Ⅲ.救い

文字数 767文字

「悟なら普段通りにやれば大丈夫だ」父からも、母からも、担任の先生からもそう言われた。しかし、受験というやつは往々にして普段通りにはいかないものだ。
 前日の夕飯が悪かったのか、それとも極度の緊張に因るものなのか、お腹から時折、グルグルと獣の唸り声のような音が聞こえ、常にお尻のあたりがじっとりと濡れていた。
 試験の最中に、何度もトイレへと駆け込んでいてはとても試験に集中することなど出来ない。
 中央に三ツ星が並んだ、ドラムみたいな星座。ああ、こんな簡単な問題の答えも出てこないなんて、自分で自分がイヤになる。悟は、一秒でも早くこの時間が終わってくれることを祈るばかりであった。
 発表を見に行くまでもなく、試験結果は不合格。せめてもの救いは、今回の入試が滑り止めの高校だったことだ。本命の入試まで残り1週間。体調管理に気を付けなくては。決意を新たに、教室へと向かった悟だったが、教室の手前で足が止まる。話し声が聞こえたのだ、悟のことを噂している、話し声が。
「マジウケたよな」
「トイレのヌシ、その名はさとる」
 あの日、同じ高校の入試を受けに来ていたクラスメイトが三人、悟が腹を下していた様を笑いものにしているらしい。不愉快だが、文句を言ったところで余計に面白がらせてしまうだけだ。
「つか、この下剤効きすぎじゃね」
「それな。俺、ちょっとしか入れてないぜ」
「俺もちょっとしか入れてねえよ」
「俺も」
「え、マジで? お前らも入れたのかよ、クソウケる」
 教室に三人の下卑た笑い声が響き、廊下に反響する。
 思いもよらぬ真相にショックが無かったと言えば嘘になるが、せめてもの救いは、彼らも先日の入試が滑り止めだったこと、そして本命の高校が悟と同じだということだ。残り1週間。どうやって復讐するか、急いで計画を立てなくては……。
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