前編

文字数 1,702文字




 いらっしゃいませ。そしてお帰りなさいませ。

 庄内多季物語工房へ、ようこそおいで下さいました。

 山形県庄内地方は、澄んだ空気と肥沃な土壌、そして清冽な水に育まれた、新鮮で滋味豊かな野菜や果物の宝庫です。

 それに加えて、時に不思議な光景に遭遇する場所でもあるのです。

 さて、今回、物語収穫人である私、佐藤美月が遭遇致しました不思議な光景は、こちらです。



 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



 三十分ほど続けて車の運転をしていると、それがたとえ通勤経路であっても、ちょっとしたドライブ気分になるものです。

 その時車窓を流れていく風景が、絶景のパノラマであったなら、尚更その気分が高まります。

 例えば今の季節であれば、刈り入れが終わり、水の抜かれた乾いた田んぼのパッチワークが、目の届く限り、一面に広がっています。

 早朝には、そこを餌場とする白鳥の群れの姿を見掛けますが、それらはまるで、桑色のスポンジの上に贅沢に飾られた、角の立った白いメレンゲのようです。

 そして、田んぼと舗装された道路の間には、輝かしい黄色のセイタカアワダチソウと、白銀に輝くススキとが、競い合うように野放図にはびこっています。

 今の季節の風物詩として、他にも外せない事象があるとしたら、それは何と言っても、ヨーロッパなどで天使の梯子と呼ばれている現象に尽きるでしょう。

 分厚い雲の切れ間から射し込む蜂蜜色の陽射しが、長い梯子のようになって、地上まで届く現象のことです。

 天使達が、その梯子を伝って、天上と地上を行き来する気配が感じ取れるほど、神々しく幻想的な光景なのです。

 そんな天使の梯子が、ふんだんに幾筋も林立する光景の中を、数羽の白鳥が、翼をゆったりと羽ばたかせて横切っていく様子には、自然の雄大さを感じずにはいられません。

 さて、そんなふうにして、自然の素晴らしさを満喫していた、ある朝の出勤途中のことです。

 進行方向の少し先の上空に、しなやかな強さで羽ばたいていく一羽の鷲の姿が、目に留まりました。

 それでも、車の速度の方が勝ります。

 そのうち追い付きそうになりました。

 力強く飛翔していく鷲の丁度真下に、車が滑り込んだと思った瞬間、奇妙なことが起こりました。

 つい先程まで、露草色の青空と雲の白さのコントラストが眩しいくらいの天候だったのに、不意に薄暗い影の中に、すっぽりと包まれたのです。

 まるで車の上空に、空飛ぶ絨毯でも現れたかのようでした。

 私は思わず、上空を振り仰ぎました。

 すると、車のルーフが綺麗さっぱり取り除かれているではありませんか。

 そして、その開けた視界に飛び込んできたのは、プテラノドンのように巨大化した鷲の姿でした。

 私は口をあんぐりと開けたまま、迫力のある異様な姿形から、目を離せずにいました。

 突然時空に歪みでも生じて、約八千万年前の白亜紀から、プテラノドンがタイムスリップしてきてしまったのでしょうか。

 その巨大な鳥の姿は、よく見ると、影絵のように作り物めいて見えました。

 そのせいなのか、動きもどこかちぐはぐで、羽ばたきもせず、空を滑るように移動していくのです。

 何かがおかしいと感じ始めた途端に、次の変化が起こりました。

 完成したパズルをばらばらに分解した時のように、巨大な鳥の身体が、千々に分裂し始めたのです。

 分裂した欠片の正体は何だったかと言うと、それは雀でした。

 数多の雀が寄り集まって、巨大な鳥の姿を形成していたのです。

 今は個々に戻った雀の大群は、かまびすしい囀り声を響き渡らせながら、てんでに四方八方目指して飛び去っていきました。

 そこまで見届けると、私は漸く我に返り、慌てて前方に視線を戻しました。

 進行方向に待ち構えていたのは、レモン色や茜色、チョコレート色などが混ざり合った落ち葉の山でした。


 ☆☆☆☆☆☆☆☆


 ・・・ どうやら、精霊の森の中にいるようです〈後編〉へと続く ・・・


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