第1話

文字数 983文字

 電子カルテの日付を見て、ポッキーの日だ、と能天気に思う。
 しだいに大きくなってくる救急車のサイレン。北海道内の感染者数が100人を超えたのは6日連続です、と朝のローカルニュースで流れていたのを思い出す。テレビに言われなくても、混みそうだな、というのが肌間隔で分かる。日ごと院内のコロナ病床への入院依頼が急速に増え、外来への問い合わせ電話もひっきりなしで鳴りやむ気配がなかった。

 防護衣に身を包み、迎え入れる準備をしていると、救急車のサイレンが止まった。39℃の発熱。呼吸苦。70代男性。症状がある限り、陽性か陰性かなんて、ここではもはや関係がない。PCRの結果は翌日か翌々日。それまでは陽性を疑い同じ対応をするしかないのだから。繁忙かどうかは、陽性感染者数ではなく、陰性をも含む受診患者数の問題なのだ。
 苦しそうな表情。酸素マスクと心電図モニターをつけ、すぐに処置を開始する。「病院に着きましたよ。点滴しますからね」フェイスシールド越しのやりとりは、いつも以上に大きな声が必要だ。視界は曇りがちで光が乱反射する中、細い血管を探し採血と点滴ルートを確保する。全身から汗が噴き出し、防護衣の中で流れ始めていた。
 CT画像を撮ると肺炎の診断。PCRの結果が出るまで、コロナ病床ではなく疑似症病床へ入院となることを説明すると「看護師さん、オレ、死ぬんかい?」と酸素マスク越しにかすれた声の男性が私を見つめる。「入院してしっかり治療しましょうね」手袋ごしでも手を重ね、病棟へと見送った。

 すぐに「15分後、救急車入ります」との声が耳に届く。
 1人終えるたびに、掃除、消毒作業が必要だ。15分ではギリギリの時間しかない。急ピッチで作業し、患者の情報を確認しながら受け入れ準備をする。汗を拭う暇もなく新たな防護衣を身に着ける。ため息が出かかって飲み込んだ。安全のため、目の前の命のため、今はこれを繰り返すしかない。
 どう考えるか、意志決定の主導権は、全て自分にあるはずだ。ならば、今こそ悲観的にならないようにしよう。
 今は迅速に動き懸命に尽力する。終われば全力で能天気になる。大切なのはメリハリ。
 そうだ、今日の使命はポッキーを買って帰ること!と、くだらなくも至極今日らしい思いつきに、とびきり愉快になる。
 救急車のサイレンが近づいて止まった。さあ、目の前の命に向き合うときだ。


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