カートリッジという「楽器」(結構私の妄想を含む)

文字数 2,711文字

 楽器にとってとても大切なのは倍音です。楽器は音叉のような純音を出すわけではありません。それ以外のたくさんの音の成分が含まれています。その中で一番低い音が基音で、それの2倍3倍4倍…と、整数倍の周波数の、つまり高い音が同時に発生します。
 弦楽器、管楽器などのアコースティックの楽器では、その内部のいろんな場所が振動したり共鳴したりしながら、その楽器特有の倍音を作り出し、それがその楽器特有の豊かな音色を作り出します。

 ところで、「カートリッジは楽器だ」という意見があります。実は、レコード針が音溝をなぞる、あるいはカンチレバーやカートリッジ等が共振する等々によって発生するの音は、「楽器の倍音もどき」の音になるかも知れませんし、ならないかも知れません。だけどそれは、全く無関係な周波数の音ではありません。一応「倍音」にはなっています。
 何故かというと、楽器もレコード針も「メカニカル」に動いているからです。同じ力学の法則に従って動いているのです。だから上手く作られたレコード針、カンチレバー、カートリッジ本体、それからヘッドシェルやトーンアームは、楽器の倍音の如き音を発生するかも知れないのです。しないかもしれないけれど。ともあれそれが、「カートリッジは楽器だ」という所以です。

 つまりいい音のするカートリッジは、「原音に忠実に」という性能もさることながら、あたかも楽器のような倍音も「捏造」しているのです。だからいいカートリッジと、いいシステムでレコードを再生すると、あたかも演奏の現場にいるかのような音になるのです。だまされるのです。そしてそこにはカートリッジが「捏造」した倍音、つまりいろんな「楽器もどき」の倍音が含まれているのです。
 ただしそれは、所詮カートリッジが捏造して作った音なので、「本当の」音ではありません。
 しかし…

 私も多少は楽器を演奏するので分かりますが、楽器は一台一台音が違います。例えばギターでも、一本一本音が違います。だけど、「本物のギター音」というのはすぐに分かります。1万円の練習用のギターも、40万円のマーチンのギターも、本物のギターの音です。
 ところがキーボードでギターの音を出すと、一発で「電子音」だと分かってしまいます。最近のJ-POPなんかの音楽でも、「打ち込み」で作ったものはすぐに分かります。いろんな楽器の「それらしい」音が入っていても、電子音だということはすぐに分かってしまいます。まあ、それを好んで聴く人は、そんなこと気にもかけないでしょうけれど。
 いずれにしても、人が人力で楽器を演奏してそれを録音した音と、打ち込みでは全く違います。それは実写とCGの関係にも似ています。

 それで、確かにカートリッジが倍音を「捏造」して作った楽器の音は偽物の楽器の音です。だけど不思議な事に、それは「実在してもおかしくない」音なのです。
 私はかつて、鈴木直樹さんとSwing Ace Orchestraのメンバーの数人の演奏を目の前、それも2メートルくらいの距離で聴いたことがあります。鈴木直樹さんのクラリネットと、メンバーのサックス、トランペット、トロンボーン、ベースの、まさに「生の音」を目の前で聴きました。マイクもスピーカーも何もなく、まさに生の音です。つまりそれが「演奏の現場」というものです。

 その音は、今でも私の耳に刻み込まれています。そしてその音は今、ステレオを調整する時の「音のメートル原器」みたいになっています。マイルスデイビスとかオスカーピーターソンとか秋吉敏子のコンボでの演奏をレコードで聴くとき、鈴木直樹さんらのサウンドが基準みたいになっていますね。
 それ以外の「音のメートル原器」は、グレンミラーコンサートとか、西部航空音楽隊とか、それから遠い昔、私が在学中3年連続金賞を獲得した、母校のブラスバンドとか、それから宮崎の交響楽団の演奏ですかね。あとは大学の先輩が室内楽でバイオリンを弾いていたのを横で聴いていたのと、仕事の同僚でサックスを吹く人もいたし。もちろん自分で弾くギターの音もそうです。

 そして、そういう音楽体験をベースにして、あたかも「演奏の現場」にいるかのような音を求め、私は前に書いたオーディオシステムを構築したわけです。
 そうやって組み上げた再生装置でレコードを再生すると、CDとは違い、出てくる楽器の音が、不思議なほどリアルなのです。
 例えばベルリンフィルの演奏をレコードで聴きながら思うのだけど、この音って、彼らがもうちょっと安物の楽器を使って演奏しているのを生で聴いている、みたいな感じがするのです。
 私の再生装置はそこまでパーフェクトではないでしょうから、ベルリンフィルの奏者の楽器の音が少しばかり「ランクダウン」するのかも知れないけれど、だけど鳴っている音自体はやっぱり生演奏そのもので、だから惚れ惚れするような臨場感があります。例えそれが1960年録音のレコードだったとしても、本当にその場で聴いているような錯覚を覚えるのですよ。当時の録音機器の性能を考えると、あり得ないようなリアルさなんです。
 とにかくこんな現象は、CDでは起こりえないことです。CDでは原音に近づくことはあっても、「生演奏?」ってだまされることはありません。CDでは音の劣化しかありません。その劣化が多いか少ないか、です。

 そしてそれは、レコード再生というプロセスで、カートリッジその他の、レコードプレーヤーの機器が、楽器の倍音もどきの音を追加しているからではないかと思うのです。絶対的にはそこまでいい音でなくとも、つまりハイレゾ程ではないにしても、その捏造された倍音のおかげで、多少楽器の値段が下がっても、あたかも目の前で演奏しているかの如き音を出す。本当に目の前で演奏しているのでは?とだまされる。

 それともう一つ。それはボーカルです。私は美空ひばりさんの高音質レコードを持っていますが、それをかけると、ひばりさんの肉声(!)が左右のスピーカーの真ん中で定位して響いてきます。「川の流れのように」を歌うひばりさんの声の生々しさたるや鳥肌ものです。まるでひばりさんがお墓から出てきて、本当に目の前で歌っているようで…、正直、怖いです。だけどCDで同じ曲を聴くと、ひばりさんの声に訳のわからないひずみが含まれて、ぜんぜん生々しくありません。それは歴然とした違いです。

 ともかくカートリッジは楽器? そんな音が出ちゃうから、私はアナログレコードが好きなんですけどね。だけど念のため言っておきますけど、それなりのレベルの再生装置じゃないと、そんな音は出ませんよ。

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