シロと巴 ~その名を呼ぶな!!~
文字数 2,812文字
猫のお客さん……?
いらっしゃいませ、古都夜さんは学校ですよ。
……か、神主は居ないか?
そ、その、物騒な噂を聞いてな……
ぢちん…なんとか?のご用事で出かける予定で帰りは遅いって古都夜さんが言ってました。
ふぅ……それはよかった。
それでは巫女どのをここで待たせてもらってもいいかな?
い、いいですけど……いいんかいのお仕事で遅くなることもありますよ?
あ、あたしたまおって言います。タマって呼んでください。
タマ君か、よろしく。悪いがボクの名前は明かせない。
だがくれぐれも見た目で「シロ」などと安直な呼び方はしてくれるなよ。
は、はい、じゃあ「お姉さん」で……。
お姉さんは古都夜さんにどんなご用事があっていらしたのですか?
くッ……ボクの名前を改名するように、と……。
巫女どのなら可能だろう、今の名のままでは字画が悪いとか災いを呼ぶとか神のお告げがあったとか、なんかそれっぽいことを言って……
それでボクの考えた名前を飼い主に勧めて欲しいんだ!
あ、ああ。すまない。
とにかくボクは今の名が不服なんだ。
見たまんま安直に決められた名前なんて猫に「猫」と名付けるのと変わらない、愛情がかけらも感じられないじゃないか。
あたしもタマって呼び名なんて安直だけど、名付けてくれたおばあちゃんの愛情は感じますよ……?その名前を引き継いで呼んでくれたニ代目のご主人様にも……
「タマ」はね、テレビ等からも良く聞く古典的でありふれた名前だが逆にそれが良いじゃないか。
それに君はただのタマではなく「たまお」という名まで貰っている。
それに引き換えボクは……ちッ。
あっ、あたし、弟が居るんですけど……今は遊びに行って居ないんですが、その子の名前は「まおた」で……
由来は猫の中国語読みのマオからで呼び名もマオなんです。
いっつも「猫!」って呼ばれてるのと一緒です。
失礼、先程の例えは不適切だったね。撤回させてくれ。
でもタダの「マオ」でなくヒトの名のように「太」が付け足されている点を考慮すると、ボクは良い名だと思うよ。
い、いえ!お姉さんを責めたつもりは……!
ただ、あたしたちもいっつも弟のこと「猫」って意味の言葉で呼んでるのと同じことだったんだなって思うとちょっと不思議な感覚かなって。
普段はその言葉の意味とか深く考えてないから当然と言えば当然かもなんですけど……
お姉さんはもしかしてずっとお家の中で大事にされてる猫さんですか?
ああ、生まれてこの方箱庭の中で生きているよ。
ここの噂はベランダに遊びに来る友人に聞いた。
今日は窓が開いているのを見て決死の覚悟でここへ来たのさ。
あの、あたしも最初は家の猫で、でも最近半分野良な状態になって……
ご近所をお散歩することもあるんですが、その、あたしの名前を知らない人たちには「クロちゃん」とか「猫ちゃん」って、よく呼ばれますよ……?
それは野良猫に対する呼びかけで記号のようなもの。
ボクは飼い主にそれと同じことをされたんだ。
でっ、でも……見た目から付けた名前でも、近所の人たちはすごく優しく呼んでくれます!
「クロや、クロや。」って……とても愛おしそうに……。
確かに見たまんまの色の名前でしか無い言葉ですが、ちゃんとあたしの、その人からの名前になってるんです。
その人が大切に呼んでくれる、大切な名前ですよ。
ご近所の、ちょっとしか会わないような人だってそうなんです!
勿論中には便宜上で適当に呼ぶ人もいるかもですが……お姉さんのことを大事にしてくれてるご主人様は絶対、その名前を大切に呼んでくれてる筈ですよ!!
ふむ……思い当たるフシが無いわけでは無いな……。
そうか、由来や言葉の意味はどうあれ名付け親の愛が感じられるならそれは素敵な名前だ、と。
あの、あたしと別のおうちに貰われてった兄弟の「こじろ」ちゃんは「ロンディーネ=ガンリュー」なんていうよくわからない名前になっちゃったんですけど、大好きなご主人様がくれた名前だって、とても誇らしげでした。
ガンリューはおそらく佐々木小次郎の開いた剣術の流派で彼の号、島の名前にもなった「巌流」。
そうすると「ツバメ」という意味のロンディネも小次郎の燕返しから来たものだろう。
それはちゃんと「こじろ」という元の名から連想して考えられている良い名と言ってもいいんじゃないか?
えっ、厨二病ってやつだと思ってたのにそんな意味が……
ああお恥ずかしい……!お姉さん難しいことよく知ってましたね!?
ははは。オタクなんだ、ウチのヤツが。
仕入れた知識をボク相手に披露されてもって話だけどな。
どうやら今日は役に立ったみたいだ。
うにゃあああ……「適当に付けられたけど大事な名前」って例えのつもりだったんですが……こじろちゃんとご主人様にも失礼だし、お姉さんにお話するにも的外れでした……!
ごごご、ごめんなさい!
いや、いいんだよ。確かに自分のためだけによく考えられた名前というものに対する憧れは尽きないし、タマ君がしてくれたお説教の内容には納得しかねる部分もある。
だがね、君の言うとおりボクの飼い主はとてもうれしそうにボクの名を呼ぶ。
だから人の手を借りて、アイツの気持ちを踏みにじってまで変えることはないか、と。
そう思ったよ。君のお陰でね。
そうですか!良かったぁ~!!
それじゃあ、もう古都夜さんに小芝居を頼まなくてもいいんですね!
ああ。その必要は無い。
君の話は稚拙ではあったが、何故か心に響いたよ。
ありがとう、感謝する。
あ、あのっ。そういえばご自分で考えた名前っていうのは、どんなお名前だったんですか?
「巴」。
ボクは白猫だから、源氏の旗印の色になぞらえて、源氏方の女武将の名を借りようかとね。
フッ、結局自分でも己の容姿から連想した名前を希望していたとはお笑いかな。
本当はアイツにも、見た目から一捻りくらいはして欲しかったんだが仕方ないね。
ははは、よしてくれ。この話はもういいよ。
さて、アイツが戻ってくる前に帰るとするか。
それじゃあタマ君、世話になったね。巫女どのにもよろしく。
タマ、ただいまー!
あらっ、猫耳にしっぽのお客様がいらっしゃる!
もしかして私に何かご用があったのかな?
巫女どの……ええ、ボクのわがままであなたを茶番に巻き込むつもりでした。
しかしタマ君が思いとどまらせてくれたのでその必要は無くなったのです。
それでは失敬。
へえ~タマ、やるじゃない?
あっちょっ、あなた、お名前は?どこの猫ちゃん?
はい。近所のマンションの2階の部屋に住んでおります。
名前は……
名前は、「シロ」と申します。
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