第14話

文字数 827文字

 話し終えるとミーナは微妙な顔になった。彼女としてはどうしたものかと逡巡しているようにも映る。渋谷は必死の形相で「本当だ。信じてくれ」と頭を下げた。
 だが、真実とは異なる部分が無いとは言えない。むしろ大部分が作り話と言えた。大倉は渋谷の大学時代、ミーナと交際する前に知り合った相手であり、会社の同僚ではなかった。彼女もまたピアニスト志望でミーナと同じ雰囲気を持つ女性であり、体の関係が無かったわけではない。渋谷としては好意を抱いて接していた事実も否定できない。
 ミーナを安心させるためについた優しい方便(ほうべん)のつもりだったのであるが……。

 ミーナの真剣な表情をまっすぐに見つめ、真実を隠しながら、一夜限りの過ちだと誠意を示すためにひたすら謝り続ける。
「ごめん。本当にごめん。何か欲しいものがあったら、お詫びとして……」
 パチン! 
 言い終わらないうちに平手(ビンタ)が渋谷の頬を捕らえた。
 痛みに腫れる頬に手を当てつつも、目を逸らして顔を見ることができない。しばしの沈黙が二人を支配すると、いきり立った彼女は大粒の涙を残し、黙ってアパートの扉を閉めた。残された渋谷は彼女を追いかけようとはしない。どんな理由があろうと大倉と寝たのは事実であるのだから、言い訳のしようがなかったからだ。
 ミーナを責める訳にはいかない。悪いのは全て渋谷である。大倉と関係を持ったこと、それを隠していたこと、それからミーナを抱きながら、大倉の肌の感触を思い浮かべていたこと……。
 それでもミーナのことが気にかかり、謝罪のメールを送ってはみたものの、依然として既読はつかないままであった。クリスマスを三日後に控え、イヴにはレストランを予約してあったが、渋々キャンセルの電話を入ようとする渋谷はその手を止めた。
 しばらく思い悩んだ末に、みな美の名前のところで通話ボタンを押す。コール音ばかりが鳴り、一向に繋がる気配はない。そこで話がしたいと留守録を入れ、返事を待つことにした。
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