第35話 結晶庭園

文字数 1,511文字

 結晶庭園。

 知性持つ結晶体・キーザが顕現する土地。かつては、踏み入ったものを無差別に鉱物に変える魔所として恐れられていたが、キーザの託宣を受け人との仲立ちをする巫女を立てるようになって以来、この土地の持つ役割は変わった。病に侵され、死への恐怖と絶え間ない苦痛を訴える者達が訪れ、望んでその身を鉱物へと変えて貰う。
 人の身体を捨て、意識を失う臨終まで、束の間の安らぎを得る。今の結晶庭園はそんな場所になっている。

「昼間に比べれば危険は少ないのですが、夜も決してみだりに踏み入っていい場所ではないのです」

 キーザの巫女・マナナノは、困り顔で俺達を見る。簡素な白い貫頭衣。サークレットで露わにした額に水晶の飾りが輝いている。マナナノは俺達が辿り着いた時、夜中だというのに頭ほどの大きさの結晶を抱え、運んでは積み上げ組み替える作業を続けていた。アティ捜索のため庭園へ立ち入る許可を求める俺達に対し、難色を示す。

「太陽の光が無ければキーザは顕現しませんので、誤って鉱物にされることもないのですが。その代わり、鉱物になった者や死人の声を聞くことになるのです」
「あー、聞いたことあります。確かここ口寄せもするんですよね?」

 リディの声に巫女は頷いた。キーザによって作られた結晶には、元になった生物の霊体が抜けた後でも、死霊の類を呼び込みやすく、死霊術の触媒に用いられるという。脳や神経がそのまま結晶化した構造故の効果らしい。
 結晶に変えられた者が長く意識を保てないのは、それ以上細胞が変化も成長もしないからだ。やがて霊体は強い執着のみを繰り返すようになり、最後には意識を擦り減らし消滅する。繰り言を続けるだけの死霊の類の依り代には、打って付けだということらしい。

「生あるものが眠りに付く夜は、結晶の声が大きくなるのです。迂闊に踏み込めば、招かれ死者の仲間入りをすることになるのですよ?」

 キーザは結晶を介し声を伝える。鉱物の声を聴くことに慣れた巫女だからこそ、結晶化した者の声と、紛れ込んだ死霊の声を聴き分けることができるのだと。

「それじゃあ、道案内に同行願えませんか? 早く見付けてあげないと危険なので……」

 警吏は捕らえるべき月棲獣憑きの少女の身のほうも案じているようだ。マナナノは結晶塊を抱えたまま思案していたが、やがて斜めに傾げていた首を縦に振った。


 星の配置と太陽の光を必要とするキーザ顕現の地だけあって、広くなだらかに開けた土地が続いている。だが、そこに並ぶのはキーザの産み出した鉱物塊や結晶柱の群れ。高台がなく、人の背丈を越えるそれらが立ち並ぶことによって、結晶庭園は迷宮と化している。夜の間に、マナナノを含めた巫女達が交代で見回り、通路を整えているそうだ。

「キーザが初めて顕現した時は、ただ闇雲に周囲を結晶化し、地を覆いつくす勢いで広がっていたそうなので。今はずいぶん穏やかなのです」

 アティに先に発見されることを警戒し、ランタンの灯りは絞っている。月明りが足元を照らし、見通しは悪くない。マナナノは俺達を先導しながらも、時折変わった色の鉱石を見付けては、拾い上げている。儀式の触媒にするのだという。
 庭園内には一本の植物も生えず、虫の鳴く声さえ聞えない。代わりに、育ち過ぎた結晶の割れる音や、鉱石同士の擦れる微かな軋みが時折響いてくる。

「ちょっと、アインさん平気なんですか? ……なんか人の声聞こえません?」
『あれだけの死体の山を見た後で何言ってんのよ?』

 人の声がするなら怖がるのではなく、そちらに向かうべきだろう。俺は足を止め耳を澄ませてみた。
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