隙間から見ている

文字数 1,944文字

 父方の祖母が亡くなったのは11歳の春。

 年に一度会うか、会わないかの祖母が亡くなって悲しいのかどうか、よくわからなかった。しかし、父の涙を見たのはその時だけで、私も何となく悲しくなった。

 その年の盆から、私は怪奇現象を体験し続けている。

 一番最初は確か、自分の部屋でゲームをしている時だった。

 当時は何時間でも続けてゲームをすることができたが、さすがに目が疲れ、瞼あたりのマッサージをした後、ふとドアの方を見た。少しだけ開いている。

 薄暗い境界から目が一つ覗いていた。

 私は大声で叫んだが、その日は家に私一人で、誰一人助けに来なかった。

 ゲームの電源も切らず、私は布団の中にもぐりこみ、ぶるぶると震えていた。

 何も起きないので、恐る恐るドアの方を見ると、隙間はぴったりと閉じられていた。

 私は徐々に落ち着きを取り戻し、部屋中のありとあらゆる隙間を確認したが、何もなかった。

 私は本当に目がおかしくなってしまったのだと思って、風呂に入ることもなく布団に入った。

 あれが本物なのか、それとも幻影なのか、はっきりとわからないまま、乱れた動悸をどうすることもできず、その日はほとんど眠ることができなかった。

 その後、これといって不思議なことは起きずに、時間が過ぎていった。

 18歳の春、私は大学進学と同時に一人暮らしを始めた。勉強やアルバイトにも慣れてきた夏の夜、再び隙間から覗く目を見つけた。

 少し驚いたものの、私はそれを無視し続けた。

 テレビを見たり、本を読んだりしているうちに、その目は消えていた。

 自分の精神状態や、脳の障害などを疑ったが、日常生活に支障が出るというわけでもないので、放っておいてもいいだろうと思うようになった。

 祖母が亡くなってから現れるようになったのだから、彼女が私を心配して見守ってくれていると思おうとした。そのほうがマシな気がした。

 またその目について気にしなくなっていった。

 さらに数年後、不真面目だった私は、何とか卒業はしたものの、就職に失敗し、実家に戻っていた。

 父と母は仲が悪く、家庭も冷えきっていた。

 私もそれに口出しをしようとせず、我関せずの態度をとりつづけていた。

 ある日、本屋のアルバイトから帰ると、父がリビングで酒を飲んでいた。

 父は酒を飲むと普段の寡黙さが消え、言動や態度が悪くなり、家族や周囲の人間に迷惑をかけることが多々あった。母との仲が悪くなったのもその酒癖の悪さからだった。

 しかし、その日の父は随分とおとなしく、焼酎のロックを飲みながら、テレビ番組を眺めていた。

 私が冷蔵庫の中身を漁っていると、父が小声で言った。

 「母さんって、俺のこと嫌いなのかな」

 「さぁ? 嫌いなんじゃない?」

 私は冷たい返事をした。いつもそういう態度で返事をしていた。父の日ごろの行いが悪いので、当然の報いだと思っていた。

 「そうか」

 そういって、また黙々と酒を飲み始めた。父の顔はいつも通り真っ赤になっていた。

 翌朝、二階にある自分の部屋からリビングに行くと、父が死んでいた。
 
 脳卒中だった。医者に節制をするよう言われていたが、父はそれを守らなかった。

 淡々と葬儀が進み、父は灰と煙になってしまった。

 葬儀の後の夜、私は一人で家にいた。母はどこかへ出かけたようだ。

 父にもっと節制を促すべきだったのだろうか? もっと父のことを考えて行動するべきだったのではないだろうか? そのようなとりとめのない考えを続けているうちに、真夜中になった。

 父の使っていた部屋に入り、父の使っていたベッドの上でぼんやりとしていると、視線を感じる。以前にも経験したことのある、触覚をなぜるような視線。

 部屋に備え付けのクローゼットが僅かに開いている。

 薄明かりを切るような黒い直線に、濁った白い眼玉が浮かび上がる。

 私は無性に腹が立って、立ち上がり、クローゼットを開けながら目玉をつかもうとした。

 今になると何故そのような大胆なことをしたのかわからない。

 父の死が、その目のせいだと思いたかったのかもしれない。

 隙間に手を入れた瞬間、私の上半身はクローゼットの中に引き込まれた。



 「あの子が死んだのはお前のせいだ」

 生暖かい息とともに、恨めしそうな声が耳の中に入ってきた。

 私は気を失った。



 祖母は死後、父を守るために私を見守っていたのだ。私を守るためではなく。

 しかし、父の死後も時々あの目玉は私を隙間から見ている。

 今では祖母だけでなく、父も一緒に覗いている。

 
 
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