エピローグ 嬉しい『罰』

エピソード文字数 3,751文字

 次の日の朝参に出席した者たちは、少なからず驚いた。
 ……御帳台が、二つある。
 それはつまり、一つはこの国の王である扇賢のもの。……もう一つは。
 この国の『正妃』で、だが、『斎姫』であるがゆえに普段は朝参に参加しない、暎蓮のものであることがわかったからだった。
 もちろん、暎蓮のほうの御帳台はやや小さいし、御簾も上げられなかったが、扇賢のほうの御帳台の御簾は、途中で上がることになった。
 出席者たちは驚きを隠しきれないままで、それでも朝参はいつも通り進んだ。
 その日の議題が出そろい、朝参もそろそろ終わるか、という時、扇賢の声がした。
「ここで、異動命令を出す。重大な『罪』を犯したために、異動を余儀なくすることとなった。……これは、いわば、『罰』だ」
 その言葉を聞いた、朝参に参加していた殿上人たちは、ざわめいた。……『国王』から、ここまではっきり、『重大な罪』と『罰』と言われた者は初めてだった。
 果たして、どんな『罪』で、『罰』なのか?
 朝参に参加していた面々は、それぞれ、自分の身になにか覚えがあるだろうかと、必死に記憶を探り、取り乱して、『朝参の間』は、にわかに騒がしくなった。
 彪は、なんだか、いやな予感がした。
 この、『罪』と『罰』って、もしかして……。
 考えている彪だったが、その彼のもとへ、扇賢の声が、朗々と響いた。
「……白点 彪!」
 まだ若いうえに、占天省に入ったばかりの下っ端なので、群衆の後ろのほうに座していた彪を、貴族たちが一斉に振り返った。……史上最年少で宮廷に入ったため、彼の存在は、たとえ下っ端であろうとも、どこにいても目立つのだ。
 彪は、その人々の視線の圧力に負けて、一瞬戸惑ったが、あわてて、平伏した。
「は、はい!」
 彼は、あせって返事をした。
 ……いつもは『扇様』呼ばわりだが、今は公務の最中だ、臣下の礼を取らないといけない。
 平伏したまま、上目づかいに扇賢の御帳台を見ると、ちょうど、前に垂らしてあった御簾が、女官の手によってからげられるところだった。
 御帳台の中には、鎖のたくさん垂れ下がった冠をかぶり、何重にも衣を重ねてある、動きにくそうな正服を着て、見た目だけは『いち国王』そのものの姿の扇賢の姿が収まっていた。
(なにを言われるのだろう)
 彪は、硬直したまま、彼の言葉を待った。
 その彪を見て、扇賢は、にやりと笑った。……『いち国王』というには、やや不敵すぎる、笑い顔だった。
「……(なんじ)には、『占天省・開発部』から、『雲天宮・斎姫補佐官』の任に異動してもらう。今後は、『雲天宮』への常勤と、『占天省』と『雲天宮』を行き来し、その連絡役となって、この二組織を連携させ、我が国の『巫覡』の最高位である『斎姫』を補佐することを命ずる!」
 彪は、驚いて、平伏していた状態から、思わず体を起こし、背筋を伸ばしてしまった。
 ……お姫様の『補佐』?……俺が……?
 扇賢は、今度はまじめな顔になり、言った。
「お前の役目は、『術』を開発し、それを使い、『斎姫』を専門に護ることだ。……この処遇が、お前の犯した『重大な罪』への『罰』だ。わかったな」
 彪は、ぽかんとしていたが、周りのどよめきに、はっと我に返り、
「……は、はい!……ぜ……全力をもって、その任に当たらせていただきます!」
 と、言って、再び平伏した。
扇王(せんおう)(扇賢の公式での名)様。……この異動のどこが『罰』に当たるのでしょう」
 これは、左遷というより、むしろ、昇進だ。
 臣下の一人が、不思議そうに言ったが、扇賢は、もう、いつものように面倒くさそうに、
「いいんだよ。これが一番、こいつには効くんだ。……いろいろあってな」
 と、だけ、言った。
 扇賢が変わった男であることを知っている臣下たちは、それを聞いて、みんななぜだかはわからないままに、それでもなんとなく納得したようだった。
 朝から混乱を極めた朝参は、やがて終わった。
 
 『陽天宮(ようてんきゅう)(朝参など、臣下一同を集めた催しを行う宮殿のこと)』、『朝参の間』で、皆が解散した後、彪は取り残され、座したままぽかんとしていた。
 残っていた王音と、ナイトが、彼に近づいてくる。
「……いい『罰』ね、彪」
 王音が、笑いながら彼に言う。ナイトは、
「彪殿。……いくらご同僚のあなた様でも、むやみに暎蓮姫に触れるのだけは、わたくしが許しませんよ」
 と、憮然として、言った。
 これが、扇様からの『罰』……。
 彪は、困惑していた。
 昨日、あれほどお姫様を護ることにてこずったのを見ていたはずなのに。それでも、俺を、お姫様の近くにおいてくれるのか……?
「……彪様!」
 ほかの臣下がいなくなるのを、待ちかねていたように、小さいほうの御帳台から、暎蓮が飛び出してきた。いつもの『斎姫』専用の衣装を着て、その裾を踏まないように持ち上げながら、一生懸命走って、彪のもとに来る。その顔は、輝くばかりの笑顔だった。
「お姫様……」
 暎蓮が、彪に飛びつくようにして、彼の前に座り込む。彪は、暎蓮の顔を見ても、まだぼんやりしていた。
 その彼の両手を、暎蓮は取った。
「うれしいです、彪様。……これからは、いつでもご一緒にいられるのですね」
「え?」
「彪様の今後のご役職は、『雲天宮・斎姫補佐官』ですから。今後は、彪様も、『雲天宮』でお仕事をなさるのですよ。これからはずっと、ご一緒に、いろいろなことができるようになるのです。……私、もう、これからが、楽しみで!」
 暎蓮が彼の手を握ったまま、叫ぶように言うと、彼女の後ろから、扇賢が、こちらに歩いて来ながら、動きにくい正服を一枚、二枚と脱ぎつつ、言った。
「おい、暎蓮。これは、『罰』なんだぞ。そう、うれしそうな顔をするな。それから、お前たち、……くっつきすぎだ」
「あら」
 暎蓮は、顔を赤らめて、あわてて彪の手を離した。彪も、我に返って、赤面する。
 彼女が後ろを振り返って、扇賢に言う。
「でも、こんな素敵な『罰』は、ほかにはありません。……さすがは、扇賢様です!ありがとうございます」
「だから、これは、『罰』だよ。……礼を言われるのは筋違いだ」
 扇賢は、憮然として、言った。
「おい、彪」
 彪は、かしこまった。
「は、はい」
 扇賢は、彼に向けて言った。
「これからは、この城に現れた『妖異』は、すべてお前と暎蓮の責任で、なんとかしろ。お前たち『雲天宮』の者の役目には、この『城』自体を守ることもあるんだからな。……暎蓮も、いいな。ただし、お前は、まだ弱い。無理はするなよ。なにかあったら、すぐに俺たちにも言え」
 王音、ナイトのことも含めて言っているようだった。
 暎蓮は、座り込んだまま、扇賢を振り向き、輝くばかりの表情で、言った。
「私なら、大丈夫です、……だって、これからは、いつでもお近くに彪様がいてくださるのですもの。それに、今回は、新しい、私たちの『術』も生み出せましたし。……やはり、私と彪様の『気』の相性度は、抜群です」
 彪は、暎蓮のその言葉を、顔を赤くしたままうつむいて聞いていた。……顔が、上げられない。
 しかし、それを聞いた扇賢は、心底情けなさそうな顔をした。……そして、言う。
「……暎蓮。お前……、彪と俺と、いったいどっちと結婚したんだ?」
 今度は、それを聞いた暎蓮が、真っ赤になった。彪も、さらに赤くなって、下を向く。
「そ、それは、もちろん……」
 彼女は回らぬ舌で、口ごもり、扇賢は、がっくりと肩を落として、ため息をついた。それを見た王音、ナイトが、楽しげに笑う。彪も、やっと、落ち着いてきて、表情を緩めた。
 ……これからは、お姫様と一緒にいられる時間が増えるんだ。
 それは、おそらく、生涯を『巫覡』として過ごすであろう、『恋』とは無縁でいなくてはならない自分への、扇賢からの、『男』としての優しさだった。
 彼は、目を伏せて、彼に感謝した。……それから、『天帝』にも。
「……ほら。いつまで座っているんだ、お前たち。……行くぞ」
 扇賢の言葉に、彪と暎蓮は、あわてて立ちあがった。
 一同は、そろって、『朝参の間』を出て、ぞろぞろと、広い廊下を歩きだした。
 その時、暎蓮が、隣を歩いていた彪に話しかけてきた。
「彪様」
「なに?お姫様」
 暎蓮は、並んで歩く彼の片手をとり、硬く握った。
 そして彼女は、彼にしか聞こえないような小さな声で、だが、はっきりと言った。
「また、二人で、ご一緒に、冒険しましょうね」
 彼は、その言葉に、心臓を矢で刺されたかのようなショックを受け、頭と顔が熱くなった。思わず、顔を伏せそうになる。
 しかし、その寸前に、彼が見たものは、いつもと変わらず、彼に向けて優しく微笑む、暎蓮の顔だった。
 彪は、やっとのことで、うなずいた。
「……うん」
 彼もまた、彼女にだけ聞こえるような、小さな声で返事をした。
 そのまま、赤い顔を隠すように下を向き、彪は、うれしさのあまり、笑顔になった。
                (終)
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

白点 彪(はくてん ひゅう)

十三歳。『玉雲国』の『宮廷巫覡』で、強力な『術』を使える『術者』でもある。

この国の『斎姫』で初恋の相手、十一も年の違う憧れの『お姫様』である暎蓮を護るのに必死。

温和な性格。

甦 暎蓮(そ えいれん)

二十四歳。しかし、『斎姫』としての不老の力で、まだ少女にしか見えない。『玉雲国』の王である扇賢の妃。『傾国の斎姫』と言われるほどの美女。世間知らず。

彪が大のお気に入りで、いつも一緒にいたがる。しかし、夫の扇賢に一途な愛を注いでいる。

使う武器は、『破邪の懐剣』と『破邪の弩』。

桐 扇賢(とう せんけん)

十七歳。暎蓮の夫にして、『玉雲国』の王。『天帝の御使い』、『五彩の虎』の性を持つ。単純な性格ではあるが、武術や芸術を愛する繊細な面も。

生涯の女性は暎蓮一人と決めている。

彪とはいい兄弟づきあいをしている。愛刀は、『丹水(たんすい)』。

関 王音(せき おういん)

二十代後半。扇賢のもと・武術の師で、宮廷武術指南役。美しく、扇情的だが、『天地界』中にその名と顔が知れ渡っているほどの腕の『武術家』。

暎蓮にとっては、優しい姉のような存在。彪や扇賢にとっては、やや恐れられている?

愛刀は『散華(さんげ)』。

ウルブズ・トリッシュ・ナイト

二十代後半(王音より少し年下?)。扇賢のしもべで、『玉雲国』ただ一人の『騎士』を自称する、人間界の西方が出自の金髪美男。暎蓮に懸想しており、彪や扇賢とは好敵手関係?戦うときは銀の甲冑と大剣を持つ。マイペースな性格。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み