第1話 京都駅で獏を見た。

文字数 860文字

 京都駅で獏を見た。
 連休中でごった返す京都駅で、ぽつりと佇む獏を見た。
 全体的には豚みたいなフォルムで、豚よりも鼻は長い。白と黒の2色だが、パンダほどかわいくない配色。
 獏がどういう生き物なのかよく知らないが、少なくとも京都駅で見かける生き物ではないということは僕にもわかる。どこかの動物園から逃げ出してきたのだろうか、もしそうなら連絡した方がよいのではなかろうか、そもそもこの近くに動物園なぞあっただろうか、京都に引っ越したばかりの僕には一つもわからない。
 「そんなもん、その型遅れの“すまーとほん”で調べればわかるじゃろがい」と言わんばかりに獏がふん、と鼻を鳴らす。…もしかしたら本当に獏がしゃべったかもしれない。
 慌ててGoogle mapで京都の動物園を検索してみる。都会には動物園はないという偏見は案外間違いではないみたいだ。ここから歩いて1時間かかるじゃないか。こいつが公共交通機関を使うはずもない。一匹でぽてぽて歩いてきたのだとしたらなんとも涙ぐましいことじゃあないか。そう思うと少しだけこの生き物が可愛く思えて思わず手が伸びる。
 「余計なお世話じゃい」と獏は中途半端に長い鼻で僕の手をはねのける。
 ……なんて生意気な奴なんだ。僕の心はちょっぴり傷ついた。よく見れば不細工な顔をしているし、全体的に見ても気持ちの悪いフォルムをしている。こんなんだから夢を食べるなんてよくわからないこといわれるんだぞ。
 どん、と道行くひとに押されて少しつんのめる。すみません、と相手の顔も見ずに反射的に謝ってからふと気づく。
 これだけ人がいるのに獏を見ているのは僕だけだ。しかし、獏自体は見えているのか、獏の近くを歩く人は器用に獏を避けて歩いている。
 ……もしかして京都では獏は当たり前の存在なのか?奈良の鹿みたいに?
 なるほど、さすが古都京都。九州の常識がここまで通用しないとは。
 古都の洗礼を受けた僕は、不遜にも腹をこちらに見せて寝始めた獏に踵を返し、ふらふらとわが家への道を急ぐのであった。
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