準備万端となった一行と妹たちがやって来たのは、巨大なご神木の前だった。
【マリキータ】
ここは森を外敵から守る神様として、昔から祀られてるんだ。
【Z・ジェット】
これまたエラい長生きしてそうやなぁ。
かなりの樹齢のようで、根本にはぽっかり空洞が出来ていた。
妹たち曰くこの空洞の下はモンスターが棲みつく地下迷宮になっているらしい。時々祖父クレスとの修行の際に立ち入るが、三姉妹もあまり下の階へは降りた事がなく、どのくらい深いのかも知らないと言う。気を締め、一行は中へ入って行った。
姉妹たちの言った通り、道中はかなりの強敵ばかりだった。さらには至る所に罠まであり、やはり一筋縄では行かなかった。
流石は修行で使われるダンジョン。一行はなかなかの苦戦を強いられたが、それでも迫り来る敵を蹴散らし下へ下へと降りて行く。いや、行かなければならないのだ。残る長女・ファルファーラを救出するために。
【リズ】
ホント入り組んでるねー、まるで迷路みたい。
【ビーネ】
おじい様から聞いた話だと、昔ここにはたくさんのアリの虫人の祖先たちが世帯別に暮らしていたそうです。
ビュッ!!ジェットが危険を察しその場を避けた次の瞬間、鋭い針が床から飛び出して来たのだ。どうやら床に隠されていた、罠のスイッチを踏んでしまったらしい。
あともう少し反応が遅かったら、あっと言う間に串刺しになり肉塊と化していただろう。まさに間一髪だ。
【ビーネ】
ここは侵入者対策として仕掛けられた罠が多数残っています。
気を付けて下さいね。
【メトロ】
あらあら、罠の次はまたモンスターのお出ましね。
先程の戦闘と罠で警戒心を強めていた一行は再び身構える。
【Z・ジェット】
けっ、また来よったか! ホンマに身の程知らずやな!
【マリキータ】
ボクたち、ファリーお姉ちゃんの所に行くの!
お願いだから邪魔しないでよね!
【ビーネ】
行く手を阻むと言うのなら、我々も手加減は致しません!
覚悟!!
ようやく最奥部と思しき階層へ辿り着いた一行。
そこへ繋がる階段を降り切った所に長女・ファルファーラはいた。
言わずもがな、虫人の姿ではなかったが。
例の謎の光線によって青い蝶と化してしまった彼女は、辺りをヒラヒラと飛び回っていた。
彼女もまた、一行に撤退を促しているかのようにも見える。
ブーン…。うるさい羽音を立てながら、一人の男がゆっくりと降りて来る。
【??】
何だ…ガキ共じゃねぇか、このミーガン様に用か?
それはハエの虫人だった。
銀髪の頭に色黒の肌に毛むくじゃらの手足、シャツに膝丈ズボンにサンダルとラフ、悪く言うとだらしない服装、そして赤いサングラスをかけている。
【リズ】
そうだよ、あんたがビーネさんとキーちゃんのお姉さんをチョウチョにしたんでしょ!?
【ミーガン】
あぁ、スパイディーネのお嬢に頼まれたんだよ。
野望を妨害する邪魔者を排除しろ、ってな。
【カロ】
では、やはりあなたがファルファーラさんを…!
【ミーガン】
いちいちうっせぇなぁ、これ見りゃ分かんだろ。
そう言って彼が取り出したのは鳥かごだった。
中にはビーネの時と同じ人魂が閉じ込められている。
【ミーガン】
お嬢に持って帰るように頼まれてっから、こうやって慎重に扱わねぇと。
【Z・ジェット】
そのスパイディーネとか言う奴、何が目的なんや!
【ミーガン】
へっ、さぁな。それにしてもあのねーちゃん、美人だったなぁ…。
ヒト成分を奪わなくて済んだなら俺がモノにしてたのによぉ、へへへ…。
サングラス越しにギラつく眼差しは、下劣そのものだった。
まさにセクハラオヤジと言う言葉がピッタリだ。
【マリキータ】
げぇっ、ファリーお姉ちゃんをそんな目で見てたなんて!!
【Z・ジェット】
ホンマやな、ええ年こいた男が恥ずかしくないんやろか。
【ビーネ】
でもおあいにく様、ファリー姉様はそう簡単には堕ちませんよ!
【カロ】
その下卑た根性、我々が叩き直してあげます!!
【マリキータ】
ファリーお姉ちゃんのヒト成分、絶対返してもらうからね!!
【ミーガン】
何とでも言いな、こっちも仕事なんでね。
邪魔するってんなら、女子供だろうが容赦はしねぇぜ!
ジェットが地面を蹴り、鉄拳をお見舞いしようとする。
ヒョイ。しかしそう簡単には行かなかった。
ミーガンはホバリングで素早く飛び回り、拳を余裕の表情で避ける。
ジェットは続けて何度も叩き込もうと奮闘するが、一向に当たる気配がない。
【ミーガン】
知らねぇのか? ハエはな、人間の殺気を感じ取れるんだよ。
ミーガンの言う通り、ハエには人間が退治しようとする際の『気』を感じ取り、逃げ回る習性がある。
彼はそのハエの虫人であるが故に、その能力を持っているのだ。
例え虫とて、決して侮ってはいけない。
【マリキータ】
さっきからムカつくー!! この~っ!!!
しかしやはり簡単には倒せなかった。ミーガンは猛スピードの低空飛行で逃げ回り、その後を追うように小さな砂煙が次々と上がって行く。
彼女らの連射もむなしく、辺りに弾痕を残すだけとなった。
余裕たっぷりな様子で、ニヤニヤと気味の悪い笑みを浮かべるミーガン。
そう言って彼は、お得意の高速低空飛行を駆使し、一瞬で向かって来た。
手にアメーバ状の物を召喚しながら。
そしてそのアメーバを、一行に向かって投げ付けた!
ビチャッ!!
あろうことか、アメーバはリズ、ジェット、マリキータの3人に命中してしまった。
途端に3人が苦しみ出す。
パトはすぐさま、3人に魔法の万能薬を飲ませる。
全快まで少し時間はかかるが、効き目は確かな回復アイテムだ。
追い討ち並びに巻き込み攻撃をかけようとする彼の前に、カロとビーネが立ちはだかった。
ビュン。ミーガンは案の定、カロを捕まえんとばかりに猛スピードで迫って来た。
すっかりパニックになり、攻撃するのも忘れて逃げ回るカロ。元々純粋な彼女だから仕方ない。
ビーネがミーガンを止めようとするが、素早過ぎてなかなか追い付けない。待ち伏せ攻撃を仕掛けようにもカロを巻き込んでしまう危険性があり、手が出せなかった。
そもそもカロがこのスピードから逃げられるのもすごいが。所謂火事場の馬鹿力と言うものだろうか。
【ビーネ】
くっ、せめてミーガンの動きを封じられれば…。
【パト】
うん! 良い事思いついちゃった!
ビーネさん! ひとまずこっちに来て下さい!
早速パトがビーネを呼び寄せる。ミーガンはカロを追いかけるのに夢中で、それに気付いていない。
飛びながらやって来るビーネ。
カロの事が心配なのか、彼女の表情には少し焦りが残っていた。
【パト】
これから僕の言う通りに動いて欲しいんです。耳を貸して下さい。
ビーネが耳を貸すと、そのままゴニョゴニョ何かを話す。
【ミーガン】
はっはっは、あんなに強がっといて情けねぇな嬢ちゃん!!
一方、相変わらず鬼ごっこ状態となっているカロとミーガン。
と、彼の餌食になるギリギリの所で、隙を見たビーネが間に入りカロを救出。
そのまま素早く安全な場所へ運ぶ。
【ミーガン】
ちっ、邪魔が入ったか。
だがそろそろ眼鏡の嬢ちゃんにゃ飽きた所だったんだ、ちょうど良い。
【ビーネ】
…つまり私にターゲットを変えようと言うのですね。
良いでしょう、捕まえられるものなら捕まえてご覧なさい。
カロを地面に降ろした後、ビーネは身構え再び空中に浮かび上がる。
【ミーガン】
そうかい、だったらお前さんも地の果てまで追っかけてやろうか!!
【ビーネ】
(よし、乗った!)
ここまでいらっしゃい!
すぐさまビーネは羽を震わせ、ホバリングで逃げる。同時にミーガンも飛び出した。
再びターゲットを変えての鬼ごっこの始まりだ。
【ミーガン】
おいおい、戦士なのに逃げてちゃダメだろぉ~!?
対してミーガンからの煽りに少し苛立つビーネ。
しかしこれで良いのだ。何故なら先程、パトから策を託されたから。
コンッ。一瞬のチャンスを見極め、ビーネは飛びながら持っていた槍で地面を軽く突いた。
するとどうだろう。ミーガンが到達する寸前、その地点に紐がピンと張られたのだ。
そう。ビーネは罠が放つわずかな『気』を感知し、既に罠の位置を把握していたのである。
ズシャアアアアアッ!!
当然避ける間もなく罠につまずいたミーガンは、大きくバランスを崩し派手にすっ転ぶ。
彼が立ち上がったと同時に、すかさず槍先から魔法の蜂蜜を召喚するビーネ。
たちまち蜂蜜がミーガンの体を包み込む。
そのまま蜂蜜は結晶化して白く固まり、ミーガンはあっと言う間に身動きが取れなくなってしまった。
ミーガンは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべながら悔しがる。
一方でパトとカロ、そして毒も消え快方に向かい始めたリズ、ジェット、マリキータもその光景を見ていた。
【リズ】
なるほど、一度罠にかけて捕まえるって作戦だったんだね!
【パト】
うん、速くて捕まえられないなら、動きを封じれば良いかなって。
【マリキータ】
そっか、この迷宮には罠がわんさかあるもんね!
【Z・ジェット】
ハチだけにハニートラップってとこやな!
約2名、きょとんとした顔になる。どうも意味が分かっていないようだ。
【Z・ジェット】
わ、分かっとるっちゅーねん、ダジャレやダジャレ!
そんな冷たい事言わんといてや。
【ミーガン】
いっ!? ちょ、ちょっと待て!
なぁ、いっそお前さんたちも俺と手ぇ組まねぇか?
お前さんたちの強さと頭の良さには脱帽したぜ、は、ははは…。
ピンチのあまり混乱したのか、急にスカウトを始めるミーガン。たぶん命乞いだ。
当然辺りから一斉に、氷のように冷たい視線が送られて来る。
【ビーネ】
我々が今更、そんな陳腐な口車に乗るとでもお思いですか?
あまりにも馬鹿馬鹿しく情けない命乞いで、一行は心底呆れ果てる。
【ビーネ】
ふざけるのも大概にして下さい!! “ポイズンニードル”!!!
ビーネの毒をまとった槍による一突きが、ミーガンの腹に炸裂した。
ドッスゥゥゥ!!!!
ボディブローを叩き込むような鈍い音がした直後、彼の一際情けない断末魔が階層中に響き渡った…。
とどめの一撃と共に崩れ落ちた蜂蜜の結晶から漂う、甘い香りに包まれて倒れるミーガン。槍が体を貫く事はなかったものの、腹を押さえて酷く咳き込む様子から相当なダメージを食らったのが分かる。
ここまで来ると流石に少しやり過ぎな気もする。もっともちゃんと反省すれば、こんな恐ろしい怒りの鉄槌を食らう事は二度とないのだが。完全に自業自得だ。
ちなみにハエの虫人は毒状態にはならないらしい。
すっかり全快したメンバー含めたメイン勢とマリキータ、ビーネで彼を取り囲んだ。
【リズ】
これに懲りて少しは反省しなよ、セクハラおじさん!
【マリキータ】
そーだそーだ! あんな事ばっかりしてたら絶対他の女の子にも嫌われるから!!
それを目の当たりにしたパトも、すっかり青ざめているようだ。
ミーガンは怒って反論するが、残念ながら今の彼に迫力と言うものは微塵もなかった。
リズとマリキータは、そんな彼に向かって一緒にあっかんべーする。
【Z・ジェット】
はぁ、ここまで情けない奴がおったとは…。
【カロ】
あなたは罵倒されて当たり前の事をやったんです。
ちゃんと自覚なさって下さい。
【ミーガン】
ぐっ、わ…わーったよ、とっとと持ってけドロボー!
ミーガンは倒れたまま鳥かごの扉を開き、人魂を解放した。同時に彼の体が輝き出す。
【ミーガン】
へ…へへへ、今頃お嬢自らも動き出してるだろうな…。
せいぜい姉妹揃って森の最期を見届けるが良いさ、あばよ!!
捨て台詞を吐いた直後、ミーガンの人間としての体は完全に光の粒となって消え去った。
そのままただのハエに戻り、どこかへ飛んで行ってしまった。
【Z・ジェット】
やっぱあのオッサンも、ただのハエやったみたいやな。
一方残されたヒト成分と思しき人魂は、やはり辺りをふよふよと漂っていた。その人魂へ向かって青い蝶は飛んで行く。
そして蝶と人魂は融合し、一人の虫人となった。
彼女はかなりの美貌の持ち主だった。流石ミーガンが目を付けただけの事はある。
元の姿を取り戻した彼女…ファルファーラの所に、ビーネとマリキータが駆け寄る。
【ファルファーラ】
ビーネ! キーちゃん! 無事で良かったわ!
ファルファーラは妹たちを抱きしめる。ようやく三姉妹全員が揃ったようだ。
【Z・ジェット】
オッサンが言うてた、スパイディーネとか言う女を何とかせえへんとな。
【ファルファーラ】
…そう、とうとう動き出したのね。
【ファルファーラ】
ええ、私たちが受けた同じ魔法でかつて住民たちのヒト成分を奪って、この森を支配しようとした悪い魔女だとおじい様から聞いた事があるの。
もっとも、私も直接戦った事はないけど…。
【ビーネ】
でしたらおじい様に話して、策を提案してもらってはどうでしょう?
【カロ】
それが良さそうですね。長様が彼女について一番ご存知でしょうし。
【??】
あっ、ファルファーラ様、ビーネ様、マリキータ様!!
そこへ森の戦士と思しき虫人の男性が走って来た。何やら慌てているようだが…?
ファルファーラが問うと、戦士は驚くべき事を口にした。
【戦士】
た…大変です!!
ク…クモ女の化け物が、子グモの大群を引き連れて集落に現れました!!!
【Z・ジェット】
言いよるそばから、もう来たんか!?
【戦士】
今、長と他の戦士たちが戦っています! 私は皆様に知らせるよう長に頼まれて…。
とんでもないアクシデントの発生に驚愕する一行と三姉妹。
まさか自分たちがいない間に、奴らが集落まで迫っていたとは。
【リズ】
行動早過ぎでしょ、スパイディーネって奴!!
すぐさまカロは脱出魔法を唱え、全員でダンジョンの入り口へ戻る。
そこから戦士と共に集落へ急いだのは言うまでもない…。
=Chapter3へ続く=
【今回の主要以外の登場人物】
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【マリキータ(Mariquita)】
→エントマーズ三姉妹の三女でテントウムシの虫人。愛称は『キーちゃん』。
明るく活発なボクっ娘で好奇心旺盛な性格をしており、それ故か外見も現代っ子な感じ。
今はまだ小さいが、いつか自分も姉たちのように強く美しくなりたいと思っている。
敵にダメージを与えられる謎の液体を入れた水鉄砲(必要な時は補助魔法もプラス)を駆使して戦う。
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誕:5月28日
年:13歳・♀
出:エントマーズの森
趣:フォトコレクション(主に自撮り)
好:トマト
嫌:パクチー
【ビーネ(Biene)】
→エントマーズ三姉妹の次女でハチ(ミツバチ)の虫人。思いやりのある優しい心の持ち主。
しかし流石はハチなだけあり、戦闘になると意外にも強く頼りになる存在。
敵に果敢に立ち向かい、大切なものは恐れずとことん守り抜く。
武器であるランスに自身の毒をまとって戦う。
クレイグにヒト成分を奪われミツバチに変えられていたが、マリキータと一行の活躍により無事救出された。
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誕:7月6日
年:16歳・♀
出:エントマーズの森
趣:家庭菜園
好:ハニーレモネード
嫌:スナック菓子
【ファルファーラ(Farfalla)】→エントマーズ三姉妹の長女でチョウの虫人。大人の色気を放つ美女。愛称は『ファリー』。
非常に他人の面倒見が良く、森の長である祖父に代わって虫人たちを率いたりも。そのため彼女が次期リーダーになるであろうともっぱらの噂。
ミーガンにヒト成分を奪われチョウチョに変えられていたが、妹2人と一行の活躍により無事救出された。
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誕:6月19日
年:19歳・♀
出:エントマーズの森
趣:万華鏡コレクション
好:ブルーベリータルト
嫌:デリカシーのない人
【ミーガン(Megan)】→ハエの虫人。女たらしで美女に弱い、ただのセクハラ野郎。
自分より上の立場の者には腰が低いが、それ以外の相手には常に上から目線で話しかけて来る。ものすごくウザいし腹が立つ男。
素早い低空飛行で敵を怯ませたり、菌を使って敵を弱らせたり状態異常にしたり…と言った戦闘法を使う。
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誕:??
年:推定30代~40代・♂
出:エントマーズの森(危険区域内)
趣:グラビア写真集め
好:美女
嫌:殺虫剤