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 最近、セクションのデスクが片付けられて、大きなテーブルがドドーンと三つ置かれた。もちろんパーテーションなんかも撤去された。おぉ、なんとカジュアルな雰囲気。これが巷で噂のフリーアドレスなのね。自由に使って、自由な発想を存分に発揮してね、ということか。なのか。でも、どうしてワタシのセクションだけなのだろう。とりあえず、当たり障りのないとこで様子を見ようということか。なのか。
 様子を見るなら、だとするなら、もっとクリエイティビティに溢れたフリーアドレスにふさわしいセクションがあるんじゃないのか。タブレットとスマホでwifiなボクみたいな人がたくさんいるとこが。で、そういうみなさんが休憩スペースかなんかと間違えちゃったら、どうすんのよ。あ、もしかしたら、狙いはそこ?セクション間のコミュニケーションを活性化しよう、みたいなことを考えてらっしゃる?だから、フロアの真ん中で試そうと……?でも、もしそうなら、へぇって感じなんですけどぉ。
 テーブルの角に座って紙の提出資料のチェックをしていたり、壁や窓を背にして紙の議事録に目を通していたりと、みなさん、昨今のパワポやチームズやクラウドなどには頼らず、出力した紙を手元に仕事にはげんでらっしゃる。もちろん主な作業はPCよ。でも、目と頭と赤ペンをひとつながりにした方が、はかどる仕事もあるのよ。あ、紙をあれこれ広げちゃうと場所を取るから、でかいテーブルってこと?だから、ワタシたちってこと?でもねぇ、いくらなんでもそんなことはないわよねぇ。
 ワタシたちは単に目立つのが嫌ってワケじゃないの。恥ずかしいってワケでもないの。ワタシたちはね、何事に関しても万全の準備をしておきたいのよ。ただただ仕事に没頭したいの。それ、完全に小心者の性じゃん、かもしれないけどね。でも、だから、わかってよ。ワタシたちは放っておいてほしいのよ。そのためにはフリーよりパーテーションが手っ取り早いの。
 だいたいね、こういうことはフロア全体でやらないと。こういうとこから不満が生まれ、軋轢が生まれ、一部の社員が爆発しちゃったりするのよ。
 肩に力を込めてバリアを張るのって、結構エネルギーを使うんだから。

「ねぐらを取られちまったってことだな」
 お調子者の同期は野良みたいなことを言いながら、アイデアごとにファイルをまとめている。なに言ってんだ。そんな端っこに掛けやがって、借りてきた猫みたいじゃないか。でも、ワタシにはわかっちゃうんだ。キミはいちばんに馴染んで、ちゃんと縄張りなんかを確保するんだよ。キミはそういうヤツじゃないか。でも、キミには後で教えてあげるけど、縄張りから自由になるってことが、フリーアドレスの胆なんだよ。
 通りすがりにコイツのPCを覗き見る。なんなんだ、それ。円とか三角とか矢印とか、ちまちましてんな。来週、プレゼンだったよね。その努力が水の泡にならないように祈るわ。ま、胸張っていけよ。同期としても期待してるぞ。
 あ、突然思ったんですが、みなさん、オセロ強そうですね。確定石、もちろんご存じですよね?あの四隅のヤツです。一度置いたらひっくり返んないヤツ。なんかねぇ、みなさんを見てたら思い出しちゃったんですよねぇ。

 縄張りとか、テリトリーってなに?ワタシの場所ってこと?だったら、もうどこだっていいよ、ワタシは。仕事をしやすい環境があれば、それだけでいいじゃん、と思うことにしたから。なんなら誰か決めてよ。そこに座っておとなしく仕事するから。だいいち、ワタシは会社に居場所なんかを求めてはいないんだからね。だってだって、ワタシ、ベイビーブルーブルーな野良キティなんだもん。
 PCとセンセイを抱えてテーブルの間をウロウロする。どこでもいいよって言われると、かえって迷うね。あ、迷うってことは、どこでもいいってわけじゃないってことなのかな。
 えーい、ちまちま悩むのは止めよう。ワタシ、ちまちまが嫌いなんだ。真ん中のテーブルの、その真ん中にセンセイをドスンと置く。あの時の本屋と最低な気分を一瞬思い出す。
 センセイとの付き合いも長くなったね。お蔭さまで仕事にも慣れてきて、最近じゃ、少しは任せていただけるようにもなりました。ワタシなりに責任を感じながら頑張ってます。常時、積み残してはいますけどね。

 仕事が大変なのは楽ができないからだ、とつくづく思う。仕事のハードルってどんなことをしたって下がらない。ワタシに飛び越える知恵と力がつくには、まだまだ時間がかかりそうだな。でも、ホント頑張ってはいるんです。そのつもりでは、いるんです。
「できるさ。ボクにもできるんだから」
 できるセンパイ方は、みなさん、無責任に同じことをおっしゃる。
「まずは手元や足元だよ。提案も解決策もそこからしか生まれないんだから。はじめから遠くを見る必要はないんだよ」
 そんなこと言われたって、あれ、なんかいけそう、という風にはならないんですぅ。いつだってあせりまくりなんですぅ。
 馴れないこと。難しいこと。その真ん中でピカッと閃いたことがひとつでもあれば、それでよし。いまのワタシはせいぜいその程度だ。当然、充実感を噛みしめる余裕なんてまったくない。
 で、ですね、ご迷惑は重々承知しておりますが、もうしばらくはセンパイ方のお力をお借りしたいと存じます。どうぞ、嫌な顔せずお貸しください。お忙しい時には、じゃんけんで勝ったらお願いします。あいこの場合はワタシの勝ちということで、ひとつ、お力添えの程よろしくお願いいたします。あ、鬱陶しかったら、おっしゃってください。スッと引きます。  
 センセイも助けてね。これからもガシガシ使わせていただきます。てなわけで、さぁーてやるぞ。仕上げるぞ。ミッションコンプリートだ。新しい椅子も用意していただいた。とても掛け心地がいい。イイ仕事するぞ。前だけ向いて、ガンガンいくぜ。

 あの筆記試験、いまも時々思い出す。実は軽くトラウマだったんだ。
 正解とか、そんなものはない。そこんとこはわかってたんだけどね。問題の目的を考える余裕とか、まったくなかったんだ。試験てさ、きっと出し手も色々悩むんだろうな。だって、ダサイ問題を出すような会社には入りたくないじゃない。
 ちなみに、今ならこっちで勝負する。
 問題2:「誰にもわからないこと」を一つ挙げなさい。
 答えはこんな感じかな。自分で振るサイコロの目。どう、ダメ?

 出社前、今朝は余裕あるじゃんな時にはカフェに寄る。毎朝、同じ時間に部屋を出る。なのに到着時間は早かったり、遅刻ギリギリだったりする。
「おはようございまーす」
 I'm your sunshineみたいな接客には、いまだに戸惑ってしまう。こちらが勝手にそう思ってるだけなんだけど、何かね、引け目を感じちゃうんだ。
「トール。ラテ。お願いします」
 相手も、カウンター越しにワタシの緊張を感じているかもしれない。明るい笑顔は時に人を卑屈にさせる。そこんとこ、わかってる?で、つい同じオーダーになる。よくもまぁ飽きもせずに、と自分でも思うよ。ワタシはパブロフのネコか。
「今朝もラテ?」
 エレベーターの前で、ええ、まぁと、あいまいな笑顔をつくる。階を示す数字がひとつずつ増えていく。途中、何回かの中断を挟んで21まで数えて、22でおりる。そりゃ、ワタシだって余裕でカスタマイズとかしたいのよ。チェッという気分でラテに口をつける。くやしいな。今朝もおいしんだ。
 いつの間にか、真ん中のテーブルの、その真ん中がワタシの縄張りになった。というか、いつもそこしか空いてないの。こんなのフリーアドレスじゃない、と主張できればいいんだけどね。気の弱さとテリトリーの相関について、フリーアドレスは新たな問題を生んだのでした。



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