第15話:やっちゃんの都落ち事件

文字数 2,044文字

 そのうち、こういう奴には山下さんに話してもらった方が良いよと言い出したらしく、山下が現場に参上する事となった。その場に行くと兄ちゃんからも頼んでくれないかと言った。少しして工場長が、ちょっとやる仕事があるから後は頼むといなくなるではないか、仕方なく、とにかく話を工場の食堂で、聞く事にした。

 冷たい麦茶をだして話を聞くと、彼は組の者に追われて逃げ回って、やっと、ここへたどり着いたとの事だった。金が底をついたから、何とか働いて暮らしていかなければならないので、仕事が欲しいという。素人さんには絶対手を出さないと言う事や頑丈な身体で給料以上の働きは絶対にするからと言う事を話していた。

 だから何とか働かしてくれと言い、特に他人に迷惑はかけないと言う事を強調していた。そこで山下が、それなら、その約束を破ったら警察に突き出すと真剣な、まなざしでドスのきいた低い声できっぱりと言った。わかったよ兄ちゃんと答えた。何とか雇ってくれと言うので、わかった掛け合ってみようと伝えた。

 もし喧嘩したら、ただじゃ済まない事は肝に銘じておけと思いっきり怖い顔してドスのきいた声で言い放った。わかったよ言う通りにするよと言った。そこで工場長に話の一部始終を伝えてた。何かもめ事があれば警察を呼ぶと言う条件付きで雇う事にしてもらった。それを彼に伝え空いてる社宅の一つを使わせる事にした。彼は兄ちゃん恩に着るぜ、もし何かあったら力になるぜと言った。

 あのね、そこで何かあったら困るんだよと笑って答えた。そして彼が暴れたら即刻クビで警察を呼ぶと言う条件付きでの採用だと言う事をしっかり話しておいた。社宅の件も話すと兄ちゃん、ありがとう恩にきるぜ地獄に仏とは、こういう事を言うんだなと殊勝な事を言っていた。その晩、風呂上がりに、ビールを飲むと、彼はニコニコして喜んでいた。

 しかし、いちいち、背中をたたく癖があるらしく、翌日、背中が赤くなっていた。それからと言うもの彼は妙に大人しく礼儀正しく朝早く起きて出勤してくる人、全員に、お早うの挨拶をした。何せ、怖い顔なので早足で自分の持ち場に入る従業員が多いのには笑った。工場の職長に紹介して仕事を教えてやるように指示した。

 一週間が過ぎ、すっかり職場に慣れてきた様で社内でもよく働くし、何せ力持ちなので重いものを運ばせたら、彼にかなうものはいないとまで言われる様になった。数ヶ月がすぎて、彼は特に大きな問題も起こさずに働いていた。寒くなってきたある日、彼が、たまには、兄ちゃん飲みにでも行かないかと言い出した。クリスマスでもあるから近くの町まで、彼のアメ車で行く事にした。

 そして地元のスナックでメリークリスマスの乾杯をして飲み始め、そのうちにカラオケで歌い始めた。彼は柄に似合わずプレスリーを歌った。これには驚かされ監獄ロックから始まり数曲プレスリーの曲を歌った。山下はサイモンとガーファンクルの歌を歌うと兄ちゃん良い曲、知ってるねと言ってきた。そこで、その兄ちゃんは、やめろと言い、山下さんと呼んでくれと頼んだ。

 しらふのうちは、山下さんであったが、酔いが回ってくると、また例の兄ちゃんが始まった。そして彼が歌ってる時に酔っ払いが、ふらついて、ぶつかってきた。最初、興奮して胸ぐらをつかみそうになったが、おっちゃん気をつけろよなといって、ふらついた身体をしっかり押さえた。その酔っ払いはびっくりした形相で、すぐ、その場を立ち去った。

 そして不思議な事に店に来てる女の子をナンパするでもなく静かに飲んでいた。そこで、いろんな話を聞く事ができた。若い頃さんざん馬鹿して喧嘩して、女を泣かしたり、取り合ったり、悪い事は、ほとんど、やり尽くした。でも、俺は、この世界にゃ向かない事が良くわかったんだと話していた。本当にワルになれない自分がいるんだよと言った。

 だから最後の、ここ一番という所で、情けをかけちゃうんだ。でも、そう言う半端者は、この世界じゃ生きていけないのさ、だから追っ手が俺を捜し回っているんだとの事だった。何か、わかるような、わかんないような話であったが妙に親近感の持てる男だと思えるのが、おかしかった。帰ろうというと、そうしようと言う事で、代行を頼んだ。

 かなり酔いが回ったので勘定済ませて帰ろうとした時、彼が兄ちゃんに払わせたら、お天道様に笑われると言い出した。それじゃ頼むと言い、外で待つ事にした。そこで待つ間に代行を呼ぶ事にした。少ししたら彼が出てきてた。その後、代行の車がやってきた。そして代行の若者が、こんな大きなアメ車、始めてだと喜んでいた。

 その若者がコラムシフトのオートマチック、すげーなと驚いていた。彼が良い車だろうと誇らしげに色々と車の説明をした。年が明けて翌年の一月の中旬の寒い朝、その事件が起こった。やくざあがりの彼が、急に姿をくらましたのだ。彼の外車と共に煙の様に消えてしまった。その事件を知った従業員達が、やっぱりなーと言った。
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