第1話 すべてはこびとのせい

文字数 4,792文字

「変わった供述ですね。こびとのせいとは」
「はい。普通ならそんなもの通る訳がないんですが、容疑者は一応、こびとに取り憑かれたと評判の男で、信者的な熱狂的ファンもいるぐらいだから検討してみようかと」
「家の構造からして、加藤末子(かとうすえこ)を殺害したのは、その男――矢島新(やしましん)しかあり得ない状況だと伺いましたが」
「そうなんですよ。最初から説明するとしましょう。X川を見下ろすなだらかな丘の上にぽつんと建てられた加藤邸は、二階建ての母屋と平屋の離れを渡り廊下で結ぶ形になっていて、殺害現場は母屋の食堂。離れは矢島の個室というかプライベート空間で、彼自作の人形――身長15センチ程度の割と精巧なやつ、通称“コビット”シリーズが、棚のケースや壁一杯に飾ってありました。
 事件当夜、加藤邸にいたのは、総勢九名。母屋には末子と夫の快彦(よしひこ)、長男の一孝(かずたか)、長女の風司美(ふじみ)、次女の美州那(みすな)。ちなみにこの中で、一孝だけが末子の連れ子で、娘二人は末子と快彦との間に産まれた子です。
 彼ら以外にいたのはお手伝いの田部花子(たべはなこ)、来客の金谷省吾(かなたにしょうご)神林綾子(かんばやしあやこ)。そして離れには矢島新が一人だけ。
 時間は午前0時を回った頃で、母屋の者はみな、就寝したかその直前のタイミングだった。田部花子は火元や戸締まりの確認のため。見回っていた。最初に離れに出向き、矢島におやすみなさいの声かけ。このとき矢島は人形のデザイン画を描いていたとのことで、これは田部、矢島ともに一致した証言です。母屋に戻った田部は見回りを続け、最後にキッチンに入ったとき、食堂で末子が襲われているところに出くわした。灯りが消えていたため、犯人の顔などはよく見えず。田部が悲鳴を上げると、犯人は逃走。騒がしさに目を覚まして降りてきた美州那の前を駆け抜けて、玄関を飛び出していった。末子はアイスピック状の凶器で胸や腹を何度か刺され、死亡したことが後に判明したというのがあらましです」
「よく分からないな。犯人は母屋の玄関から逃げただけなのに、どうして離れの矢島が怪しいと?」
「当日は雪が降ったあとで、薄く積もっており、玄関から続く渡り廊下の両サイドには、踏み出した痕はなかった。犯人が隠れるとしたら離れしかない状況でした」
「なるほど。先程、お手伝いは戸締まりをしていたと言われましたが、玄関の鍵は?」
「掛けたそうです。犯行後は開いていました」
「矢島は母屋の鍵を持ってるんだね」
「もちろんです。前妻の子とは言え、主たる加藤快彦の息子ですから。ありがちだが、新しく妻に迎えられた末子とは、折り合いが悪かった。動機ありと見なしています」
「こびとのせいっていうのは、どういう流れで出て来た供述ですか?」
「どこから話せばいいか……矢島新についてどのくらい知っています?」
「今度の事件で初めて耳にしましたから、全然」
「彼は学生の頃から人形作りを始めて、精緻さとユニークなデザイン、柔軟に変形可能な造りで評判を呼び、やがて仕事にするようになります。一時は大変な人気を博して一財産形成したそうだが、三十二のとき交通事故で両腕を失う。その後、特注の義手を装着して人形制作を再開。事故の際にこびとの世界を覗き見たと称して、そこからインスピレーションを得て造ったのが、コビットシリーズです。かつてほどじゃないが、未だに根強いファンがいるので、無碍に扱うと、あとが面倒になりそうで……」
「つまり何ですか、『こびとの世界は実在する。そこの住人がこっちにやって来て、加藤末子を殺害後、また戻っていった』とでも言ってる訳ですか」
「そこまで明確じゃないですが、主旨はそうです。壁を埋め尽くさんばかりにあった人形も、何体かは消えており、そいつらが犯行後、窓から逃げたんだと」
「うーん、逮捕に踏み切らない理由は?」
「凶器の行方に問題がありまして。川で見付かったんですが、血液反応が出なかったことと、矢島には捨てられそうにない場所でした。だからこの見付かった凶器らしき物はフェイクで、真の凶器は別の場所に捨てたんじゃないかという見方が有力です」
「アイスピック状とか言ってましたね。細い円錐状の金属ってことですか」
「ええ。長さ三十センチくらいかな。持ち手を考えるともっとある。該当する物がどこにもないんです。離れの内部も、渡り廊下周辺も。無論、母屋にも」
「川までの距離は? 投げ捨てたのでは?」
「六十メートルちょっとありました。ボールを用意しておき、それに凶器を突き刺した上で、遠投すれば届くと言った捜査員がいたんですが、そもそも矢島に投げる動作は無理なんです。さっき言った義手が人形作りのために細かな動きを実現させるため、本来あるべき機能をいくつかなくしたというんです。その一つが、腕を振りかぶるという動作。下から投げる動作ならできるが、それでも力は全然入らない。とても六十メートルは無理です」
「投げなくても転がせば届くんじゃありませんか。丘の上にあると言いましたよね。障害物でもあったんでしょうか」
「障害物はなかった。でもだめなんです。何かを転がしたのであれば、雪に痕跡が付くはずなのい、それらしきものは見付からなかった」
「ああ、そういう状況でしたか。加藤邸の周りの雪に、何かが着いたような跡は全くなかったんですね?」
「いえ、一つだけ。それが妙な痕跡で、離れの窓から川縁まで、点々と続いていました。矢島が言うには、『コビットの中のグレイ・シャー一族が末子さんを殺したあと、スケートで飛んで逃げていった』と」
「ん? スケートで滑ってじゃなく、飛んで?」
「はい。実際、その痕跡を見ると、人形が履きそうなサイズのスケート靴の刃みたいな短くて細い線が、雪の上にちょん、ちょん、ちょんと跳び跳びに着いてました。三十センチおきぐらいだったかなあ。身長十五センチぐらいのコビットが三十センチ間隔でジャンプしたら、そりゃまあ飛んでると言ってもおかしくはない。あ、いや、だからといって供述を信じた訳じゃないですから」
「スケート靴はコビットシリーズのアイテムにある?」
「え? ああ、あります。グレイ・シャーの女性キャラでスケートが得意という設定のがいるとか。検証したら、そのスケート靴で着けた痕跡とみて矛盾しないとのことでした。雪上の痕で、いくらか時間が経っていたので、このくらいしか言えないんです」
「そんな痕があったからには、凶器はそのルートで川へ捨てられたんだと思いますよ。警察だって、頭の硬い人ばかりじゃないでしょう。もうとっくに仮説を立ててるんでは?」
「まあ一応。筒状の物を用意して、中に凶器を入れて転がす。痕が跳び跳びなのは、筒の側面の所々に、そのスケート刃が着けられていたからと考えれば、説明が付きます。ただ、川を浚ったがそんな筒は見付かっていない」
「そこまで分かったのなら、もう一歩なんじゃありませんか。筒状の物体は、恐らく別の物を使って代用したんです」
「そりゃあ、離れは矢島にとって工房みたいなもんだから、ある程度の材料はありました。けど、筒にして転がしたなら、代用してできあがった物が川から見付かるはず。言っておきますが、紙や氷なんてのはなし。紙製だと川まで強度が保たない。氷は大きさ次第だが、離れでは製氷ができない」
「雪が降るほど寒ければ、氷は自然が作ってくれるのでは」
「いや、事件の夜はそこまで冷え込んでいません。確認済みです」
「では答は一つだ。離れから明白に消えた物がある。そして恐らく、川底から見付かっているはずだ」
「もしかして、数体のコビットを言ってます? 確かに川底から十体が見付かっています。ただ、謎の痕跡の先にある地点では、五体だったかな。残りの五体はそこから上流の方で、ぽつんぽつんと。あ、フェイクと睨んでる凶器も、上流で見付かってます」
「個別で発見されたのは、凶器と同じく囮でしょう。まとまって見付かった五体で、筒状の物を作ったのでは? 二体ずつ頭と足の位置を逆向きにして並べ、手首を互いに掴ませ、円形を作る。二人一組になってマット運動で転がるときみたいに。二つできた円を横並びにし、残る一体と凶器を芯にしてその穴に通す。ああ、凶器には水流に乗りやすいよう、小さなビニール袋を着けておくのを忘れずに。それからスケートの刃は取り外して円の外側に、適宜取り付けた。これを転がせば、川まで届くと思います」
「いやいや。ユニークなアイディアですが、いただけません。川底でそのままの格好で見付かるはず」
「恐らく、形状記憶合金を用いたんだ。水に浸かると人形の指が真っ直ぐになるとか、背筋がぴんとなるとか」
「うーん。空想的だが、調べさせます。――仮にこれが当たりとしたら、随分と前から準備していたことになる。囮の人形の件ひとつ取っても、事件の夜にではなく、もっと以前の段階で川に沈めておく必要がある」
「そう、不可解なのはそこだよ。計画殺人であることは明白だ。一方で矢島が犯人なら、田部が見回りに来た直後から行動を起こしたと推測される。そんなタイミングで殺人を始めるかな? しかも田部が最後に見回る食堂で決行とは、目撃してくださいと言ってるようなもの」
「ははあ、言われてみれば」
「裏があるね。加藤家の子供で、矢島とさほど仲が悪くない者を挙げるとしたら?」
「えっと。美州那ですね。彼女は矢島を特に悪くは言わないし、作る人形の芸術性と商業性は認めていた。末子殺害後は違いますが」
「演技じゃないかな。多分、矢島と美州那は共犯で、末子を殺したのは美州那。それも田部が目撃する前に殺していたんだ。田部が見たのは、末子を襲っている矢島なんかではなく、末子の遺体相手に演技する美州那。逃亡したのも美州那で、玄関に向かったと見せ掛け、二階から降りてきたふりをしたんだ」
「じゃあ凶器は」
「犯行直後に離れに行って矢島に託したんじゃないかな。人形を筒の代わりとするのに時間が掛かるから。田部か他の誰かが一直線に追い掛けてきたら破綻しかねない計画だが、普段接して性格や足の速さなどを充分掴んだ上で決行したんだろう」
「ありそうに聞こえてきましたけど……二人が共犯でいながら、これじゃ矢島が一人で罪を被るんですか」
「捕まったら捕まったで、『この義手では凶器を握れても強く刺せません』と主張する気かもしれませんよ。人形を筒にする凶器移動トリックを見破られただけなら、矢島は『自分は人形にそんな酷い扱いは絶対にできない。これは真犯人の罠だ』と言えばいい。信者的ファンが応援してくれる」
「屋敷に客が来てるときに決行したのは?」
「少しでも関係者を多くしたかったのかな。殺人の計画を立てても、完璧だと自信を持てるのは希有で、たいていは保険を掛けたくなるものだろう。今回は事件関係者が多い方が疑いが分散し、見抜かれる危険が減るのを期待した」
「――あの、今連絡がありました。動機が分からないと思ってたんですが、矢島と美州那が頻繁に連絡を取り合っている形跡が見付かり、どうやら恋人関係かと。それと、コビットをテーマにした小さな博物館を建てる計画を、二人で密かに進めていたとも。両腕を義手にしてから、思うようなペースでは人形が作れず、かといって質を落として非難を浴びるのは絶対に嫌だと、周囲にこぼしていた、なんて証言まで出て来ましたから、記念館作りは将来に備えてのことでしょうかね。入館料で稼ぐための」
「真相がぼんやりとだが見えてきたようですね。やれやれ。こびとのせいと言いながら、その実、『こいびとのせい』だったのかな」

 終わり
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