今日はバレンタイン

文字数 6,302文字

2月14日、金曜日。
今日という日を待ち望んでいた。

「……よしっ」
朝の支度をバッチリと終え、気合いを入れる。
ここまで時間をかけたのは初めてだ。
何せ、今日はかの有名なバレンタインデー。
1年で一番、学校全体が浮き足立つ日だ。
かくいう俺もその1人なのだが、少し違う。

理由がある。
「今日こそは想いを伝える」
鏡の向こうの自分にそう言い切る。

何の腐れ縁か、生まれた時から隣だった。
同じ日に同じ病院で生を受け、退院後は隣の家。
両親同士はとても仲が良く2人が生まれる前から
よく一緒にご飯を食べたり、出かけたりしていたらしい。
そんな交流が成長してからも変わらず続き、
幼稚園の頃は1日中ずっと一緒に居るのが当たり前だった。

小学生の頃も同じで特に気にならなかったが
今思い返せばクラスメイトから冷やかされていたのだろう。
ただ、その時間すら楽しかった。
あの頃の時間と全く同じものは手に入らないだろうと思うくらいに。
だから俺は気にならなかったのだ。

それでも嫌になったことはある。
中学校に進学するくらいだろうか。
お互いの両親にあまりにもいじられるので
相手の存在が少し嫌になった。
中学に入れば人数も増えるし、距離を少しおけると考えた。
実際、その通りで一つのクラスの人数が倍近くに増え
なおかつ2クラスになった。
”そうそう同じクラスにはならないだろう!”
そう踏んで内心ガッツポーズだ。
今となってはあの頃の自分をガッツポーズでぶん殴ってやりたい。
結論は3年間同じクラス、他に3年間同じクラスだった人は1人もいない。

ただ、先生方がどういった意図があって決めているかは別として
クラス分けはあくまで運だ。
もちろん誕生日も生まれた病院も選べない。それはもう仕方がない。
なぜ、”隣に”なることが多いのか。
理由は簡単、日本が誇る50音順だ。
斎藤 結衣と細藤 悠。
漢字が違うが苗字は二人とも”さいとう”。
名前は”ゆい”と”ゆう”だ。
この間にはいるとしたら”さいとう ゆうい”さんくらいだろう。
今まで出会ったことはない。
この名前のおかげで学校の行事の際、出席番号で並ぶ時は
前後左右必ずどこかにお互いがいる。

別に良かった。隣にいることが嫌だったわけではない。
周りからの目線が気に入らなくて、
中学入学後は結衣に話しかけられてもそっけない態度を取ることにした。
部活に入ったこともあり、会う時間はかなり少なくなった。
今では後悔している。
そしてその関係のまま、高校2年生になった。
クラスは今も同じだ。


「ふぅ」
学校が近くなり、ため息が漏れてしまう。
さすがに緊張する。
「おはようー、悠」
「おう、翼」
同じ部活でクラスメイトの翼と会った。
うちの部のキャプテンだ。

「いやー、今日はドキドキするな!」
「本当に緊張する…」
「お、元気ないな。なんかあったのか?」
「いや、前にも言っただろ!今日は…その…」
「ごめんごめん、少しでも和めばと思ったんだよ」
人の気も知らないで、そう思い恨みを込めた目線を送る。
「翼の方が大変だろ。毎年毎年あんなにたくさん」
「本当にありがたいわ」
モテるやつの余裕を間近に感じ、胃が荒れる。
「そういう悠だって、たくさんもらうだろ」
「日頃のお礼とかの義理な。
 去年とかはこれで全員分ってまとまってもらったぞ」
「なかなかそうはならないよなー」
笑いながら翼が言う。
「で、今回はこっちから渡しちゃえってことだもんな」
「……」
右手のカバンに目を落とす。
最初に相談したのは翼だ。
いわゆる逆チョコ計画はかなり恥ずかしさもあり
翼に相談することさえためらいがあったのだが
”いいじゃん!できることあれば言ってくれよ、手伝うからさ”
そう言ってくれた。
この気がいい友人がいてくれたことが嬉しく思えた。
「渡せるといいな、斎藤さんに」
「…おう」

校門が近づいてきて、登校している生徒も増えてきた。
「「「遠藤センパーイっ!」」」
翼があっという間に後輩たちに囲まれる。
ちなみに部活のマネージャー3人組だ。
「これ私からですっ!」
「私もっ!」
「こっちもお願いしますっ!」
我よ我よとプレゼントを差し出している。
「おー、皆ありがとう」
キャーッ!と割れんばかりの声援が起こる。
流石、我らがキャプテンだ。動じない。
「はいっ、こっちは細藤先輩です!」
「皆でまとめてみました!」
今年もか。
「まぁ、ありがとう」
「いーえっ、日頃のお礼ですっ」
「いつも片付けとか手伝ってもらってますし」
「よかったなー、悠っ」
「お前は黙っててくれ…」

盛大な出迎えが終わりようやく校舎に入れた。
教室に着くと、やはり皆ソワソワしている様だ。
「お、おはよー。遠藤くん、細藤くん」
「おはよー、前田さん」
おはよう、挨拶を返す。
クラスメイトたちは皆来ている様だった。
結衣も来ている。
「「っ」」
一瞬目があったが、お互いにすぐそらしてしまった。
慌てる様子を悟られない様にそのまま席へと向かう。
俺の席は教室の端、窓側なのだが異様に人口密度が高い。
「何してるんだ…?」
クラスの男子諸君が固まってブツブツ言い合っていた。
「お、来やがったな。2大巨頭…!」
「今日限りはお前たちは敵だ!」
「明日からは友達だがな!!」
こんな感じでこのクラスの男子は仲がいい。
「じゃあ、皆きたしいいかなー」
委員長である前田さんが話し始める。
「はーい、注目ー!」
何事かと男子諸君も目を向ける。
「今年はなんと皆でバレンタインのお菓子を用意しましたー!」
1つずつ義理ねー、そう付け加え男子たちに配り始めた。
様子がおかしい。動きがない男子たちがいる。
「これはただのクッキー、ただのクッキー…っ」
「嬉しくない、嬉しさは見せない…っ」
「お母さん、今日までありがとう…っ」
喜んでいるようで何よりだった。
「皆良かったなー!」
「「「お前は黙っててくれ!!!」」」
総ツッコミだ、俺は黙る。

「はい、こっちは遠藤くんへっ」
…気のせいだろうか、少し豪華だ。
「ありがとうなー」
「そしてそして、こっちは細藤くんっ!」
デデーンッという効果音がぴったりだろうその大きさは
机をはみ出していた。
「いや、なんでこんなに大きいんだ!?」
「もちろん、皆からの日頃のお礼だよっ」
さっきも言われたが特に何かをしているわけではない。
「いろんなことしてもらってるからねー」
「掃除も手伝ってくれるし」
「勉強も教えてくれるし」
「フォローしてもらってばっかりだから、今日くらいはねっ」
まぁ、嬉しいことでしかないがある点が気になる。
これは結衣からの分も含まれているだろうか。
結衣からは毎年バレンタインをもらっている。
会うことは時間の都合や俺が避けていたので難しく
母さんが受け取ったのを俺が受け取る形だ。

もちろんお返しも渡している。
中学に入った後、距離を置いて過ごした時期に
気づかされた。
結衣のことが好き、という気持ちに。
その事実は毎晩自分を恥ずかしさで苦しませるものであったが
だから、ちゃんと前みたいに話したい。
一緒にいたいと思えた。
中学2年生の頃だ。
なんとか会うきっかけをと思い
ホワイトデーを口実に会おうとしていたのだが
結果は全く上手くいかず。
意気地なしさにまた悶え苦しむばかり。
そこで今年の逆チョコ作戦だ。
やり遂げてみせる。

横目で結衣を見ると、また目が合う。
そして目線がそれていった。

「お返しは3倍で!お待ちしてまーすっ」
前田さんのその言葉でちょうどチャイムがなった。
朝のホームルームの時間だが、集中できそうにはなかった。


「…生きてるか?」
翼の声がする。
「…オォ、ソラオハヨウ」
「もう昼だぞ。」
「もう昼か…」
午前中の作戦は全て翼振りに終わってしまった。
合間の休み時間に話しかけて約束をしようとしたのだが
友達と話し始めたり、普段よりも早く移動教室に向かったり
果てには話しかける直前でどこかへ行ってしまった。
「…完全に避けられてる」
「まぁ、当たり前といえば当たり前だよな」
翼の言葉が厳しく刺さる。
「そうだな、今まで俺がしてきたことだ…」
目は合う、合うのだがすぐにそらされてしまう。
このままでは約束もできずに1日が終わってしまう。
「じゃああれだ!メールしよう!」
翼のアイディアは確かに間違いはないがあまり乗り切れない。
「…この機会しかないから特別な感じにしたい」
それもそうだな、翼が同意する。
「じゃあ手紙とかだな。書いて次の休み時間で渡す!」
「…そうだな。よしっ、まずは書く!」
苦手な文章を考えることにした。
この際苦手とか言ってられない、やるしかない。

結果は同じく。
なんとか文章は作ったが渡せない。
直線でやっぱり避けられてしまう。
自分の気持ちの中に絶望と諦めが大きくなってきた。
「大丈夫かー?」
「もう…ダメかもしれない…」
「あぁー…」
約束ができたところで想いを伝えても
断られる未来しか想像できない。
こんなにも遠くなってしまったと自身の行動を悔いてしまうばかりだ。
「ちょっと、飲み物買ってくる」
いってらー、翼に見送られて教室を後にする。
自動販売機に着き、水を購入。
そしてその場を後にしようとした時。
「…あ、あのっ」
急に声をかけられる。
振り返ると後輩の1年生、確か名前は
「花井さん、だっけ?こんにちは」
「こ、こんにちは…えっと…」
どうしたのか、考えていると
「これっ!」
手渡されたのは1通の手紙だった。
「え、これ…」
花井さんはどこかへ走り去ってしまった。


「…で、どうするんだ?」
「まぁ、とりあえず会うよ」
放課後になり帰り支度中だ。
結衣はもう帰ったようだ、早すぎる。
昼に渡された手紙には
1-Aの教室で会ってほしいということが書かれていた。
無下にもできないし、何よりも諦めが強くあり
作戦のやる気が起きなかった。
「どこであったんだ、この子と」
もっともの疑問だ。部活はまったく違う。
花井さんは確か吹奏楽部だったか、結衣と同じ。
「結構よく会うんだよ。プリントこぼしてたり何か散らかしてたり」
「あー、それは確かに悠は見過ごせないからなー」
お人好し、そう言われる人種なのだろう、よく言われる。
「ま、どうするかは悠がしっかり決めなよ」
じゃあ、俺は帰るからー、翼は帰っていった。
どうする。
自分の中で答えが出ない。
こういった明らかな好意を向けてもらえたのは初めてだ。
今日1日何もうまくいかなかった。
だから揺れ動く、気持ちが、覚悟が。


約束の時間の2分前、教室へ入る。
教壇には花井さんがいた。
「手紙ありがとう」
「い、いえ…」
沈黙が夕焼けに染まる教室に佇む。
「…結衣さんから聞いたんです」
「え?」
「名前、会った時はわからなかったから」
そうか、話したことはあったけど名前は言ってなかったのか。
「みんなに優しくて、噂もよく聞きます。先輩の」
言葉に詰まりながらも話し始める花井さん。
「有名だったからすぐにわかりました。そしたら結衣さんが仲良いって知って…」
「…最近は話さないんだけどな」
事実を口にしているだけだが、今は重く心にのしかかる。
「結衣さんに相談したら、特別な人はいないはずって。だから、私…」
そう思われているということが今の想いに拍車をかける。
やっぱり無理だったんだ。

花井さんの言葉が俺の意識を遮り、届く。
「先輩のまっすぐなところが好きです。
 色々な人を手伝って、それでも真摯なところが」
 だから、私と付き合ってください…!」
俺は自分がバカだと思っていたけど、今ほど感じたことは、ない。

「ありがとう、花井さん」
















家に着いてから、スマホを手に取る。
メッセージを送りたい相手の送信先を探す。
昼間は断った翼の案だけど、一番確実だ。
『今から会える?』
素っ気ない文章だな。昼に書いた文章とはえらい違いだ。
ピロン、返信が来る。
『どこで?』
近くの公園で待ってることを伝えて、家を出る。
来てくれるだろうか、不安しかない。
けど、腹をくくるしかない。
手には四角い箱だけ。

その時間はあっという間に来た。
俺が公園に着いた後、5分もかからずに待ち人が来た。
「…久しぶり」
「おう、久しぶり」
結衣は手に小さな紙袋を持ち、まっすぐにこっちを見ながら歩いてくる。
こうして面と向かって話すのは本当に久しぶりだ。
不思議と緊張はなかった。
「どうしたの、改まって。今日1日変だったし…」
「気付いていたのか」
「そりゃあ…、あんなに目が合えば…」
「じゃあ、話が早いか。話があるんだ」
結衣の肩がビクッと震える。
「…五月ちゃんの話?」
「五月ちゃんって花井さんか?」
「うん、前に相談されたの。その感じだと話せたんだ…よかった」
「後輩想いだな」
「悠の方が、でしょ。最初聞いた時びっくりしたんだから」
「俺も今日知ってびっくりしたよ」
「っ…。おめでとう、泣かせたりしないでね」
「…もう泣かせちゃったかもな」
「それって、どういう…?」
「断ったんだ」
結衣の顔が驚きに染まる。
「あれだけ勇気を出して、伝えてくれてさ。
 上手くいかなかったら落ち込むよ」
結衣は黙って話を聞いている。
「それでも最後、花井さんは伝えてくれた。
 ありがとうって、結衣さんにも伝えてくださいって。
 だから、俺も約束を果たすよ」
四角い箱を結衣の前に差し出す。
「これ、バレンタインだから」
結衣の手に箱が渡る。
「…なんで、急に」
その言葉は切迫した中で絞り出した、とても重いものだった。
「急にじゃ、ないんだけどな。上手く出来なかった、ごめん」
「…今まで私が話しかけても、全然話してくれなかったし…っ。
 ずっと話しかけてたのに、今日まで会ってくれなくて…。
 前みたいに二人でいれたらって思ってたのに…っ」
「虫が良すぎるよな。けど、気づけたのは隣にいなかった時間があったから。
 俺はバカだから、そんな簡単なことにも気づかなかったよ」
周りから冷やかされても、やっぱり隣にいたかった。
「今日1日でもう無理だって思っちゃったよ。
 …けど、花井さんが想いを聞かせてくれた。
 俺もそこで止まってちゃいけないなって思えた」
間が支配する。
「また、隣にいてもいいか?」
「…うん、わかった。五月ちゃんに免じて聞いてあげる、そのお願い」

長い1日が終わった。
 

「で、このチョコは何なの?」
家への帰り道の途中、結衣が聞いてきた。
もっともな疑問だ。
「あー、それは…日頃のお礼…?」
「バレンタインだから?そーゆーのは…」
「あーー、ごめん、それは違う。嘘ついた。
 お礼はそうだけどそれが一番の理由じゃないわ」
じゃあ、何で?と言いたそうな表情でこちらを見る。
あまり伝わりづらい作戦だったのか?逆チョコ作戦。
とりあえず翼にはまた今度、文句をつけるとしよう。
「ほら、バレンタインは日頃のお礼を伝える日でもあるけど。
 もう一つ、大事な日でもあるだろ?」
察したのか、結衣の顔が染まっていく。
もうすでに日は落ちている。


「結衣が好きだ、ずっと前から」




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