第10話 ほうきのやくそく

文字数 4,582文字




 カーネリア・エイカーは、ルナに、ほうきは〈大事な相棒〉だと教えてくれた。
 それを聞いてすぐに、ルナは

暴れん坊のことを思い出した。

 それは、かつてのカーネリア・エイカーの相棒。
 そして今も、ルイ・マックールのお城でカーネリア・エイカー以外のパートナーを認めようとしない、ほうきのこと。

 今日、大バザール(ここ)へ来る前。ルナは朝一番にほうきのもとへあやまりに行った。無神経なことを言って傷つけてしまったと、昨日の夜に気が付いたから。
 けれど、ほうきは部屋の内側で自ら用心棒になって、ルナに扉さえ開けさせなかった。

 あの暴れんぼうは、カーネリア・エイカーが戻ってくるのを待っている。
 ほうきだけではない。
 ルイ・マックールのお城に残されたカーネリア・エイカーの持ち物たち。それに、ルイ・マックールも。

 カーネリア・エイカーの使っていた部屋を(なが)める、さみしそうなお師匠さま。その顔を思い出して、ルナは何だかほうっておけない気持ちになった。

 店主は奥にほうきをとりに行っていて、この場にいない。
 つまり、いま、ここにはルナとカーネリア・エイカーのふたりきり。
 ルナは、ほうきの品定(しなさだ)めをする美しい横顔を見つめた。

(カーネリアお姉さんは、お師匠さまがちょっとあのほうきの話をしただけで(いや)がった……。カーネリアお姉さんにとっても、あのほうきを置いていってしまったことはつらい話なのかもしれない)

 ほうきがカーネリア・エイカーを待っていることは、すでにお師匠さまが伝えた。
 だからルナは、今のほうきの様子と、ルイ・マックールが長い間そのほうきとともに、他のカーネリア・エイカーの私物も部屋ごと大切にとっていることを伝えてみた。
 余計なことかもしれなかったけれど。注意深く、言葉を選んで。

「とても信じられないわ!」

 アプリコットカラーのリップがつややかに光る。小さめのお口が、まあるく開いた。
 ルナの話を(うたが)うというのではなく、とても戸惑(とまど)っている様子。
 けれど、ルナにはその違いがよくわからない。
 本当だって信じてもらいたくて、一生懸命になって伝えた。

「本当なんです! さっきもカーネリアお姉さんに会えて、とってもうれしそうでした。あんなお師匠さまは初めてです! お師匠さまは世界一の大魔法使いなのに、いつもあんまり幸せそうじゃないんです!」

 カーネリア・エイカーは、たまらず、ぷっと吹き出したと思うと、ついにガマンができなくなって、キラキラと明るい声をたてて笑った。
 それから、その日買う予定だった自分用の新しいほうきは、買うのをやめにした。

「あなたにそんな風に見られているってことは、内緒にしておいた方がいいわ。彼のプライドに関わるんじゃないかしら? それと――」

 つづきは語らず、長いまつ毛をぱちりと片方だけまたたかせる。
 ルナは大あわてで、両手でお口をふさいだ。カーネリア・エイカーの視線の先が、店の奥に向いていたから。
 
「あなたはとてもやさしいのね。その髪の色と同じに」

 頭をなでられているみたいに心地よい声。
 ルナは髪のことを言われても、初めて困らなかった。

「そうだわ! あのほうき、

私に届けてくれない?」
「え?」

 ルナは最初、冗談かと思った。
 だってまだ、ルナは自分のほうきも持っていないのに――。

「私は毎週、水曜日のお昼前に、ここの〈まんなか広場〉に来るの。そこへ届けてもらえないかしら?」
「わたしが、ひとりでほうきに乗って大バザール(ここ)まで……?」

 オレンジ色の宝石のような(ひとみ)がきらりと輝き、「そのとおりよ」と、言っているみたいにルナに笑いかける。なんでも、お師匠さまには頼めないのだとか。

 ルナはルイ・マックールが大急ぎでインク屋へ行ってしまったときのことを思い浮かべ、確かにあれでは無理かもしれない、と納得した。

 けれどルナには、ひとりでこんなところまで来るなんて、とても考えられない。 
 いつの日か自分でほうきに乗れるようになったとしても、ルナが思い浮かべる自分の姿と言ったら、ナサル山の上をぐるぐる飛び回るところ。

 ましてや、姉弟子(あねでし)の大事なものを(あず)かるなんて……。
 申し訳ないけれど、ルナはお(ことわ)りすることにした。

「あ、あの……わたしはまだ、ほうきの乗り方も習っていないんです」
「これからなのね!」
「そ、そうです。でも、わたしは体育の授業があんまりトクイじゃないから、覚えが悪いかもしれません。届けられるようになるのがいつになるかわからないし……。宅急便の方が早くて安全だと思います!」
「宅急便はどうかしら……。あの子がおとなしく梱包(こんぽう)されると思う?」

 確かに、あの暴れん坊がくるくると緩衝材(かんしょうざい)厚紙(あつがみ)(くる)まって段ボール箱に納まっている姿なんて、想像できない。
 それどころか、段ボール箱ごと突き破って、配送業者さんを叩きのめすなんてことになったら……!

(大変だ!)

 ルナは小さくふるえ上がった。

「少しくらい遅れたっていいわ。それに……」

 カーネリア・エイカーはちょっぴり照れた顔をして、お店の入り口の方を見た。

「……ああ見えて、あの人は見る目があるから。決して、できない子を選んだりしないわ」

 ルナの胸の奥から、ゆっくり大きく広がるような

がわいてきた。
 それは弱気なルナにとって「がんばったらできるかも」と、思わせるような力を持っている

だった。

「わたし、やってみます!」
「決まりね! それじゃあ、早くほうきを選びましょう。楽しい気持ちと、これだって気持ちで選ぶといいわよ」

 引き受けてしまったことに心配な気持ちもあるけれど、小さな体には、ぐんぐん力がわいてくる。
 カーネリア・エイカーとあのほうきの喜ぶところを想像すると、ルナはもう、楽しい気持ち。
 姉弟子の眼鏡(めがね)にかなったものの中から、すぐに一本を選びだした。

「これにします!」

 カーネリア・エイカーは、笑顔でうなずいて、軽やかな声で店主を呼んだ。


 〈ほうきの店〉を出ると、姉妹(きょうだい)弟子は楽しくウインドウショッピングをしながらインク屋へ向かった。
 インク屋へは、ルナを師匠のもとへ送っていくため。

 カーネリア・エイカーは、案外(あんがい)面倒見(めんどうみ)がいい。
 それに、やっぱりルイ・マックールのことをよく知っている。

 この大バザールにインクを(あつか)う店は、文房具(ぶんぼうぐ)屋から専門店(せんもんてん)まで、ざっと数百を()える。そのどこへ行くかなんて、ルイ・マックールは〈ほうきの店〉を出るとき、一言も言わなかった。

(きっと、むかしから(かよ)っているお店なんだろうな)

 ルナは姉弟子が、お師匠さまの

にしているお店をちゃんと覚えていてくれたことが、なんだかうれしかった。
 ゴキゲンで、あっちのお店、こっちのテントと、少し進んでは姉弟子に足を止めてもらう。

「あっ! あんまり遅くなったら、お師匠さまが心配しちゃう……!」
「大丈夫よ」

 カーネリア・エイカーは、首にかかる銀色の細いチェーンをシャラリと指で引く。
 胸元から出てきたのは、チェーンの先につながったダイヤモンドのペンダントトップ。
 ダイヤモンドの中には、小さなエメラルドグリーンの羽根(はね)が閉じ込められている。

「あ!」

 ルナは見覚えのある羽根に声を上げた。
 カーネリア・エイカーは、にこりと小さくうなずいた。

 その羽根は、いつもルイ・マックールのマントに差してあるものを、そっくりそのまま小さくしたようだった。

「この羽根がある限り、ルイに私の居場所が知れちゃうの。だからこうして、宝石の中に封じこめたんだけど……あまり効果がなかったみたい」

 ルナは〈ほうきの店〉で店主に変身していたカーネリア・エイカーと、その時のルイ・マックールの様子を思い出した。

「はじめから、知っていたんだ……」

 居場所が知れるのは、その昔、ふたりで暮らしていた時、何かあったらにすぐに()け付けられるようにと、ルイ・マックールがそうしたという。

「私といれば、あなたの居場所が大体分かるから、お師匠さまは心配なしよ」

 ルナは安心して、ピンク色に火照(ほて)ったほっぺをゆるませる。
 ウインドウショッピングが楽しくて、さっきから顔がホカホカしていた。

「そういえば、あなたには言っておいた方がいいわね……」
「?」

 急に真剣(しんけん)な顔をして、カーネリア・エイカーはルナの目を見て()げた。

「気を付けるのよ、ルイは……なんて言ったらいいかしら……? そう! 〈悪い男〉なんだから!」
「ええ!?」

 ルナにしてはめずらしく、大きな声が出た。
 さっきまで、カーネリアお姉さんはお師匠さまのことを、

に見ているのだとばかり、思っていたから。

 それに、ルナの目には、お師匠さまが特に〈悪い男〉というものには見えない。
 確かに、ルナのお師匠さまは昔から美少年というウワサもあるし、本当に見惚(みと)れるくらい美しい男の人だ。
 けれど、それとこれとは別の話だと、ルナなりに思う。

 戸惑(とまど)妹弟子(いもうとでし)に、カーネリア・エイカーは、おそらくルイ・マックールのことを思い浮かべたのだろう、溜息(ためいき)と一緒に語り始めた。

「あなたは子供だし、弟子入りしたてだから、まだ気がついていないのよ。あの人はね、無自覚(むじかく)に女の子をその気にさせるの」

 ルナは、ポカンとして姉弟子を見上げた。
 カーネリア・エイカーの目はもはや、ルナではなく、過去の日のルイ・マックールに向いている様子。

「おまけに来る者(こば)まずで、本っ当にタチが悪いんだから!!」

 最後のほうは、興奮(こうふん)して声が大きくなっていた。

「そうよ。まさか、これがまだ使えたなんて思わなかったの!」

 カーネリア・エイカーは気持ちを落ち着けるように、ふう、と長い息をついて、妹弟子にこれまでのことを少しだけ語った。

「ルイのもとを離れてから、彼に関することを徹底的(てっていてき)()けて生きてきたの。だから今回の(さわ)ぎのことも知らなかったのよ。まさか、いまさら私以外に弟子をとるだなんてことも!」

 ルナはじっと、姉弟子の話すのを聞いた。

「もう、百年も前のことなのに、動揺(どうよう)したし、頭に来たわ……。いったいどういうつもりなのかしら!? ってね。でも、なんの不思議もないことなのよ。単に舞踏会(ぶとうかい)で若い娘と遊ぶのに()きただけだわ、って思っていたの。――あなたのことを見るまではね」

 それは、ルナが年頃の娘にはまだ少し早い年齢だ、という意味だろうか。
 カーネリア・エイカーは少しだけ、ホッとした顔をしていた。

「きっと、あなたはルイのちゃんとした弟子なのね」

 カーネリア・エイカーはさっきのペンダントを、もう一度ドレスの中にしまって、大バザールの晴れた空を(あお)いだ。

「もう(かく)れて生きてるのは()めね! これからは自分の名前で生きていくわ! ……少しずつ、少しずつね」


 カーネリア・エイカーはインクやの真ん前まで来ておいて、中へは入らなかった。

 ルイ・マックールは予想していたかのように、そのことについてルナに(たず)ねたりはせず、ただ静かに、ルナの髪の結び目に見覚えのないお月さまを見つけて、優しい微笑みを浮かべた。

『可愛い妹弟子への、プレゼントよ』

 ルナの美しい姉弟子は、ルイ・マックール商戦(しょうせん)第二弾の目玉商品、〈新弟子ルナ〉の名にちなんだ左右二つで一セットの、お月さまのヘアゴムを買った。

 それはすぐに、ルナの宝物に仲間入りした。
 そして今、ルナの左右の三つ()みのはしっこで、キラキラと光っている。
 

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登場人物紹介

【ルイ・マックール】

15歳の若さで世界一の大魔法使いとなった天才。

当時世界中の注目を集めたが、それっきり姿を消していた。

今回、約100年ぶりに沈黙を破り、突然の弟子とりを発表した。

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