第14話 双子嫌い 〈2〉

文字数 4,373文字

 四条は鴨川の(ほとり)
 馬を止め、腕を組んだまま鈍色の流れを凝視している検非遺使・中原成澄を田楽師兄弟が見つけたのは数日後のことだった。
「成澄……!」
「おう、おまえたちか……?」
 いつになく力無く微笑む成澄だった。
「このところちっとも屋敷に足を向けないと、あの有雪さえも気にしていたぞ?」
「有雪が? フン、あいつなら俺に苛められなくて清々しているだろうよ」
「何はともあれ、こうして行き逢ったのも他生の縁。我等と浮かれ騒げないどんな理由があろうとも──今日という今日は引っ張っていくぞ! さあ、兄者、何を知らぬふりをしてる? 一番寂しがっていたのは兄者のくせに」
 自慢の蛮絵も裂けよとばかり婆沙(ばさら)丸が強装束の袖に飛びついた。
「わかった、わかった! わかったから……こら、そんなに引っ張るな!」

「おまえたちから足が遠のいていたのは、今度の騒動がおまえたち(・・・・・)のような──いや、言うまい。よそう」
 久々、田楽屋敷の(しとね)に腰を据えて、盃を持った後でさえ逡巡して口籠る検非遺使だった。
 双子は焦れて口々に詰った。
「成澄らしくないぞ、ハッキリしろ!」
「何か余程言難いことでもあるのか?」
 まずは一気に盃を呷って、それから、いよいよ心を決めたらしく成澄は話し始めた。
「今、我等使庁を悩ませている事柄がある。ここ三ヶ月というもの京師(みやこ)では双子が拐かされ続けているのだ」
「双子?」
 狂乱・婆沙兄弟のあえかな眉が同時に動いた。
「というと、俺たちのような(・・・・・・・)、か?」
「おうよ。去る、八月に始まって、今月までに実に五組の双子が消え失せた」
「男か女か?」
「どちらも、だ。男が三組。女が一組、男女の双子も一組あった。要は双子なら構わぬらしい。身分にも拘ってないようで、舎人や商家の子息、零落しているとはいえかつては参議も出した貴人の双子もいた。年齢は上は二十二、下は十五……」
「消えたきりなのか?」
「今のところ、帰って来た双子は一組もない」
 成澄が語るには──
 最初はそれぞれの親や身内が、突然行方知れずになった息子や娘について騒いでいただけで、双子ばかりいなくなっているとは考えなかった。
 何処で、どういう風にいなくなったのかも未だ判然としない。
 だが、流石に双子の消息不明が五組を数えるに至って使庁は結論づけた。
 今回の騒動、明らかに双子たちは何者かに、何らかの意図あって拉致された(・・・・・)のだ。
 使庁の別当、直々の特命が下り〈双子拉致犯追捕隊〉が編成された。

「その隊長が、成澄、おまえなのだな?」
「いや。隊長は藤原盛房という者。とにかく、そう言うわけで、俺たちはこの一ヶ月というもの日に夜を継いで懸命の探索を続けている。だが、一向に(ラチ)が明かぬのだ」
 成澄は烏帽子に触れながら深い息を吐いた。
 日頃は笛を奏で、田楽を舞い歌う、浮かれ騒ぐのが大好きな陽気な検非違使。そのくせ人一倍正義感の強い男である。五組十人もの人間が消え失せ、その行方さえわからない遣る瀬無さ、歯痒さ。
 今、成澄が抱いている苦悶の深さは削げた頬に色濃く現れていた。
「成澄、これを見ろ」
「?」
 狂乱丸が水干の(たもと)から何やら引っ張り出した。
「ほう? 日光菩薩か?」
 親指ほどの素掘りの像だが、息を呑む美しさが籠もっていた。
 そう、まさに、〝籠もる〟という言葉がピッタリだと、改めて成澄は思った。
 美しさは外にではなく、その小さな像の内側にある。
 (何と言えばいいのだろう?)
 香が匂い立つように揺蕩(たゆた)って来る……そういう美しさだ。
「見事だろう? こういうものを彫る若者がいるのだ。我等も最近知り合ったばかりだが、おまえにも会わせたかったな! 婆沙、おまえのも出して見せてやれ」
 兄に促されて弟も袂を探った。
「知り合った記念にとササッと彫ってくれたのじゃ。本当に手の速い奴……」
「おう! こっちは月光(がっこう)菩薩か!」
 久々に検非違使は笑顔を燦めかせた。
「顔はおまえたちに似せたのだな? こりゃ、菩薩の装束や印が違わなかったら、それこそ道に落としでもしたら、どっちがどっちの持仏かわからなくなる。本当に生き写しだ!」
「それよ」
 狂乱丸、的を射たとばかりニヤリとした。
「成澄、その通り。我等は生き写しの双子じゃ。ならばこそ、今度の騒動──おまえを悩乱させている双子拉致犯とやらの探索に我等を使わぬ手はないぞ?」
 自分たちを囮にして、寄ってきた輩を一網打尽にしろ、と狂乱・婆沙の田楽師兄弟は提案した。
 ところが、これに成澄は頑として首肯しなかった。
「反対だ。危険過ぎる。おまえたちの身に万一のことがあったら……」
 狂乱丸は笑い飛ばした。
「日頃の威勢はどうした、判官殿? 京師の治安を一手に担っているのはおまえたち、検非遺使なのだろう? その頼もしい検非違使に守られての囮じゃ。何を恐ることがある?」
 婆沙丸も頷いた。 ※判官=検非遺使の位の名。(じょう)を指す
「それとも──誰かは知らぬが、双子を狩っている、その悪党の方が(・・・・・)天下の検非遺使より強いとおまえは認めるのかよ?」

「流石! 使庁にその人有り、と聞こえる中原成澄殿だけのことはある! 名案じゃ!」
 囮作戦について、〈双子拉致犯追捕隊〉の長、藤原盛房は手放しで褒め称えた。
 〝容貌第一〟と噂される検非遺使のこと、この盛房も端正な容貌だった。ただ、精悍な成澄と比べると線が細く、いかにも華奢である。
 今ひとつ乗り気でない成澄をせっついて使庁に乗り込んで来た狂乱・婆沙(ばさら)兄弟を膝を乗り出して盛房は見入った。
「話には聞いていたが……かの保延七年の修二会(しゅにえ)をその美しい舞いと歌で乗っ取った田楽師とはおまえたち(・・・・・)か?」
 感に耐えたように呟く。
「ううむ……今までの双子の中にもこれほどの美形はおらなんだ!」
 五組目が攫われてから既に十三日経つ。
 現在、京師(みやこ)は平安を保っているが、双子を狙う悪人どもがそろそろ次の獲物を欲して蠢き出す頃に違いなかった。この三ヶ月間、ほぼ二十日に一組の割合で双子が拉致されているのだ。
 時を移さず追捕の長は決断した。
「よし! 早速、明日からこの兄弟に京師を練り歩かせよ!」

 翌日。
 (あらかじ)め集合場所とされた使庁の中庭に来て中原成澄は顔色を変えた。
「おい! おまえ(・・・)だけとは……どういうことだ?」
 中庭には所在なげに佇む田楽師の兄しかいなかった。
「遅いぞ、成澄! おまえ、この件ではよっぽどやる気がないと見えるな? おまえがのんびりしてる間に婆沙丸の組はとっくに出発したぞ」
「……とは?」
 成澄は一向に解せぬ様子。
「婆沙丸の担当は大江高範(おおえたかのり)という者。今頃はもう九条大路辺りを(そぞ)ろ歩いているだろうな。俺はおまえの組だそうだから──こうして待ちぼうけを食っていたのさ」
 終いまで聞かずに成澄は高欄から使庁内に跳び込んで行った。

 使庁の執務室にいた追捕の長・藤原盛房に血相変えて成澄は詰め寄った。
「私は何も聞いていません! 集合時間はともかく──このやり方には反対だ! 双子は一緒に使ってこそ意義がある。それを兄弟別々に分けるとは……!」
 当然、警護する検非遺使や衛士も二分され、戦力的にも不利になる。それは取りも直さず、囮の身の安全が脅かされることを意味した。
 だが、藤原盛房は取り合わなかった。
 己の、形の良いほっそりとした爪を見つめながら、
「今回、別当殿直々に〈追捕の長〉に任命されたのは貴殿ではなく(・・・・・・)この私。さて、その別当殿は一刻も早い犯人追捕を望んでおられる。この際、双子を二人並ばせて悠長にやっている暇はないぞ? そのことを日頃有能な中原殿がおわかりにならぬとは!」
 更に続けて盛房は言った。
「二人並べないと双子とはわからぬ? フン、あれほどの美形、半日もあればあっちの辻で見た、こっちの大路で会ったと京師中、噂が飛び交って〈双子狂い〉の耳にも入ろうさ。いや、ひょっとして──」
 ここでちょっと言葉を切って、赤い唇を歪めて笑う。
「双子好きなら、犯人どもはとっくに知っているかもな? あの美しい田楽師兄弟のことを……」
 成澄の瞳を覗き込んで盛房は締め括った。
「兎に角、私のやり方に口は挟ませぬ! さあ、中原殿も任務に就かれよ。弟の方は貴殿に勝るとも劣らない猛者(もさ)の大江殿をつけてあるから安心されるがいい」
 未だ納得しかねている成澄に聞えよがしに追捕の長は呟いた。
「ったく、田楽師風情の身がそれほど心配か? 日頃から剛毅と讃えられている割に、案外気の小さな男よの?」
(なるほど、俺は今回の〈追捕の長〉ではない……)
 俺が〈追捕の長(それ)〉であったなら、そのように使庁内でどっしりと腰を下ろしてはおらぬ。真っ先に、先頭切って、現場に赴くぞ!
 成澄は歯を食いしばってそれらの言葉を胸の内に留めると渡殿を引き返した。
 今回、囮作戦に不安が付き纏うのは、あの〈追捕の長〉への信頼感の薄さが原因かも知れない。
 事実、成澄は藤原盛房という男に今一つ信用が置けなかった。
 名門の出らしいが、使庁でも今までこれといっためだった功績があるわけではない。
 そもそも、〈追捕の長〉への抜擢は別当に特別に口を聞く者があったからだとも聞く。中原成澄はそういうやり方を最も嫌悪する人間だった。

 婆沙丸とこれを警護する大江高範の一隊から遅れること半刻。 ※半刻=一時間
 狂乱丸と成澄も都大路へと繰り出した。
 日頃から彩羅錦繍の派手派手しい装束で聞こえた田楽師。この日も青朽葉色の水干は月に(すすき)の文様。袴は氷襲(こおりかさね)の白ときた。嫌でも往来の都人の目を引く。
 兄がこれなら弟のそれは何色だったのだろうと、ふと成澄は思いを馳せた。
 夏が舞い戻ったかと思わせるような明るい陽射しが降る中、双子の片割れ、兄の狂乱丸は、流石に編木子(びんざさら)こそ携えてないものの、さも気持ち良さそうにゆっくりと歩いて行く。
 その背中から目を離さず、四丈ばかり距離を置いて黒毛の愛馬に跨って付いて行く成澄。
 先行する田楽師の踊るように軽やかな足取りに反して、検非違使の胸はいよいよ重く塞がるばかりだった。
(双子の口車に乗るべきではなかった。今回ばかりは、どうも嫌な予感がしてならぬ……) 

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