べるとラブレターはまだ慣れていない感じで、督促状の言葉に相槌を打って聞き入っている。郵便受けに入ったのが先だったためか、私には饒舌に接してくれた。
 読み手に取り出されるまで、私は彼らと話をして過ごした。郵便局では遠巻きにされていたが、暗い郵便受けの中で三通きりでいると、どこか仲間意識が生まれてきて楽しい。

(私の文面、変ですか? 郵便局では浮いてしまって)
(いや、まあね。そうだろうな。誰宛てかわからない文章っていうのは、ちょっとおかしいかな)
(誰宛て?)
(たとえばね)
 と督促状は言った。
(私は読み手にお金を払ってもらうのが仕事だ。私の存在理由は、その一点にある。私が生まれたとき、私の文面が、それを決定づけたんだ)

 私もラブレターも頷いた。私たちには存在理由がある。私は憎き犯人を滅ぼすために、ラブレターは送り主の想いを伝えるために、いまこうしてここにいる。

(私は読み手に、料金の支払いを督促する。でも私の読み手たちは、ルーズな人が多い。私の文面を読んでも、まだ大丈夫だろうって勝手に判断して本気にしない。私は彼らに、私の本気を伝えなくちゃいけないんだ)

 だから私は読み手の名前を持っているのさ、と督促状は言った。

(人間っていうのは相手が〝自分〟に対して言っているのだと感じないと、いやなことや面倒なことは読み流す生き物なんだ。皆さん払ってくださいね、じゃ、誰も払わない。だから私は読み手の名前を持っているし、読まれるときも、さあ払え払え払えって、相手に全身で念じるようにしている。伝わるんだよ、そういうのは。本当にうまくいったときは相手が私を読みながら、青くなって身体をぶるぶる震わせるのがわかるんだ。一瞬でも気を抜いちゃいけない)

 督促状は全身から気迫を漂わせた。

(そうしてはじめて、読み手は私の文面に従い、お金を払い込んでくれる。読まれることは、読み手との真剣勝負なんだ)

 ラブレターがしきりに頷いた。

(オレもそう思うね。本気でぶつかり合わないと、気持ちなんて伝わらないよ。だから、きみを見てると、ちょっと不安だ。宛先不明の文章なんて)
(あるじは量で勝負したんですよ。一人に伝わらなくても、私を読んだうちの誰かが通報してくれればそれでいいんだ)
(それってどうかなあ。誰でもいいっていうのは、ハートが足りないと思うけどな。読み手を動かすのは自分へ向けられた熱い魂だよ。フィーリングだよ)
(ハートの問題はともかくとして、伝わりにくいのは確かだろうね)

 ラブレターと督促状に好き勝手に言われて、私はかちんときた。

(でも私の持っている文面は特別なものなんだ。轢き逃げをした憎き犯人を、告発しているんだ。宛名がどうとか時候の挨拶がどうとか関係ない。読み手もそれくらいわかってくれる)
(ふふん)
 督促状が乾いた声を出した。
(まだまだ若いね)
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