第14話 乱雪

文字数 1,481文字

ある日の昼下がり。

お島は、新八の診察を受けた。

「この分だと、明日には、包帯が取れそうだ」

 新八が、包帯を巻き直しながら告げた。

「ありがとうございます」

 お島がお礼を言うと頭を下げた。

 新八を玄関まで見送り、部屋に戻ると、人の気配がした。

「思った通り、絵が上手い」

 その声に驚き、部屋の中へ駆けこむと、

大吉が、自分の前に、お島が描いた絵を並べてあぐらをかいて座っていた。

「なんなんですか? 勝手に、部屋に上がり込んで‥‥ 」

 お島が訴えた。

「なあ、わしの絵も描いておくれよ」

 大吉がそう言うと、お島に近づいた。

「いいですけど」

 お島が返事した。

「見栄え良く頼む」

 大吉が言った。

お島が絵を描いている間、大吉がひとりで身の上話をはじめた。

役者をしている兄の話。好きな食べ物や好きな場所の話。

「できました」

 お島はそう言うと、完成した絵を大吉に手渡そうとした。

その時、大吉が差し伸ばした片手が下にぶれて渡し損ねた。

「!? 」

 お島は思わず絶句した。

目の前で、大吉が崩れるようにして床の上にバタンと倒れた。

「大吉さん! 大丈夫? 」

 お島は、倒れた大吉に駆け寄ると抱き起こした。

「いてえ、いてぇよ‥‥ 」

 大吉が半開きの目で訴えた。

「なにさ、いなくなったと思ったら、ここにいたかい」

 聞き覚えのある声が耳の中に飛び込んできた。

声が聞こえた方を見ると、福が戸口で、髪を振り乱した状態でつっ立っていた。

しかも、両手で守り刀を持っている。その眼は殺気に満ちていた。

「きゃあああああ! 」

 お島が悲鳴を上げた。

そのさけび声を聞きつけて、御屋敷にいた人たちが駆けつけた。

「これはいったい? 新八はまだ、近くにおるか? 」

 新六が、下男に向かって訊ねた。

「ここにおります。兄上」

 新八が、下男の背後から姿を現した。忘れ物を思い出して戻ったらしい。

「こやつは誰じゃ? 」

 尾張のお殿様の張りのある声が部屋中に響いた。

「殿‥‥ 」

 我に返った気の福が小さくつぶやいた。

「そなた、よもや?! 」

 尾張のお殿様が、福に詰め寄った。

「いいえ。福さまにあらず」

 その時、福付きの女中が前に進み出ると、福をかばった。

「そなた」

 福が、信じられないと言った風にその女中を見た。

「この娘です。己の男を連れ込んで刺殺したに違いありません」

 すると、その女中が何を思ったか、お島を指さすとウソをついた。

「違います! 」

 お島が必死に訴えた。

(何故、そんなウソを!? )

「おのれ、何を申すか? 」

 新八が声を荒げた。

「とにもかくにも、この件は表に出さぬよう対処いたせ」

 尾張のお殿様がそう告げると、逃げるようにして部屋を出て行った。

「福さま。それは? 」

 新六が、福が手にしていた守り刀を指摘した。

「島がかわいそうじゃ。島ではないと、一目瞭然じゃの」

 福が、そばにいた女中をつき離すと守り刀を床の上に置いた。

「それより、この者の命を助けなければ‥‥ 」

 新八が、下男たちに、大吉の身柄を別の部屋へ運ばせた。

大吉は治療の甲斐なく、その夜未明に息を引き取った。

大吉の死から数日後。

福はわずか1名の女中と見張り役と共に、別の屋敷へ移された。

それからしばらくして、福が暮らす四谷界隈に、

夜な夜な、幽霊が出没して世間を騒がせるようになった。

「わたしもここを去ります」

 お島が告げた。

「これから先、いかがするのじゃ? 」

 尾張のお殿様が訊ねた。

「絵を売って身を立てます」

 お島が答えた。

「新六と夫婦になるが良い。さすれば、安心じゃ」

 尾張のお殿様が、お島に縁組を勧めた。

「考えさせてくださいまし」

 お島が返事した。

 
 



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