Dr.ニコルの検死FILE

エピソードの総文字数=1,415文字

「──と、まあ、こんな感じでよ」
 そこまで語ったところで、デイヴィッド警部はようやく言葉を切った。
 ただし、思い出したことで余計にイライラが増してしまったのか、いつの間にかその膝をカタカタと言わせている始末だった。
 だからこそニコルはあえて苦笑混じりに、
「まあ、そうイライラしないで」
 そう穏やかに言いながら、白いカップを警部の目の前へと差し出したのだ。
 暖かそうな湯気とともにカップの中から立ち昇ったのは、茶葉の芳しい香りとミルクの甘い香り。
 この抗しがたい芳醇な香りにやられては、さしものデイヴィッド警部もお手上げだったようで、
「あ、ああ、すまんな」
 カップを受け取るや、おとなしくその濃厚なミルクティーを堪能し始めた。
 するとそれを見届けたニコル、ここぞとばかりにニッコリと微笑んで、場を和まさんとうんちくを語り出したではないか。
「いいお茶でしょ。先日ダージリンの夏摘みが手に入ったんで、早速入れてみたんですよ。この力強いマスカテルフレーバーが、ミルクと相性がよく──」
 だが、そこまで語ったところで、
「その話はまた今度にしてくんな」
 おとなしく紅茶を味わっていたはずのデイヴィッド警部に、ピシャリと口を挟まれる羽目となった。
 いや、そればかりか、
「やっぱりなにかあるんですね……」
 ごまかしきれなかったかとばかりにそう静かに返すや、今度は、
「そのとおり」
 なんともいえない満面の笑みで、きっぱりと返される羽目ともなってしまった。
 こういう笑顔を見せる時の警部が一番怖い。
 そりゃあニコルの表情が無意識のうちに、ふっと重く沈んだのも無理からぬことだろう。
 だが、そんなことなどお構いなしのデイヴィッド警部はにっこり笑顔のまま、さらっととんでもないことを口にしたのだった。
「ズバリ、お前さんの力が借りたい!」
「は? 私の力を? でも、スティーヴ警視に言われたんでしょ? 『人員は割けない』って」
「たしかに言われたなぁ。ただし、『ヤードの人員は』ってな」
「あっ!」
 素っ頓狂な声を上げ、ニコルは眼を丸くした。
 対照的にデイヴィッド警部の頬はにたりと緩んだ。
「そう。お前さんはヤードの人間じゃなく、あくまで役所から派遣されてる嘱託医師だから、スティーヴ警視の言う『ヤードの人員』には含まれねえんだよ」
「で、でも、それは詭弁というものでは……」
「やかましいっ! それ以上つべこべ言いやがると、今後は犯罪捜査課が協力してやらねえぞ!」
「それは……、困ります」
「じゃあ、決まりだな?」
 かくも押しの強い声で返答を迫る、デイヴィッド警部の念押し。こうなっては、もはや『ノー』とは言えない。
「……わかりました」
 がっくりと肩を落としながら、渋々承諾する他はなかった。
 と、次の瞬間には、デイヴィッド警部の脅迫染みた笑顔が、途端に太陽の輝きへと変わっていた。
「いやぁ~! やっぱ俺が見込んだ男だけはあるよ。この事件が終わったら、一緒に飲みにでも行こうぜ。なっ!」
 肩に手を回しながら、こうも天真爛漫に言ってのけるデイヴィッド警部に、二つの意味で肩の重くなったニコルはただぼそりと力なく訊ねることしかできなくなっていた。
「で、なにをすればいいんですか?」
「検死だよ、検死」
「はぁ?」
 そんなニコルの裏返った声は、研究室の中にただ虚しく響き渡るだけだった。

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