修羅の平和

文字数 1,258文字

 私が子供の頃までは有った「平和」。それが再び戻って来た。
 世界中にどれだけ居るのかも不明な「異能力者」達は普通の人間に戻った。
 隣人が、あるいは証拠を残さず自分を殺す事が出来る……あるいは、軍や警察の特殊部隊を数十人単位で投入しなければ鎮圧出来ないほどの戦闘能力を隠し持っている「化物」かも知れない……。互いにそんな疑心暗鬼を抱き続けねばならぬ時代は終った。
 全世界の多くの人々が、そう確信した頃、私は、ようやく休暇を取る事が出来た。
 そして……何年かぶりの帰省をする事になったのだが……。

「今度は……中東のI国だって……」
 母親は疲れたような口調で言った。
 週に2〜3回は……実家の前まで外交官ナンバーの高級車がやって来る。
 そして、私は、様々な国の大使館や領事館に招かれ……。
「我が国の大統領と議会は、貴方の功績を讃え、貴方に『他民族における正義の人』勲章を贈呈する事を決定しました。貴方が全世界にとっての救世主である事は言うまでも有りませんが……我が国こそ、世界で最も貴方に感謝している国の1つです」
「は……はい……ありがとうございます……」

「しかし……何で……こんな国ばかりから……」
「ほんとに……そうだよねぇ……」
 両親は、実家に飾られている大量の勲章や感謝状を眺めながら、そう言った。
「えっ? どう云う事?」
「ああ……そうか……。あれが起きて以降は……」
「そう言えば……そうね……」
 私に勲章や感謝状をくれた国々には……私の子供の頃に起きた……「あの事件」……地球の衛星軌道上に「どこか」への「門」が開き、そして、その「門」より降り注ぐ「力」のせいで世界各地に「異能力者」が現われる以前において、何かの共通点が有る国らしかったが……。
 東アジアのC国。南アジアのI国。中東のI国。R国……。
 一体、何の共通点が有るのだろうか?

 休暇が終る頃、私に勲章や感謝状をくれた国々は自国内の少数派の弾圧を開始した。
 いや……私が幼い頃だったから良く覚えていないだけで……より正確に言うなら「弾圧を再開した」らしい。
 ほんの少し前まで……自国の少数派の中に、どんなとんでもない「異能力者」が居るかも知れたモノではない……では、もし、自国の少数派を弾圧したならば……誰もが、そう思っていた。
 しかし……最早、そんな心配は無くなった。
 ならば……数が多い側、地位や富を持っている側、軍事力を持っている側が単純に有利になる。
 冗談では無い。
 衛星軌道上の「門」は閉じられ、「異能力者」達は力を失ない……そして二度と「異能力者」が生まれる事は無い……。
 他の国でも、ある国は……治安が悪化し……別の国では警官が横暴に振る舞うようになり……。
 そんな馬鹿な……。
 これが……世界中の人々が待ち望んでいた「平和」なのか?
 こんなモノが、誰もが取り戻す事を願った「古き善き時代」なのか?
 よりにもよって……「門」を閉じる為の基礎理論を打ち立てたのは……他ならぬ私なのだ……。
 私は……地獄の如き平和を世界にもたらしたのだろうか?
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