第6話 「鍵なく打ち入る文字は逃がさない」
文字数 2,212文字
部屋には小林とiPad
向き合うには
椅子に正座くらいが丁度よい
小林の指圧を感知したキーボードが
iPadにセキュリティロック画面を表示させる
顔認証システムは小林を登録ユーザーではないとパスコードを求めるが
当の本人はおかまいなし
パス入力を閉じるように画面をスワイプさせ
メモ帳アプリのショートカットを表示させた
白紙のページから
メモをとるのに鍵はいらない
そして小林は
キーボードに向かって
唄の伴奏でも弾くかのように
語りに合わせてタイプする
小林には手広なキーボードの
柔らかな指が縦横無尽に
鳴りから耳を塞ぐように潜る光たち
この赤緑青の三原色に別された極小にして無数の点が織り模す白地に
ブラインドされた線が駆ける
咄嗟に仰け反る小林十本指
驚いている場合でないと
直ちに証拠隠滅へと動き出す
指達は沿った勢いをバネに
重力加速度を超えて堕ちる
研がれた爪の矛先は
【command】
【A】
【×】(別名BackSpace) のキー三点
同時に着弾し
これまでの独り言タイプ全文が選択され
そして削えた
そう言いながら
トップボタンを押し
全ての光点を根こそぎ消し去る
黒紙に戻したガラス板が露わにするのは
バツの悪い己が顔と
鏡越しから視線を合わすように微笑する男とのツーショット
反射防止コーティングで写る光の98.2%が遮られても
丸見えである
直視に耐えかねた視線だけでも
ガラス板の外へ逃す
小林の髪を
フェイスIDが主人を認証し開錠する
最小限のアイコンで構成されたホーム画面が表示される
メモ帳アプリが再起動される
タイトル不在の新規タイトルが開かれていた
【command】&【Z】キーが押されると
跡形も無く消し去ったはずの全文が復活した
一瞬の出来事に
小林背筋が凍りつく
マズイ
これは非常にマズイ状況だと
小林子顔がみるみるうちに赤味を帯びていく
小林思う
この事だったんだと