今は一度の敗北を~イマハイチドノハイボクヲ~

文字数 5,757文字

その時、護衛揚陸艦の艦橋でモニターしていた藤原は、桃華たちの異常を敏感に感じ取っていた。

「モモ?! 鷲見さん! 何か桜華の様子がおかしくありませんか?!」

「そうですか?」

そんな藤原に表情を変えず答える鷲見。
その冷静すぎる対応に何やら違和感を覚えた藤原は、すこし半身になって警戒しつつ鷲見を睨んだ。

「鷲見さん? どうしたんですか?
鷲見さんほどの人なら、この状況が可笑しいって理解出来て――」

パン!!

――その時、不意に艦橋に破裂音が響く。
その音が何かを素早く理解した藤原は、その場に伏せて周囲を素早く見回した。

「いい反応だな……藤原。
それでこそ選んだ価値がある――」

「鷲見……さん?」

その破裂音を聞いてなお、鷲見は何事もなかったかのように振る舞う。

「閣下――。艦橋の制圧は完了しました」

「ふむ、ご苦労……」

そんな鷲見に、手に拳銃を持った国防軍人が話しかけてくる。
その手にある拳銃で、ついさっき艦橋にいる乗り組み員の一人を射殺したばかりであった。

「なるべく航行に支障のないレベルで留めておけ?
さすがに我々だけでは、この護衛揚陸艦を運用することはむつかしいからな」

「了解いたしました、閣下――。
”Blessing the Red Circle(赤き血潮の円環に祝福を)――”」

「ああ、”Blessing the Red Circle(赤き血潮の円環に祝福を)――”」

その二人の交わした言葉に、藤原は驚愕の想いで目を見開いた。

「赤き血潮の輪の結社?!!
貴方まさか!!!!」

その叫びを聞いた拳銃を手にした国防軍人は、冷たい目で藤原を睨む。

「閣下――、このものの処分は?
我々の素性を知られた以上は、始末した方が――」

「まて、こいつは私の昔からの知り合いだ。
我々の仲間にするために、この場に呼び寄せたのだ。
……ここは私と二人きりにしてくれないか」

「――。了解いたしました。
しかし、慎重に行動してくださいね、閣下――」

「わかっているさ――」

鷲見は苦笑いしつつ国防軍人に答える。しばらくすると艦橋に藤原達二人と射殺された死体のみが残された。

「何を考えているんですか鷲見さん!!
テロリストなんかの手先になるなんて!!!!」

「ふむ、私の考えが理解できないかね?」

「鷲見さんは、何よりテロリズムを嫌悪しているでしょう?!
――だって、昔あなたの娘さんは――」

「言うな――」

その時初めて無表情であった鷲見の顔が歪んだ。

「娘さん――名前は確か――。あ――」

「――」

その時、藤原は今までなぜ気づかなかったのかと唇をかんだ。
なぜなら、鷲見さんがテロリズムで失った娘の名は――、

鷲見(わしみ) 櫻子(さくらこ)――。
鷲見さん、あんたまさか桜華の事を――」

その言葉に、鷲見は顔を歪ませながら答えた。

「娘には……、櫻子には、仕事にかまけて何もしてやれなかった。
娘の死を知って、その亡骸を見たのも、海外救助活動を終えた後の事だ――。
私は、他人は救ったくせに、大事な娘を見捨てたのだ――」

「そんな事!!
鷲見さんのせいじゃないでしょうよ!!」

「わかっているさ――、でも自分が許せないのだよ」

そう言って鷲見は懐から拳銃を取り出す。そして藤原に向けて言った。

「藤原――、我々は――”赤き血潮の輪の結社”は、
日本政府の行った悪逆非道に断罪を下すべく参った――。
この悪事を世に広め、赤き血潮の円環を汚す外道に裁きを与えるのだ」

「鷲見さん――」

「お前は、この政府の悪行を気に入っていなかったな?
――だったら我々と共に来い。私と共に悪に裁きを――」

「嫌だ――」

藤原は問答無用というふうに即座に答えた。

「なぜだ? お前は悪に従うのか?」

「政府の悪はもちろん気に入らないし、正せるなら正したいです。
でもだからって、別の悪の手助けをするつもりはありませんよ」

「――我々が悪だというのか?」

藤原の答えに鷲見は目を細めて言う。

「それ以外のなんだというんです?
――無差別に人を殺めるテロリストなんですから」

「……」

その言葉を聞いた鷲見は、一瞬怒りの表情を見せる、そしてその拳銃の引き金に指を添えた。

「鷲見さん」

さすがに寝そべった状態で、至近距離の拳銃の弾丸を避けるすべはない。
もはやこれまでかと藤原は思ったが――、

「いい答えだ――」

不意に鷲見からそんな言葉が聞こえてくる。そして――、

パン!

艦橋に銃声がとどろいた。


◆◇◆


同時刻、訓練島の桃華たち――。

「さくら――本気なの?」

「本気だよモモ――、
私はすべてを裁いて、本当の自由と栄光を手に入れるの」

「自由と栄光?」

「そう、悪を裁く天使として降臨し、
皆に尊敬されるモノとなるのよ――」

その言葉を聞いた桃華は、改めて桜華が狂っていると感じた。

「皆が私を尊敬する――、
皆が私を想う――、
皆が私を”愛してくれる”――。
私はそんな存在になるのよ」

「馬鹿じゃないの?」

その桜華の熱にうなされたような言葉の羅列に、純粋な感想を述べる桃華。

「本気で熱にうなされているみたいね――。
頭でも叩いたら治るかしら?」

「フフフ……、モモは相変わらず口が悪いね」

「優等生ぶって、なんでも抱え込むあんたよりはマシよ。
そのせいで馬鹿になっちゃったんならなおさら――」

「馬鹿はあなたでしょ?」

不意に桜華の機体の外部スピーカーの音量が最大になる。

パパン!!

「?!!」

数発の炸裂音が響き、それを聞いた桃華はびくりと顔をこわばらせた。

(銃声?! これって……)

何やら嫌な予感が桃華の思考を駆け巡る。そしてそれは正解であった。

「桃華の研究室、どうなってるか知ってる?」

「!!!! カツラギ?!!!!!」

「フフフ……いい感じねモモ」

桃華は機体を桜華の方に繰ると、手にした小銃を向けた。

「あんた!!!!! カツラギ達に何をした!!!!」

「そんな事、わかってるでしょ?
悪人には死んでもらわなきゃ」

「さくら!!!!!!
お前!!!!!!」

パパン!!!

その瞬間にも銃声が響き、その向こうから悲鳴が聞こえてくる。

『も……も……ちゃん』

不意にスピーカーから見知った声が聞こえてくる。
それを聞いたとき、桃華は全身が凍り付く感覚を得た。

「田中さん?」

それは、研究員の一人、陽気でいつも研究室のみんなを笑わせる、オタク研究員の断末魔の言葉であった。

「た……なか……さん?
田中さん!! 田中さん!!!! 田中さん!!!!!!
……なんで?! いやああああああああああああ!!!!!」

余りの事態に桃華は頭を抱えて悲鳴を上げた。
その間にも見知った研究員の断末魔の悲鳴がスピーカーから漏れ聞こえる。

「フフフ……。今頃あの葛城って人も――」

「さくらああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

その瞬間、桃華の感情が爆発した。

ダダダダダダダダダン!!!!!!!

25㎜小銃の銃口が火を噴く。
しかし――、

「駄目よ? そんな精神状態では、あなたの自慢の戦術眼も機能しないでしょ?
――そのうえ、私には未来が見える――」

桜華は桃華の銃撃を、初めから当たらないというような軽い動作でよけていく。

「モモは私と違って未来が見えない――、
残念だけど、それこそが私とあなたを隔絶している力の差なのよ?」

「うるさい!!!!!」

桜華はそれでも小銃の引き金を引くのをやめない。そのうち弾丸が尽きた。

「く!!!」

急いで予備マガジンを装填しなおそうとする桃華であったが、その腕を一発の弾丸が貫いた。

「?!」

その衝撃でマガジンを取り落とす桃華。それを暗い笑顔で見下ろしたのは桜華であった。

「これでお終い――、残念でした桃華。
とりあえず”あの人”には、仲間につくよう説得したけど……、抵抗されたから射殺したって伝えないとね?
まあ、納得しないかもだけど――」

「?」

その”あの人”という言葉に何やら嫌な感覚を得た桃華は、桜華に疑問の言葉を放つ。

「あの人?」

「うん……。今、貴方の研究室で制裁を行っているのは、貴方の元管理官”国松 勇希”さんよ」

「!!!!!!!!!!!!!」

その言葉を聞いて桃華は顔を真っ青にした。

「フフフ……、桃華を絶対仲間に引き入れる。
そのあとは桃華をあなたのモノにしてあげるって言ったら、喜んでついてきたわ――」

「あのバカ――」

余りの事態に怒りを超えて思考停止に陥る桃華。そんな彼女に無慈悲な銃口を向ける桜華。

「さあ、葛城さんのところへ行ってらっしゃい」

そういう桜華は、小銃を正確に桃華のいるコックピットへ向けて引き金を引こうとした。

『――さくら』

不意に桜華の機体に通信が入る。それは鷲見の声だった。

「お父さん? どうしたの、そちらの制圧は終わったんでしょ?」

『一人、逃げられた。あの藤原という男だ――』

「え?」

『私も、奴に反撃されて負傷した。作戦は中止して帰還するんだ』

「お父さん?! 負傷って大丈夫なの?」

『銃で足を撃たれただけだ……。特に問題はない――。
とにかく帰還を急げ』

その言葉を聞いた桜華は、悔しげに唇をかんだ。

「あの男、藤原?! 逃げられた?
く……お父さんに傷をつけるなんて――」

「どうやら、なんか”おじさん”にしてやられたみたいね」

「く……、モモ」

桜華はそのままひきがねを引く。しかし――、

「もう遅いのよ――」

その弾丸をきれいに避けた桃華はすでに再装填していた小銃の引き金を引いた。

ダダダダダダン!!!

その銃から放たれた弾丸は正確に、桜華の小銃を砕きばらばらにしてしまった。

「くそ!!!!!」

桜華は腰の対戦車手りゅう弾を手にすると桃華に向かって投げる。

ドン!!!!!

大きな炸裂音と共に桃華の機体の近くで爆発を起こす手りゅう弾。
さすがの桃華も、広範囲に広がる手りゅう弾の爆発に巻き込まれてしまった。

「ああ!!!!!」

装甲が一気に吹き飛び、腕がもげて地面に転がる桃華の82式。
そのまま桃華の機体は沈黙した。

「モモ……」

怒りの表情のまま、桃華にとどめを刺そうとする桜華であったが。

『どうしたさくら……急いで撤退しろ』

「!!」

桜華を止める声があった。

『さくら……』

その鷲見の言葉に悔しげに唇をかんだ桜華は、そのまま桃華の機体に背を向ける。

「命を拾ったみたいね? でも、いつか殺してあげる」

そう言って桜華は海岸へと機体を走らせたのである。


◆◇◆


パンパン!!!

その手にある拳銃から火花が散る。
その時、国松は嬉しそうに殺戮を楽しんでいた。

(これが終わればモモは俺のモノ――、俺のモノ――)

その表情は醜悪な笑顔に染まり。返り血がさらにその男をただの化け物に変えていた。

「国松君――。君は」

不意に脇から声がかけられる。国松は問答無用で銃の引き金を引いた。

パン!!!

「が!!!!」

脚に銃弾を受けてその場に倒れる声の主、それは――。

「ああ、葛城さんでしたか。どうもご無沙汰です」

「なぜだ? 君がなぜ、こんなことを?」

「そんなこと、理解できてるんじゃないです?
俺のモモの身体をいじくりまわしたカスどもに制裁を加えているんですよ」

「君――」

その国松の言葉を呆然とした様子で聞く葛城。国松は心底いやらしい顔で葛城を嘲り笑う。

「まあ、安心してくださいよ。これからは俺がモモを大切に育てていきますから」

そのまま国松は銃口を葛城に向けて引き金を引こうとした。

「――」

ふと国松の目に葛城が身に着けているネクタイがうつる。

(う~~ん、たしかモモは葛城さんを慕っていたよな。
ここで殺したらまずいか?)

そんなことを考えていた時、不意に研究室の扉から何か小さなものが投げ込まれた。

「え?」

それは催涙弾であった。

「う? げほげほ……」

国松は銃を取り落としてその場にうずくまる。そんな彼の脳天に銃口があてられた。

「え?」

パン!!!!

そのまま、その悪辣な男の一生は終わりを告げた。


◆◇◆


時間は少し巻き戻る――。

「いい答えだ――」

その時、藤原に銃を向ける鷲見の顔は笑っていた。

パン!

その次に銃声が響く。そして――、

「?」

藤原は自分がどうにもなっていないことに気付く。どういうことかと周りを見ると――、

「鷲見さん?!」

鷲見が自分で自分の足を打ち抜いて倒れていたのである。

「鷲見さん? なんで?
どう言うことです?!」

「悪い――、もうすぐ銃声を聞きつけて”仲間”が戻ってきてしまう。
手短に話すから聞け――」

「鷲見さん――」

藤原は黙って鷲見の言葉を待つ。

「俺は、俺ではさくらを救うことができなかった。
蝕まれ狂っていく精神をどうにかする術がなかった」

鷲見は顔を歪ませて話を続ける。

「さくらが、奴らと接触を持ったのはそのころだ。
私がもっとしっかり見ていればよかったんだが」

「奴らって赤き血潮の――」

「ああ、その通り――。そしてあの人も――」

「あの人?」

「そうだ――、ことの黒幕は国防軍上層部内にいる。
すべてはその人の手引き――。もしかしたらRONとの繋がりすらあるかもしれん」

「それって――」

藤原は驚きを隠せなかった。どうやらテロリストとつながりのある人物が、国防軍高官の中にいいるらしい。
その時、艦橋の外から足音が響いてきた。時間がない――。

「とりあえず。さくらを守るため――、そして敵の素性を調べるスパイとして俺は国防軍を離れる。
お前には国防軍に残って、独自の調査をしてもらいたいんだ」

「鷲見さん」

鷲見は、確かに昔通りの鷲見だった。
決して欲などに駆られて、犯罪に走ったわけではなかったのだ。

「すまない。敵の動きが速すぎて、こんな強引な手を使うしかなかった。
今回の事で死んだ連中には、いつかあの世で謝らねばならん――」

「鷲見さん――、どうせなら俺も一緒に謝ります」

「それは――、すまない。
お前を道連れにするようなマネをしてしまう俺を許してくれ」

藤原はニコリと笑って頷いた。

「藤原――、この銃を持っていけ。そして、必ずここから脱出するんだ。
お前ならできる。だからこそお前を選んだんだからな」

「はい――、必ず生き残ります」

鷲見は藤原の肩に手を置くと、それを強く推した。

「いけ!!」

「はい鷲見さん!!」

藤原は名残惜し気に鷲見を一瞥してから、その場を走って去っていった。
それを見送った鷲見は、桃華と戦闘を繰り広げている桜華に通信を送った。

「すまないさくら――、
こんな至らないお父さんで――」

その顔には深い悲しみが刻まれていた。
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登場人物紹介

小柄な中学生くらいの見た目の少女。

人工的に合成された遺伝子による人造人間であり、肉体年齢的にはもう中学生程だが、実年齢はまだ9歳に過ぎない(本編第一話の時期)。

その身体能力は極めて高く、強化義体によるサイボーグでもないのに、それと同等の運動能力を発揮できる一種の超人である。

その能力の高さは、知能に関しても同等であり、大学レベルの論文なら一瞬にして理解できる知能を有する。

その能力に裏打ちされた性格は極めて尊大であり、自身を『天才』だと言ってはばからない、多少他人を見下しがちな悪癖を持つ。

しかし、そんな彼女の本質は極めて純真で、他人を思いやる気持ちに満ちた、本来は戦争行為など行えない優しい性格をしている。

すぐに他人の気持ちを察知できる頭脳の持ち主なので、必要な時は決して他人を不快にさせる言動はしない。

それほど純粋な性格に育ったのは、育ての親である研究者たちに、大切に育てられたことが大きく影響している。

なにより、平和な日常を守ることを使命だと考え、テロリズムには自身のできうる限りの苛烈な暴力で制圧を行う。

日本陸上国防軍・二等陸佐である優男。通称『おじさん』。

第8特務施設大隊の大隊長であり、桃華の後見人にして直轄の指揮官でもある。

そこそこ整った顔立ちのイケメンだが、多少くたびれた雰囲気があり周囲には昼行燈で通っている。

国に奉仕することを第一とする典型的な軍人ではあるが、政府の行った闇の部分には思うところがあるようで、自分をその手先の『悪人』だと思っている節がある。

海外の生まれであり、そこで戦争に巻き込まれ家族全員を失っている。

その時に救ってくれた日本国防軍のとある人物(現在は国防軍の高官)の推薦で国防軍に入ることとなった。

このため、心の中では戦争やテロリズムを憎悪しており、それを引き起こそうとする人物に対しては、容赦しない苛烈な部分を持つ。

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