プラグマティズムを使ってみると?

文字数 1,962文字

中間生や前世については、あるともないとも言えないし、胎内記憶について言い出した人もその証明からは逃げてしまっている、というのはわかりました。じゃあ、胎内記憶をどう考えたらいいんでしょうか?
「証明から逃げているのに、なぜそれがあると言いたがるのか?」を考えてみたらいいんじゃないかしら。
受けがいいから……でしょうか?
そういう面もあるかもね。ただ、ここではもうちょっと視野を広げて考えましょう。

さっき引用した記事をもう少し読んでみるわね。

「この話をして一番変化するのはお母さんです。子育てで苦労していても、「ああ、この子は私を選んでくれたんだ」と思えたら、どうでしょうか。泣き叫ぶ子にだって、頬ほおずり(ママ)をしたくなるのではないでしょうか。」

親子の関係をよくしようとしている……?
つまりそういう大義があるわけね。
でも、正しいかどうかわかりようがないのに……。
ここでプラグマティズムの考え方を導入しようと思うの。
プラグマティズムって……世界史の授業で習った覚えがあります。
一口にプラグマティズムと言っても、論者ごとにかなり違う体系が築かれているんだけど、今回はウィリアム・ジェイムズにご登場願うわ。
どんな特徴がありますか?
中間生や前世があるかどうかは確かめようがないわけでしょ。でもジェイムズはここで、「それを信じるほうがわれわれにとってよりよいもの」を真理として認めることを提案したのよ。
信じるほうがよいものが真理……。
ジェイムズの考え方に倣えば、宗教だろうと神だろうと、中間生だろうと前世だろうと、それが人々に対立をもたらさず、人々が生きる上で役に立つのなら、真理と呼べることになるわ。
じゃあ、胎内記憶も、「親子の関係をよくする」という役立ち方をしている以上、真理である、ということでしょうか。
いいえ。そう主張するには大きな問題があるわ。
問題ですか?
誰もの役に立つわけではなく、かえってマイナスの影響を与えてしまうことがあるのよ。だから、「対立をもたらさず」の条件をクリアできなくなるわ。
マイナスの影響とはどんなものですか?
胎内記憶の中でも選択生母説は、「赤ちゃんはお母さんを選んで生まれてくる。それは、お母さんを幸せにするためにである」という言説なわけよね。
そうですね。
それ、その子が生まれたせいで母親が死んでしまったらどうなるの?
えっ……。
かつての妊産婦は、出産時に細菌に感染して起こる産褥熱で亡くなることが多かった。ハンガリー出身の医師ゼンメルワイスが消毒法を発明したことで、死亡率を減らすことができるようになったの。その頃に比べれば今の医療はとても進歩したけど、お産がリスクであることに変わりはないわ。
はい。
幸せにするためだとしても、子どもが自分の母親たるべき女性を選択しているとするなら、もしその女性が死亡したら、その子が殺したということになってしまわないかしら
……。
問題はまだあるわ。

「親からの虐待のサバイバーに対して、それを言うのか」という問題がね。

本当に親を選べるなら、虐待するような人を親に選ばないですよね……。
素朴に考えればそうなんだけど、胎内記憶の支持者はこういう言い方をするのよ。

「虐待する親を選んだ子どもは、その親たる人を助けようとして生まれてくる。虐待を受け死亡したとしても、それは自らの命をもって命の大切さを伝えようとしたのであり、そうして亡くなった子の魂はより高い段階に進むことになる」ってね。

なんというか、言葉が出ません……。
ええ、言葉は出ないわ。死んでしまった子どもは何も言えないもの。そこに手前勝手な意味づけをしている人がいるのよ。

でもサバイバーは違う。その名のとおり、今を生きている人よ。その人に対して、「あなたが虐待を受けている/いたのはあなたがその親を選択したからです」と言えるのかしら? 言えるとして、それがその人たちにとってよいことにつながるとは、私にはとても思えないわ。

はい。
それに、親から虐待されている子どもがその親をかばおうとするケースは少なくない。どんなに虐げられても、その子にはその親しかいないんだもの。だから、「自分が悪い子だからだ」などと思いこもうとする傾向がある。

例えば虐待が発覚して、親が逮捕されたら? 「自分が悪い子だからパパ・ママは捕まってしまった」と考えてもおかしくないよね。そういう子どもに対して「あのお母さんを幸せにするために生まれてきたんだよね」と言うことがどれほど残酷か。そのことだけは気づいてほしいと願うばかりよ。

……胎内記憶が「あったらいいな」と思う親御さんは、比較的幸福な家庭を築けているのだと思います。でも、その幸福のために胎内記憶を「使う」ことで、救われない人をさらに傷つけてしまうんですね。それは、していいことではありませんね。
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登場人物紹介

久恵里(くえり)

主に質問する側

せんせい(先生)

主に答える側

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